贈り物

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贈り物

 無理矢理掴んで手元に引き寄せようとしたら、手の中でクシャリと壊れてしまいそうな感覚がする。  そして直感で、鞠花は祥吾が身分を明かして「付き合おう」と言っても、「光栄ですが、お断りします」と言う気がする。  たおやかで線の細い女性に見えて、鞠花は一筋縄でいかない人だと雰囲気から分かる。  それでなければ、目の前で人が襲われているのに、あれだけ冷静な対応はできないだろう。  明らかに、鞠花は今まで祥吾が接してきた女性とは違う。  一つやり方を間違えれば、二度と会う事もできなくなるだろう。  だから、今までの女性と同じやり方をしては、簡単に失ってしまう。 「……なんでこんな気分になるんだ」  腕で目元を覆い、祥吾は呟く。  けれど考えても考えても分からず、彼は小さく舌打ちをしてから、彼女を連れて行くレストランを考え始める。 「何が好きなのか聞いたほうがいいんだろうか。俺の好きな店はあるけど……」  一度考え始めると気になってしまい、祥吾はつい鞠花にメッセージを送っていた。 『先ほどはありがとうございます。無事帰りました。食事に行くのに都合のいい日があったら教えてください。ちなみに好きな料理があったら、教えてください。和洋中、フレンチ、イタリアン、寿司、アジア、食べ歩いているので、色々店は知っています』  メッセージを送ってからぼんやりしていると、ピコンと音がした。  とっさにスマホを掴んで起動させると、鞠花から返事がある。  ちなみに祥吾のアカウント名はただ『S』と書いてあるだけなので、祥吾でも修吾でもごまかせた。 『無事ご帰宅されたようで何よりです。もし何かあったら、すぐ警察に通報してくださいね。何かあってからでは遅いですから。食事のお誘い、逆に気を遣わせてしまってすみません。スケジュールを確認しましたら、一番近くて今週の金曜日なら空いています。昼間空いている日もあるのですが、夜勤の前に出掛けるのは避けたいです。ちなみに好き嫌いはありませんので、修吾さんのオススメで結構です』  鞠花のメッセージは、想像していた通り祥吾に媚びる言葉は使わず、要件のみ伝えるものだ。  彼女のフラットな態度がどうにも気に掛かり、ソワソワする。  ――もっと自分に女としての顔を見せてほしい。  そんな欲がわき起こって堪らない。 「……畜生。イライラする……」  ままならない感情を抱き、祥吾は舌打ちする。  調子を崩されている自分を誤魔化すために、彼は鞠花が喜びそうなレストランを手配する事を決め、当日の流れもシミュレーションし始めた。 **  修吾を助けたのは日曜日の早朝だ。  それからまた鞠花の毎日が始まっていくのだが、その中に〝修吾からの連絡〟という異分子が混じり始める。  二年彼氏がいなかったため、修吾から連絡があると、やけに浮き足だってしまう自分がいる。 (彼はただ恩返しをしたいだけなんだから、調子に乗らないようにしないと)  そう思っていた水曜日の夕方、マンションに来客があった。  火曜日に修吾から水曜日の予定を聞かれ、夜勤明けで午後には起きるという旨を伝えたので、彼かと思ったのだが――。 「だ、誰ですか?」  目を瞬かせた先には、知らない人が数人いる。  とてもお洒落で洗練された女性に、こちらも夏場なのにきちんとスーツを着た男性。  全員手に何らかの荷物を持っていて、何事なのかよく分からない。 「修吾さまよりご依頼がありまして、金曜日の準備のためにお荷物をお届けに上がりました」 「ど……どうも。ご苦労様です……」  お洒落な宅配の一種なのかと思っていると、女性が「少し上がらせて頂いても構いませんか?」と尋ねてくる。 「どういうご用件でしょうか?」  修吾の……と言われて安堵したものの、業者を家の中に入れて押し売りをされては困る。 「金曜日に修吾さまとお食事をされるに当たって、西城さまが気に入る服や靴などを確認してほしいというご依頼です。もちろん、西城さまが買い取る必要はありません。料金は修吾さまがお支払いで、西城さまには『気に入った物を身につけて、金曜日に来てほしい』との事です」 「えぇ……?」  どこのシンデレラだ、と心の中で突っ込みながら、鞠花は一応信頼して彼女たちを家の中に入れる。 「狭くてすみません」 「いいえ、とんでもございません」  女性は高級アパレルブランドの紙袋を床に置き、そこから薄紙に包まれた数着のワンピースを取り出す。  同様に他の者は箱から様々な色、形のハイヒールを出し、また別の者はそういう事に疎い鞠花でも知っている、ハイブランドの紙袋から箱を出し、ハンドバッグを取りだした。 「えっ? えぇえ……」  あまりに高価な物が並び、鞠花は嬉しいというより引き気味でそれらを眺める。 「こんな高価な物、受け取れません」 「ですが、もう修吾さまが買い取りされたあとですので……」 「うっ……」  正確な値段は分からないが、数万円で済まないのは確かだ。 (……胃が痛い……)  渋々……という感じで、鞠花は彼女たちが持ってきたワンピースや靴を試着し、果ては体のサイズも測られて明日には下着も持って来られる羽目となった。 **  同僚や先輩から「やけにソワソワしてるね?」とからかわれつつ木曜日の夜勤を終え、金曜日の昼間に鞠花は起きた。 「はぁ……」  一応、木曜日に夜勤に行く前、ネイルサロンを予約してハンドとフットのケアのみしてもらった。  足をお湯につけて踵の角質を落とし、手足ともに甘皮処理をされて爪を磨かれる。  そのあとはいい匂いのするオイルでマッサージされ、ピカピカになった爪を見て満足した。  職場にネイルはしていけないので、着ていく服に合わせて買ったポリッシュネイルを塗る事にした。 「食事をするだけなのに、こんな大事になると思わなかった……」  鞠花としてはその辺の少しお洒落なレストランに入って、話して終わり……と思っていただけなのだが、そうはいかないようだ。 「お金持ちなんだろうなぁ……」  ハァ……、と溜め息をつき、理想と現実は違う……と痛感した。
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