プロローグ

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プロローグ

「ここが、俺の職場か……」 そう呟いて、目の前の建物を見上げる。 あぁ見上げるとは言っても所詮3階建て、その高さは大したことはない。 しかし、ここは俺にとって人生初の職場ということで、建物は実際よりもかなり大きく見えるし、異様なほどの存在感を放っていた。 そう、今日は俺の記念すべき初出勤だ。 まぁはっきり言って、緊張している。 少し前まで社会のことなど何も知らない(知ろうともしない)怠惰で自堕落な学生だったわけだ。 多少の不安があるのもいたしかたない。 俺は心を落ち着かせ、まずはせっかくだからとこの建物の外観をじっくり眺めてみることにした。 あぁ決して、中に入ることを躊躇ったわけではない。 張り切りすぎて、ちょっとばかし早く着いてしまったから何となく気まずくて時間を潰している、なんてことは断じてない。 建物は、重厚な赤レンガ造りだった。 そのレンガに所々付いている傷は、創建されてからそれなりの時が経ったことを感じさせ、規則的に並んだ黒いアイアンの格子窓も、少し錆びていた。 建物と同じレンガで作られたやや控えめな大きさの門柱には、枯れた蔓が頼りなく巻きついている。 良いように言えばこの古めかしさがオシャレ、言葉を選ばないと経年劣化でさびれているという印象だ。 「まあ、見た目なんてどうでもいいけど」 俺の目的はとにかく平穏無事に、粛々と働けること。 後は程々の給料と、安定な生活を手に入れられること。 この3つを叶えることができれば、大満足だ。 そのためにあのうざったらしい試験勉強の期間を乗り越え、難関試験を突破してここに勤めようと思ったんだしな。 あー、しんどかったなぁ、勉強。 最後の方はほぼ監獄のようだったな。 もちろん、捕まったことはないから分からないけど。 とにかく、あの頃にはもう一生戻りたくない。 俺は辛かった過去の記憶に思いを馳せ、青く澄みわたった空を仰いだ。 そして、そのまま視線を落とし、意を決して1歩ドアの方に近づく。 セピア色の扉に引っ付いたドアノブが早く開けろとでも言わんばかりに、斜め25度に傾いている。 「よしっ。行くか」 俺はドアノブに手をかけ、自分の方へ勢いよく引っ張った。
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