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「わがままもいい加減にしなさい。このままだと君は本当に死んでしまうかもしれないんだよ」
死ぬと言われても全く現実感がなかった。いくら体調が悪くなっても、どこか遠い出来事のような気がする。自分が死ぬのを想像して口元が醜く歪んだ。これは嘲笑だ。愚かな自分への。
「……い」
「え?」
「……しゅうじさんにころされるなら、それでもいい……」
「っ、君は……!」
俺の返答に言葉を失った先生が、半ば乱暴に俺の腕を顔から引き剥がす。真っ赤に泣き腫らした俺の顔を見て、先生はすべてを悟ったように呟いた。
「……遥人くん」
「い、いやだ、いわないで」
「遥人くんは、」
「いやだ!せんせい……おねがい……」
「シュウジさんのことが、好きなんだね?」
「っ、……」
すぐに違う、と否定しなければならなかった。ずっと、誰にも、柊二さんにすら明かしたことのない秘密。なのに判断が遅れて声を発することすらできなかった。出来たのはぐしゃぐしゃに泣き濡れた顔を強張らせることだけで、その表情で先生は確信したようだった。目に涙の膜が張り視界が揺らぐ。精一杯絞り出した声は情けないほど弱々しかった。
「い、言わないで……。誰にも……」
柊二さんに恋人がいると知ったとき。自分が欲望を発散するための存在でしかないと悟ったとき。この気持ちは隠さなければならないと思った。もし知られてしまったらこの関係が壊れると思ったから。だから、絶対誰にも知られてはいけなかったのに。
「わかった、誰にも言わない。先生と遥人くん、二人だけの秘密にしようね」
心の中の一番柔らかいところ。誰も入れたことのない場所に侵入を許してしまった。秘密を暴かれてしまった。長い間張り詰めていた緊張の絃が切れ、心も体も脱力していく。
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