お互いを知りたい

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お互いを知りたい

「本当は真っ赤なスポーツカーとかでも見栄えがして良かったんですが、鞠花さんって目立つのを嫌いそうなので、静かなエンジンの車で来ました」 「あ、あれ? 誰か乗ってます……?」  運転席には人影があり、まさに今、ドアが開いたところだ。 「アルコールを飲むと運転できないので、運転手に頼みました」 (すご……)  どうやら修吾は運転手を雇える金持ちらしく、ますます背中に冷や汗を掻いてくる。 「こんばんは、西城さま」  やはり上等なスーツを着た五十代の男性がにこやかに挨拶をし、広い場所まで出した車の後部座席のドアを開けた。 「は、初めまして。こんばんは」 「どうぞお乗りください。すぐ出しますので」  ぎくしゃくと運転手に挨拶するも、急がないといけないらしいと気付き、鞠花は「は、はい!」と返事をして慌てて後部座席に乗り込んだ。  普段車で移動しないので、基準となる広さはよく分からない。  が、一般的な国産セダンより中がゆったりしている気がした。  車だというのに飛行機のように、前の席の背中にテーブルが内蔵されている。  ドリンクホルダーやライトのボタンなどもあり、まさに飛行機だ。  シートは革張りで、お尻の下がフカフカで絶妙な弾力がある。 (す、すごい……)  加えてカーデュフューザーと言えば、大学生の時に男友達の車にあったココナツの香りが印象的だったが、車内は高級な香水のようなとてもいい匂いがした。  左隣に乗り込んだ修吾がシートベルトを締めたので、慌てて鞠花も倣う。  やがて車は静かに走り出す。 「今日は忙しい中、誘いに応じてくれてありがとうございます」  改めて挨拶され、鞠花は薄闇のなか彼に微笑んでペコリと頭を下げる。 「いえ! こちらこそ素敵な服や靴、バッグを頂いてしまって……逆にすみません」 「先ほども言いましたが、命を救われた礼としては安すぎるほどなので、本当に気にしないでください」  これ以上平行線を辿っても不毛なので、それ以上同じ問答を続けるのはやめた。 「それじゃあ……、ありがたく頂いておきます」 「ええ」  鞠花が大人しく引き下がったからか、修吾は機嫌良さそうに頷いた。 「フレンチを予約したのですが、アレルギーや苦手な食べ物はありませんか?」 「あ、それは大丈夫です。何でも食べられるのが密かな自慢だったりします」  ぐっと小さく拳を握って笑うと、修吾も薄闇の中で「頼もしいですね」と笑い返してくれた。 「……傷はそのあと、大丈夫ですか?」  ドキドキに紛れていたが、鞠花は看護師として修吾の傷も心配だった。  加えて刃物で襲われたとなれば、普通PTSDにもなりかねない。  今はこうして平気な振りをしていても、「大丈夫」と自分に言い聞かせ虚勢を張っているだけかもしれない。  あとからジワジワと恐怖が心を蝕み、毎日の生活が脅かされていくパターンだってある。 「大丈夫ですよ。確かに人に襲われてつけられた傷なので、〝大変な傷〟と思ったかもしれませんが、実際は料理をしていてしくじった時ぐらいの傷なので」  一瞬「料理するんですね」と話題を逸らしかけたが、「そうじゃない」と自分に言い聞かせる。 「ちゃんと眠れていますか? 怖かったでしょう」  真摯に尋ねる鞠花の心は、看護師として患者に話し掛ける気持ちそのものだ。 「……ありがとうございます。三十路の男ですから、大丈夫ですよ」  修吾はフハッと笑い、何でもない事のように言う。  しかし鞠花は彼の態度の奥に隠された本音がある気がして、ジッとその横顔を見つめる。  修吾はその視線に気付き、小さく息をついた。 「うっすらお気づきかと思いますが、経営者をしています。俺個人の素行もあまり褒められたものではなかったので、人の恨みを買うのは慣れているんです。友人にも冗談交じりに『いつか刺されるぞ』と言われていたほどで、それほど驚いてはいません」  彼が言った通り、なんとなく社会的地位のある人なのだろうな、という想像はしていた。  けれど恨まれているのが常習化していると聞き、不憫に思う。  黙っていたからか、修吾が遠慮がちに尋ねてきた。 「引きましたか?」 「あ、いえ! まるで違う世界の話なので、大変そうだなと思って……」  話しているうちに、車は十分も経たず真っ白な西洋風の屋敷の店前に着いた。  修吾いわく、ジョージアン王朝風……らしい。  二人が車から降りると、すでに店の者が外に出ていて「大井(おおい)様ですか?」と尋ねてくる。 (修吾さん、大井さんって言うんだ)  見るからに格式高そうな店を前に、鞠花は緊張して気をつけをする。  けれどタキシードを着たスタッフに「どうぞお入りください」と先導され、壮麗な建物に向かって一歩足を踏み出した。  準備ができて席に通されるまでの間、ウェイティングルームに通された。  まるっきり城の中にいるようで、壁際には本当に使っているのか暖炉まである。  二人が座っている椅子も、ヨーロッパの歴史はよく知らないがロココ調とかお姫様が座るような椅子だ。 「な、なんだか照れくさいですね」 「照れくさい? 女性ってこういう雰囲気、好きじゃないですか?」  目の前に座った修吾はこういう店に慣れているようで、豪奢な屋敷の内装を背景に微笑んでいても様になっている。 「あ、憧れてはいましたが……。憧れと場慣れしているかは別物でして……」  照れた鞠花がしきりにピアスを弄っていると、修吾はクスクス笑った。 「じゃあ、慣れるようにこれからもフレンチやイタリアンのコースに行きますか? たまには焼き肉やグリルレストランもいいですね。俺は最近和食にも嵌まっていて」 「え、えっ? これからって……」  今日食事をご馳走してもらったら、それでお終いなのだと思っていたので、鞠花は心底驚く。  その反応を見て、逆に修吾が驚きを見せた。 「えっ? 今日限りのつもりだったんですか?」 「えっ?」  お互い目を丸くして見つめ合い、しばし呆ける。  やがて修吾が笑顔を見せ「行き違いがあったようですね」と、再び話し始める。 「今日の食事は、確かに恩人としての鞠花さんにお礼をしたくて招待しました。でもその他に、俺はあなた個人に興味を抱いています。勇気のある女性だと思うし、とても魅力的です。だから次も、その次も会って食事をして、色んな話をしてお互いを知りたい。……駄目ですか? 彼氏がいる?」  明らかに一人の女性として見ていると言われ、鞠花の鼓動がドキッと跳ね上がる。 「か、彼氏は……い、いません……。ここ二年、仕事ばっかりでフリーです」  声を震わせて応えた鞠花に、修吾は惚れ惚れするような笑みを浮かべた。 「じゃあ、俺が彼氏候補として手を挙げてもいい?」  少しおどけて片手を挙げた彼に、鞠花は真っ赤になりながら小さく頷くのだった。
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