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「――で、二人で秘密の特訓することにしたの?」
後部座席の俺たちにバックミラー越しに訊ねたのは母さんだ。
部活帰りに例の公園に連れて行ってくれと頼み込んだのだ。
地獄坂より時短を選んだ。
「二時間くらい練習するけど?」
「いいわよ、久しぶりにあんたの雄姿も見てみたいしね」
その代わりに愛の鞭は揮うわよと、母さんは目を眇めた。
「それ、ザ、ビッグにも言ってやってよ」
「ザ、ビッグって……スーパーじゃない」
本当の名前を問われて、ザ、ビッグは少しばかり苦笑いを浮かべた。
「大広雄大です」
「……ザ、ビッグね」
嘘のような本当の話だ。
ナイスネーミングセンス。
「ほら、狡しないのっ!三本連続でミスったら一本ダッシュ」
決めたんならやり通せと、母さんは俺たちに鞭を揮う。
「雄大、ショットしたら速攻リバンッ!『ボウゥと生きてんじゃあないわよ』」
まるで笑えない。
「リバウンド負ければ、猛ダッシュ!」
さすが元陸上部、しかも長距離選手だった母のトレーニングは阿保みたいにキツイ。昭和の老害め。
もう、足もヘロヘロ、腕も上がらない。
俺たちはキツさにキレそうだった。
「体力ないわねぇ、バスケ部。そんなんじゃあ、ここぞという時フリースロー外すわよ?」
やがて屍と化した俺たちに、バスケ歴ゼロ年の母さんはムカつくくらいに真っ当なことを言う。
「よし、次は……フリースロー五十本」
俺はがくがくする膝を押えて立ち上がった。
「オッケー」
母さんは腹の立つほど軽い口調。
俺のガキンチョの頃からずっと数えてきただけあって、母さんはやる気満々だ。
それにどこか嬉しそうだった。
俺が打ち始めると、くたばっていた雄大が身を起こした。
「こんなん、ずっとして来たんですか?」
雄大は母さんに訊ねる。
「そ。レイアップ100本入るまで帰れまテンとかね」
最初の頃は二時間経っても終わらなかった。
「簡単に負けない息子が、ガチ面白い」
母さんは俺に向かって、『ドンマイ!!!』と、唸る。
マジで煩い。
素知らぬ顔で、月ばかりが煌々と煌めいていた。
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