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フレンチディナーデート
やがて二階にある部屋に案内され、白いテーブルクロスの掛かった丸テーブルにつく。
テーブルの上にはすでにプレートやナイフ、フォークなどがセットされ、一輪挿しには花が飾られてあった。
壁には絵画飾られ、窓にはドレープの掛かったカーテンが下がっている。
ギャルソンが修吾の予約したメニューを確認し、さらにアレルギー等がないか再度尋ねてくる。
そのあと飲み物のオーダーになり、二人にドリンクメニューが渡された。
(うわっ……!)
飲み物はすべて千円以上で、鞠花はその値段にビビッてしまう。
けれどメニューを見ていると、ソフトドリンクにしても赤葡萄ジュース、ブルーベリーのジュースやラズベリーのジュースなど、普通ならまずないラインナップがある。
加えて鞠花はベリー系の果物がとても好きなので、気になってしまった。
「鞠花さんは普段酒を飲むんですか?」
「あ、そう……ですね。たまにコンビニでビールとかチューハイを買う事はありますが、そんなに沢山は飲まないんです。酔っ払うと危険が増すと知っているので、理性が働いてそれほど酔えないというか……。〝美味しいお酒を飲んだ〟っていう事実さえあれば、満足できるタイプなのかもれません」
「そうなんですか。鞠花さんらしいですね」
微笑んで言った修吾の言葉に、鞠花は救われる思いになった。
友人同士の飲みでは、今でこそ何も言われないが、最初は「えー? 飲まないの?」と言われて場を盛り下げている気がした。
前に付き合っていた彼氏にも「つまんねーの」と言われてしまった。
けれど修吾はネガティブな事を言わず、「鞠花らしい」と肯定してくれた。
それだけで今まで周囲に感じていた申し訳なさが、フッと軽くなった気がした。
最終的には、初対面と言っていい修吾の前で酔いたくないので、赤葡萄ジュースをオーダーした。
修吾は何やら高そうなシャンパンやワインの名前をギャルソンに言い、料理に合わせて出してくれるようオーダーしていた。
(こういうお店に慣れていると、何の料理に何のワインが合うとか、知ってるんだろうな)
魚には白ワイン、肉には赤ワインぐらいは鞠花も知っている。
けれど修吾は肉に対して何肉ならどこ産の何……と言っていて、もっと専門的な知識を知っていそうだ。
(お金持ちになると、飲食に関わる知識も増えて、趣味もお金がかかってそうだな)
あまり人を不躾に見ると失礼だが、見るからに仕立てのいいスーツや、ゼロが幾つも並びそうな金額の腕時計を見ると、本当に雲の上の存在だと思う。
彼に気付かれないように息をついたあと、オーダーを終えた修吾が微笑みかけてきた。
「俺たちがいる間はこの部屋に人が来ないので、リラックスして食事を楽しんでください。テーブルマナーについても、『きちんとしないと』と緊張しなくていいですよ」
「お気遣いをありがとうございます」
鞠花もフレンチを食べた事がないとは言わないが、緊張して何がなんだか分からないまま、食事が終わった気がする。
「失礼ですが、今までの彼氏について聞いてもいいですか? 鞠花さんの事を気にしているので、色々確認したいです」
修吾は鞠花の過去を気にするにも、きちんと理由を話してくれる。
なので鞠花は少しも抵抗を感じず、自分の事を話していた。
「大した過去じゃないんです。四大卒業後に国家試験を受けて看護師になりましたが、付き合っていたのは学生時代に知り合った人でした。私は両親が他界しているので、他の人より勉強や仕事に人一倍打ち込んでいました。奨学金も返さないとならず、彼氏の優先順位を下げていたら、振られてしまいました」
両親がいない、奨学金があると聞くと、普通の男性が聞いたら積極的に付き合おうと思わないかもしれない。
もし修吾がそれが理由で、先ほど申し出てくれた「彼氏候補」を撤回するとしても、責める気持ちにはならない。
「当時付き合っていた彼は、結婚も視野に入れてくれていました。でも必死に生活しようとする私と気持ちの温度差があり、もっと恋人らしくイチャイチャする事を望んでいた彼は離れていったんです。それが二十四歳の時で、以降誰とも付き合っていません」
「そうですか。話してくれてありがとうございます」
修吾はそれだけ言って微笑み、やはり余計な事は言わない。
その距離感に鞠花は救われた。
やがて飲み物が運ばれてきて、赤葡萄ジュースとシャンパンで乾杯した。
赤葡萄ジュースは値段の割に少ししか入っていなかったけれど、とても濃厚で美味しく、高級な飲み物だと理解した。
そして食事前の一口のお楽しみ――アミューズが運ばれてきた。
「いただきます」
焼きたてのシューは指で摘まんで食べていいらしく、鞠花は少し緊張してアミューズを口に入れる。
「ん、美味しい……」
まだ温かいミニシューに顔をほころばせると、向かいで修吾が「良かったです」と微笑んだ。
その後、前菜からコース料理が提供される。
見るも綺麗な料理を、失敗しないように丁寧に食べるのに精一杯で、あまり修吾との会話が弾んでいない。
パンに添えられるバターは、大理石のプレートの上に載せられていて演出の仕方が違う。
前菜二皿に魚料理、肉料理の仔牛のローストが出される。
いつもの鞠花なら「お肉がたった二きれ?」と思ってしまうが、料理と料理の間に絶妙な間があるので、段々お腹一杯になってきていた。
加えてその肉がとても柔らかくて美味しい。
目の前で修吾が残っていたパンをちぎり、ソースをすくって食べたのでこっそり真似をしたが、なるほどフレンチではこのようにパンを食べる方法もあるのかと納得した。
メイン料理が終わったあと、デザートになるのかと思いきやチーズが出される。
ワゴンの上に様々な種類のチーズやドライフルーツが並んでいて、ギャルソンが「どれになさいますか?」と種類を説明してくれた。
「鞠花さんはチーズ、お好きですか?」
「はい。……と言ってもお恥ずかしい事に、裂けるチーズとかなんですが……」
「じゃあ、物は試しに全種類少しずつ頂きましょうか」
「い、いいんですか?」
本当は全部食べてみたいなと思っていたのだが、さすがに図々しいかと思い黙っていた。
けれど修吾は見透かしたように提案してくれ、少し経ってから黒い正方形のプレートに、少しずつカットされたチーズとドライフルーツが並んだ。
「いただきます……」
説明された中には山羊のチーズや羊のチーズ、聞き慣れないウォッシュチーズという物もあり、知っているのはハードチーズとカマンベールチーズだ。
何せ十種類近くあるので説明もあまり覚えておらず、近くにあった物を食器に載せる。
その食器というのも洒落ていて、小さな丸太を模した台だ。
「……ん、美味しい……!」
コクと風味のあるチーズに思わず笑顔になると、向かいで修吾も笑ってくれる。
彼は赤ワインを口にしながらチーズを食べていて、うっすらとした記憶でそれがマリアージュと呼ばれるものなのだと思い出した。
チーズを食べ終えようとしたあたりで、ギャルソンがケーキを持ってきた。
「こちら、記念日用のケーキでございます」
「えっ!?」
記念日と言われ、突如として恥ずかしくなってくる。
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