デート

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デート

 鞠花としても、ハイスペックイケメンセレブと付き合う夢は、一度ならずともみた事がある。  その時は「お姫様のように、何でも買ってもらえていいんだろうなぁ……」と無邪気に思っていた。 「人に高額な物を買ってもらうのが、こんなに心理的にクるとは思っていなかった……」  ガクッと項垂れて呟いたのは、心の底からの本音だ。  人間「楽をしたい」という心理はあれど、中にはそれに染まりきれない者もいる。  鞠花はそのタイプで、分相応でない事があると不安になるタイプだ。  今まで付き合った彼氏とは、割り勘や、交代で驕る事が多かった。  たまに「男だから驕る」と言っていた人もいたが、されっぱなしだと「申し訳ないな」と思ってしまう。  なので修吾のように〝圧倒的金の力〟を見せられると、気圧されてどうしたらいいか分からなくなる。 「多分、人種が違うんだろうなぁ」  勿論この意味での人種は、経済的な概念での人種だ。  鞠花が食材を買うのにどこのスーパーが安いと見比べているのに対し、恐らく修吾のような人は値段も見ず気に入った物を買っているのだろう。  そして今までの人付き合いの経験から、あまりに価値観の違う人と過ごす時、自分のルールに合わせさせるより、「そういう人なんだ」と割り切ったほうが楽だとも分かっている。 「今日一日は特別な気持ちで挑もう。今日が終わったらきっと次はないんだから」  自分の気持ちを決めてしまうと、鞠花は寝汗を掻いたのでシャワーを浴びる事にした。  十八時に待ち合わせをしているので、それまでに完璧に準備ができるよう、メイクや髪のセット、忘れ物がないようにチェックするのだった。 **  待ち合わせに指定されたのは、徒歩すぐの麻布十番駅だ。  鞠花は修吾から送られたワンピースの中から、自分の趣味に一番合う物を選んだ。  来ているのはフラワープリントのワンピースで、首元から裾までフロントに配色ラインがある物だ。  ウエストには紺のリボンがあり、ワンポイントになっている。  髪はまとめてパールのヘアクリップをつけ、腕にはピンクプラチナの華奢な腕時計。  靴はベージュのハイヒールだが、あまりヒールが高いと履き慣れないと配慮してくれたのか、五センチヒールで許容範囲だ。  バッグは赤いショルダーバッグで、金色のチェーンで肩から提げるようになっていた。  普段の鞠花の服装は、動きやすいようにパンツにTシャツなどシンプルだ。  たまにスカートを穿く時でも、特にこだわりはなくファストファッションで気に入った物を買う程度である。  稼いだ金はなるべく将来のために蓄えていた。  お洒落をしたくない訳ではないが、最近はプチプラコスメやファストファッションでも十分可愛くなれる。  大切な物――よれにくいファンデーションや下着には金を掛けているが、浮かせる部分は浮かせている。  なのでこんな風に全身をブランドで包むと、非常に妙な気持ちになった。 (変じゃないかな……)  転ばないようにいつもよりゆっくりめに歩く鞠花を、通り過ぎる人が――特に男性が見ている……ような気がする。  実際、第三者的に見た彼女は、もとからナチュラルな美貌を兼ね備えていたのが磨かれ、見る者が振り返る美貌を放っていた。  先日ヘアメイクが訪れた時にメイクのコツも少し教わった通りにしたのもあり、いつもの彼女にはない大人っぽい雰囲気を放っていた。  鞠花の身長は百六十センチメートルほどなのだが、ヒールを履いたのも相まってスラリと見える。  加えて胸は大きめFカップなので、ワンピースのウエストがキュッと締まっている対比で、余計に胸元のボリュームが際立っている。  上品なワンピースの裾を揺らして歩く姿は、どこのお嬢さんだろう? と思わせる。  だが鞠花は自分の魅力を分かっておらず、周囲の人の反応に不安すら感じながら駅に向かっていた。  マンションからまっすぐ左に進み、一の橋まで行った時、横断歩道の向こうに修吾の姿が見えた。  彼は鞠花の姿に気づき、大きく手を振っている。 (スーツ着てる……。やっぱりちゃんとしたレストランに行くのかな。……っていうか、格好いい……)  初めて会った時、修吾はどこかのブランド物らしいTシャツにジーンズ姿だった。  それが今日は髪をさりげなくセットし、長身で鍛えた体にあつらえたチャコールグレーのスーツを着ている。  遠目からもスーツはとても形が良く、全体的にスリムに見えながらも上半身の逆三角形を際立たせ、格好いい。 「お、お待たせしました!」  信号が青になって小走りに横断歩道を渡ると、ブルーグレーのネクタイを締めた彼が甘く微笑んだ。 「丁度いま来たところです。すぐ近くのパーキングに車を停めていますから、行きましょう」 「は、はい」  先日の彼とはまったく違う、別次元の存在に思え、鞠花は緊張して歩く。  加えていつもの自分と異なる、ハイヒールのコツコツという音が余計に緊張を煽った。 「あの、沢山の贈り物をありがとうございます。こんなに高価な物……。そのうち、代金をお返ししますから」  隣を歩く修吾を見上げると、改めて彼が長身な人だと分かる。  彼は鞠花を見下ろしてクスッと笑った。 「命の恩人ですから、食事をご馳走する以外にも多少の事はさせてください。普段使いに向いていないかもしれないので、必要なくなったら自由に処分して構いません」 「そ、そんな勿体ない事しません!」  とんでもない、と全力で首を横に振ったので、足元が少しふらついた。  ココ、とヒールの足音が乱れたからか、とっさに修吾が手を伸ばして鞠花の腕を掴んだ。 「大丈夫ですか?」  見るも美麗な修吾に顔を覗き込まれ、鞠花は羞恥で俯く。 「……す、すみません……」  パーキングまでの僅かな間、緊張してまともに話せなかったが、その分鞠花は心の中で盛大に独り言を呟いていた。 (何も考えず助けた仔猫が、見るも綺麗な美猫に育ったってこんな感じなのかな……)  SNSで拾った仔猫のビフォーアフターをたまに見る。  ペットを飼いたいが飼えない鞠花は、SNSの動物の写真、動画に癒やしを得ていた。 (もっとも、仔猫なんて可愛いもんじゃないけど……)  チラッと見上げた修吾は、直視しているだけで赤面してしまう、非常にいい男だ。  テレビに出てもおかしくない美丈夫とこれから食事をするのだと思うだけで、緊張して足の運びがギクシャクしてしまう。  パーキングに近付くと、一台の車のヘッドライトが点きエンジンがかかる。 (ひょええ……)  車のエンブレムは、いわずもがな車に疎い鞠花だって知っている、ドイツの最も有名な会社のものだ。
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