雪うさぎ

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及川(おいかわ)さん!」  冬の朝。居間の縁側のカーテンを開けた(りん)が興奮気味に私を呼ぶ。  ソファに座り新聞を読んでいた私の前まで駆けてきた彼女は、子供のように目をキラキラとさせていた。  凛は戸惑う私の手を掴み引っ張る。  そして強引に窓の側まで連れて行くと、広過ぎる庭を指差して言った。 「見てください!雪です!真っ白!」  天気予報でも注意を呼び掛けていたが。  本当に降ったんだな。 「……驚かないんですか?」  凛は明らかに落ち込んでいる。  私も一緒にはしゃいでくれると思っていたらしい。 「あ……いえ、驚いてますよ」  私も東京の人間だ。  雪は珍しい。  だが若い頃はスキーに出掛けたりしていたから見慣れてもいる。 「私、こんなにたくさんの雪を見たの初めてなんです」 「そうなんですか」 「東京から出たこと、ほとんどなくて」  凛の両親も東京の人間。更に多忙だから夏休みも冬休みも何処へも行かなかったと凛は言う。 「だから雪だるま作ってみたいです」  積雪は3センチそこそこ。  超ミニサイズの雪だるましか作れなさそうだ。 「雪うさぎも可愛いですよ」 「雪うさぎ?」 「庭に南天(なんてん)の木があります。葉を耳に、実を目にすれば雪うさぎが作れます」  凛の目が輝いた。  まるで幼い少女のように。  子供らしい生活を経験していない彼女だ。  全てが珍しく刺激的らしい。 「学校行く前に作ります」  玄関へと駆けて行く凛の背中に私は声を掛けた。 「私も一緒に作りますよ」  保護者として、そして恋人として。  彼女の思い出の一部になりたいと思う。  振り向いた凛が嬉しそうに笑った。  彼女は私の手を握り玄関の戸を開く。 「早く!学校遅刻しちゃいます!」 「たまには遅刻してもいいのでは」 「ダメです!真面目に通わないと、及川さんと一緒に居られなくなっちゃいます」  彼女が最優先するのは『私の傍に居ること』なのだと、改めて知った。  嬉しさに頬が(ゆる)む。 「及川さん。雪うさぎの作り方、教えてください」 「実は私もよく知りません」 「え!?そうなんですか!?」  私は凛の手を握り返し言う。 「2人で考えましょう」  彼女は少し驚いた顔をしてから、満面の笑みで頷いた。 「……はい!」  そうやってこれからも共に歩めたら。  一面の銀世界に残る2人の足跡を眺めながら、私は永遠を願った。 【 完 】
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