#5 秘密

31/33
前へ
/136ページ
次へ
「わがままもいい加減にしなさい。このままだと君は本当に死んでしまうかもしれないんだよ」  死ぬと言われても全く現実感がなかった。いくら体調が悪くなっても、どこか遠い出来事のような気がする。自分が死ぬのを想像して口元が醜く歪んだ。これは嘲笑だ。愚かな自分への。 「……い」 「え?」 「……しゅうじさんにころされるなら、それでもいい……」 「っ、君は……!」  俺の返答に言葉を失った先生が、半ば乱暴に俺の腕を顔から引き剥がす。真っ赤に泣き腫らした俺の顔を見て、先生はすべてを悟ったように呟いた。 「……遥人くん」 「い、いやだ、いわないで」 「遥人くんは、」 「いやだ!せんせい……おねがい……」 「シュウジさんのことが、好きなんだね?」 「っ、……」  すぐに違う、と否定しなければならなかった。ずっと、誰にも、柊二さんにすら明かしたことのない秘密。なのに判断が遅れて声を発することすらできなかった。出来たのはぐしゃぐしゃに泣き濡れた顔を強張らせることだけで、その表情で先生は確信したようだった。目に涙の膜が張り視界が揺らぐ。精一杯絞り出した声は情けないほど弱々しかった。 「い、言わないで……。誰にも……」  柊二さんに恋人がいると知ったとき。自分が欲望を発散するための存在でしかないと悟ったとき。この気持ちは隠さなければならないと思った。もし知られてしまったらこの関係が壊れると思ったから。だから、絶対誰にも知られてはいけなかったのに。 「わかった、誰にも言わない。先生と遥人くん、二人だけの秘密にしようね」  心の中の一番柔らかいところ。誰も入れたことのない場所に侵入を許してしまった。秘密を暴かれてしまった。長い間張り詰めていた緊張の絃が切れ、心も体も脱力していく。
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!

82人が本棚に入れています
本棚に追加