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#1 運命の人
一目で、運命だと思った。
「大丈夫?」
差し出された手の向こうにあったのは心配そうな表情。一見冴えなさそうな、優しげで真面目そうな顔立ちの男。でも目が合って声を聞いた瞬間、俺はすぐにわかった。この人が俺のDomだって。
───今から十年前のことだ。
新たに発見された、ダイナミクスと呼ばれる第二の性。それはある程度親から子へと遺伝するものだという。皆が皆持っている訳ではない、支配と被支配の本能的欲求。しかし俺は親も弟も第二性を持たない中、一人だけSubとして生まれた。
DomもSubもNormalも平等。そうは言っても、ダイナミクスを持たないNormalが大多数を占める社会でそれは建前上のものでしかなく、DomとSubは異常な生理的欲求を持った者として忌避される傾向にある。特に、被虐的な印象を持たれるSubは偏見と侮蔑と嘲笑の視線を向けられる対象で、家族はそんな性を持った俺に「気にしすぎることはない」と優しい言葉をかけてくれたけれど、俺は家族以外の誰にもこの性のことを打ち明けることが出来なかった。仲の良い友人たちが首輪をつけたSubのグラビアを見て「エロい」と笑うとき、俺は自分の性を知られたらどうなるのだろうと想像して震えた。もし俺がSubだと知ったら、彼らは俺にどんな目を向けるのだろう。知られてしまったら、俺を見る目はそれまでと全く違うものになってしまうんじゃないか───。そう考えるだけで怖かった。
俺の恐れとは正反対に、Domに支配されたいという欲求は日々膨らんでいった。でも自分の性をカムアウトできない、パートナーを見つけられない俺はそれをうまく昇華することができず、抑制剤を飲んでその衝動と漏れ出るフェロモンを抑えることしかできなくて。ある日学校からの帰り、満員電車への酔いと欲求不満が重なり、心身ともに限界を迎えて車両から飛び出した駅のホームで、俺は運命に出会った。
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