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騒ぎだした杜
東と西の浮島が誕生して何千、何万、何十万回目かの新月の日、西島の杜が、またにわかに、騒ぎだした。
「船頭、また、騒ぎ出したな」
「いかにも」
渡しの船を漕ぎながら、若い船頭が答えた。
「ヌシの、何代目かまえのヌシが、そもそも」
「いかにも」
船の舳先で腕組みし、若い剣士が、後を受けていった。
「ウヌの、何代目かまえのウヌが、ともに火付け役を買ってでた、そのあげくの、騒ぎだな」
それから、二人して、深く頷いた。
「ウヌは、どこで、なにをする?」
西島の船着き場間近になって、若い騎士が訊ねた。
「ワシは、渡しで、結繩人(ゆいなわびと)の結び目を解いてやるつもりだが、ヌシは、なにを?」
「オレは、また杜に潜り込んで、物の怪を思う存分、からかってやるさ!」
「そうか、では、ヌシ、これで」
「ン、ウヌも、気をつけてな」
朝もやの、ほの暗い桟橋に、こうして二人の影が、降り立った。
若い剣士は、猫目の民の刺客である。
麻の貫頭衣を荒縄で絞り、長剣を背に担ぎ、短剣を腰部に隠し持つ。人呼んでガオと称した。
若い船頭は、東島の民の国守である。
麻の貫頭衣を被り、腰は絞らず、武具は持たない。ただし、長剣を仕込んだ櫓を巧みに操り、船上の諍いともなれば、他にこれを制すものはいない。人呼んでギダルと称した。
ガオは、キビの生い茂る農地を駆けぬけ、聖域への入り口に立ち、古びた木彫りの門柱に、目をやった。
「ここより聖域なり、礼を尽くして入るべし、結繩の契りなく退出すること、これ能わず」
と彫ってある。
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