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第三話 奇跡の少女
__この世界には、大きく分けて魔法が二つある。
一つは、魔方陣を一から書き、魔鉱石や希少素材などを用いるかなり大がかりな魔法。
準備に時間がかかるけれど、効果は大きく、魔力消費も少ないもの。
この私立ミュトリス学園__否、たいていの中等学校ではこの魔法をメインに教えられている。
もう一つは、呪文を唱えて、杖を通じて使ったり、直接効果を出すようなもの。
これは、魔力効率が悪く、操作がしにくく、効果も前述の魔法と比べて、あまり期待できない。
一般の魔法使いが、前者の魔法を使えば、効果が(使う魔法にもよるが、)半日ほど持つのに対して、これは平均レベルの魔力を持った魔法使いが使っても、その効果はどんなに長くても、せいぜい三十分ほどだ。
しかも、それだって、杖の先に灯りをともす魔法なのだから。風を吹かす、火を出現させる、突発的な魔法の効果は十数秒から数分程と、もっと短い。
ミュトリス学園やこの街の復興が大幅に遅れている原因の一つに、前者の魔法が使えないということがあげられる。
復興を手早くするには、効果が大きい前者の魔法を使うことが必須なのだが、最悪なことにそれを使うのに必要な魔鉱石や魔方陣を書くためのインクは、全てこのがれきの中に埋まっている。
先生たちが風魔法を使って積みあがった木材を片付けようとしたけれど、木材が他の人に当たりそうになってしまったり、木材をコントロールする魔法だって、風魔法をコントロールする魔法使いと息を合わせないと無意味になってしまう。
大体、一人で木材をうまくコントロールしながら動かせるほどの魔法使いは大体が王都に行ってしまったため、魔法での復興はあきらめざるを得なかった。
もともとこの状況で、杖だけで使える魔法を応用できる方法を編み出せる人は少なく、出せたとしてもそれを長時間使うというのは魔力的にも体力的に見ても厳しかった。
だから、私たちは復興は手作業で行っている。
……と、ここまで説明的になってしまった事には訳がある。
それは、実際に作業を行っていく中で尋ねられたからである。
一緒に作業を行っている、ロカさんに、アデリ先輩に。
ことの顛末は、もう少し前__朝の時間帯にまでさかのぼる。
「え?爆発が起きた時について?」
青々とした空に、燃え盛るような炎天下。彼女、ロカ・フォンティーヌは配給のパンを並べる手を止めて、目を瞬かせた。
「ごめんね……。よく覚えていないわ……。」
申し訳なさそうに美しい形の瞳を伏せる。
「そっか……。大丈夫だよ。だめでもともとだったし、ロカさんはすでに情報をくれたから、ね…?これから頑張るから。」
私は慌てて手を振った。
私と違う立ち位置についていたから、もしかしたら有益な情報を持っていたかもしれないと思って聞いてきたけれど……。まあ、夢を見るより、現実を、と。
スラムにいたとき、さんざん痛感したことだ。
ロカさんも、慌ててほほ笑んだ。
「でも、ハスミちゃん、昨日はそんな素振りなかったのに、どうしてそんな急に__?」
ロカさんが不思議そうに、私を見た。
「実は、あの後私なりに考えたんだ。先生ですら解決できない爆発の謎を解決するにはどうしたらいいのか、って。」
学生であり、魔法警察などとは違って特別な権限は持っていない私が、今最大限できること。
数分程考えて、ふと思い浮かんだ。
そもそも、原因を突き止めるにしろ、情報が圧倒的に足らない、と。
情報がないと、説を絞れない。説を絞れないと、原因など突き止めきれない。
一も二も情報集めだ、と。
私なりに考えて、情報を集める体勢に移ったわけだ。
「そ、それに、早く爆発の原因が分かれば、魔法警察の調査の手が省かれるし、その分治安維持とか復興とかに充てられるし……。間接的に、街の平和が、守られる、とか?」
「__そうね。なるほど……。」
そして、ゆくゆくはその調査で成果をあげて。
やがて、愛されたい、という動機は口にしなかった。
私なんかが、世界に対して、彼女に対して、そう思うことがひどく迷惑なように感じてしまった。
それに、そんなことをしたら二度と愛されないのではないかと。私の持っていたやさしさはすべて奈落の底に落とされてしまうのではないかと。心の底では恐れていたのだ。
ロカさんは、二、三回何かをもごもごとつぶやいた後、そうよね、と。
「そうね。本当にみんなのために何かをしたいのなら、現状を変えなければいけないものね。その点、私は配給を手伝うばかりで直接何かをしたことはなかった。」
芝がまばらに生えた、地面に向かい、問いかける。
この芝だって、今は校庭以外で見かけることはあまりない。
ロカさんは、こぶしを握り締め、私のほうを勢いよく振り返った。
「ねえ、ハスミちゃん、良ければ私も調査、手伝わせてくれないかしら?」
「えっと…?」
まじまじとロカさんの顔を見る。
なんでいきなり、私の調査を手伝うことにしたんだろう……。
いや、人手が増えるのはありがたいことだけれど。集まる情報の量だって多くはなると思うし。
私の考えをみきったかのように、ロカさんは付け足す。
「ハスミちゃんがこの町の現状を変えるために、動こうというのなら、フォンティーヌ家の跡継ぎとして、放ってはおけないな、って思って……。」
立ち上がり、微笑んだ。
ロカさんはフォンティーヌ家の跡継ぎだから、ある程度そういった、困った人を助ける考えの型を教わってきたのかもしれない。
けれど、彼女のほほえみには。
生まれ育ちで培った考え方なんかを単純に超えた、ただ、誰かを助けることを誇りに思う彼女がいて。
それに思わず、見惚れてしまった。
「フォンティーヌ家はね、ずっと昔からこの町に寄り添ってきたのよ。その力で、優秀な魔法使いを多く生む血筋で、町の人たちが困っているときは支えてきたの。私もフォンティーヌ家の跡継ぎだから。」
まだ、ちゃんとそうなりきれてはいないけれど、とつけたし、困ったように微笑む。
「だから、お願いハスミちゃん。ハスミちゃんの手伝い、させてくれないかしら?」
いつも、人に関心を持ってほしかった。
けれど、この時ばかりは。
ロカさんの関心は私に向いていないけれど、うれしかったのを覚えている。
なぜなら、一緒に情報を集める、仲間ができたから。
生まれて初めて、共同の目的のために、協力し合う人ができた。
私もロカさんに笑いかける。
「うん。やろう。調査、二人で。必ず爆発の謎を解き明かすんだ。」
この時にはまだ考えてもいなかった。
私たちが爆発の謎を解き明かし始めたことで、私たちの日常は大きく狂いだすこと。
そして、物語は予想外の方向に行きつくこと。
知らなかったから、私とロカさんは目を合わせ、微笑みあった。
「いいえ。私は何も見ていません。」
うちの学校の制服を着た少女はふりふりと首を振った。少女の頭と同じく、下級生の証である、緑色のローブが、しゅん、と下を向いている。
「そっか……。いきなり呼び止めてごめんね……。」
「いえ、こちらも何のお役にも立てず。」
少女は悔しそうに唇をかみしめた。
「ううん、大丈夫。」
「……そうですか。では、ハスミ先輩、用事を思い出したので。」
たったった、とかけていく少女。
私は後ろを向いて、ロカさんがいるほう__広場があったほうを見た。
ロカさんの周りには人はいなく、丁度いいタイミングだ。
私はロカさんのほうへと足を進めた。
「ロカさん……調査、どうだった?何かいい情報はなかったかな?」
もちろん私が得られたのは、爆発の直前まで、先生たちは何もできなかったというあるクラスメイトの証言だけだった。
「ううん……。ぜんぜん。……ハスミちゃんは?」
ロカさんは目を伏せる。
「こっちも全くだよ……。やっぱり、聞き込み調査だけじゃ、得られる情報に限りがあるのかな……?」
所詮、こちらも学生だ。ある程度魔法は使えるものの、この状況で、情報を引き出すのに役立つ魔法なんてなかなかないわけだし、先生たちのように学園の跡地を自由に探索できたりする権利もないわけで、となるとできるのは聞き込み調査ぐらいだった。
だから、二人でそれなりに配給の時間帯とかに学園の生徒たちに聞き込みをしているわけだが、何せ、情報が少ない。少なすぎる。
もともと魔法の結界で保護されていた学園の中にいきなり白い光があらわれて、それが爆発して、校長先生だって何が何だかわからないほどのパニック状態だったのに、そのあとに食べるものすら保証されないような原始的な生活を強いられれば、そんな中で得た数少ない情報もきっとそういった体験に上書きされるだろうし。
三時間ほどして配給に来ている生徒には大体聞き終わったが、その結果に私とロカさんは困り果てていた。
「……やっぱり、私達だけじゃだめなのかな……。」
ため息とともに、つぶやく。
情報調査だって、いつかは大きな手掛かりを得られて、事件の解決につながるかもしれない。その心構えで始めたことだけれど。
たとえ、協力者があのロカさんだけとはいえ、何時間かけても集まる情報に、大したものはなくて。
調査の途中にもうすうす感づいていたことだ。
やはり私たち学生の考えられることには、限度があったのだ。
__スラムのことを思い出し、少し、気持ちが薄暗くなった。
あそこにいるときの私は、無力で、何もできなく。自分の存在を確かめるためのものも、何もなく。
お手伝いやを始めて、ミュトリス学園にきて。
少しずつ、人のためにできることが増えていったけれど、もしかしたら本質的には変わっていなかったのかもしれない、私は。
__何の役にたたない奴はここにはいらないんだ!
かつて、スラムに仲間だった人たちに言われた言葉がよみがえる。
私は、やはり何の役にも立たなく、やはり誰かに愛されることも。
「そっ、そんなことないと思うわっ!確かに、得られる情報はあまりなかったけれど、」
思考が限りなくネガティブになったとき、ロカさんの慌てた声が聞こえてきた。
私は先ほど、限りのない闇の沼にはまろうとしていたのだと、思考に歯止めをかける。
しかし、それでもこのまま状況を楽観視できるほど、私も世間知らずなわけではなかった。
人並みには、現実的な視点も持っているはずだった。
「そんなこと言ったって……。どうすれば……。」
私たちの持っている力だけでは、現在、事件は解決不能とわかってしまったわかってしまった以上、私は希望的な考えをすることができなかった。
このまま何のあてもなくただ闇を突っ切ろうとするだけではいずれ調査は終わってしまう。
「いくら自分に不利な状況に置かれても、その状況を好転させるような幸運?の持ち主が協力してくれれば……。」
ロカさんは眉を下げ、ところどころつっかえながらも、言い返す。
確かにそんな幸運の持ち主がいれば、もしかしたらものすごい手がかりを見つけられるかもしれないけれど。
でも、そんな人思いつかない。それに、思いついたところで同級生の大半と、私はあまり仲が良くない。否、挨拶すれば返しはしてもらえるが、それまでで。こんな状況下でも連絡を取り合うほど仲がいい人はいない。だから協力してもらえるかもわからない。
校庭の端のほう、さすような日差しから逃れられる大樹の下に場所を移して、二人で五分ほどうなっていたところ。
不意に、ひらめいた。
もしかしたら、この人が協力してくれるかもしれない、と。
しかも、事件の重要な手がかりを見つけてくれるかもしれない、と。
彼女の青みがかかった灰色の瞳を思い出しながら、
「…そういえば、手伝ってくれる人が、いるかもしれない。」
手伝ってくれる人、正確にはこの現状を打開してくれそうな人。
ロカさんの言っていた、【幸運を持っている】という条件には当てはまっていないけれど、一緒に調査をすれば、間違いなく手がかりを見つけてくれそうな人。
「ほ、本当?」
ロカさんは目をぱっちりと見開いて、私を見た。その期待が多く含まれた瞳に少し戸惑う。
「うん。多分、だけれど……。」
いいながら、気が付いた。そういえば彼女がお代と引き換えに私を頼ったことは何回かあったけれど、私が彼女を頼るのは、頼ろうとするのは今回が初めてだ。
お代なしでいきなりは、相手にしてもらえないかもしれない。せめて、今度何でも屋をするときは料金をタダにするとか、そういった話もあったほうがいいかもしれない。
私はロカさんの方を見てうなずいた。
「名前、アデリ・シロノワール先輩っていうんだけれど………。」
アデリ・シロノワールは何でも屋としてバイトをしていた時に、何回か依頼人になった人物だ。主に鉱物発掘で得た鉱物を魔具やアクセサリーに加工して、売って生計を立てている。
何回か私のボランティアを依頼してきたのも、作っているアクセサリーが納品期限に間に合わないので手伝ってほしいというものだった。
中等部の三年生で、とにかく元気がいい人とだけ言えば彼女のすべてが理解できなくもない。
彼女の家は、町の中心部から少し離れたところにあった。
少しこじんまりとしたアパートで、幸い、この爆発で壊れることもなかったんだろう。彼女は家の前で野菜の世話をしている最中だった。
「あれ?ハスミちゃんじゃん。お久しぶりっ!そっちの子は……ロカ・フォンティーヌちゃん、だっけ?」
開口一番、彼女の耳の端で縛ったカフェオレ色の髪がはらりとはためく。私に向かって、明るい声をあげたのは、アデリ・シロノワール__今回、私が調査の手伝いをお願いしようとしている人物だった。
「えっと、最後の依頼から、一か月、だったっけ?」
「正確には、三週間前ですけれど…。」
「あはは、ごめんごめん……。最近はいろいろあって、そこまで覚えていなくてさ…。」
青色のフードの上からポリポリと頭をかく。
「そういえば、ハスミちゃん自分から訪ねてくるなんて珍しいね。何かあったの?」
先輩が話す度に、彼女の丸い瞳は輝きを増すようで。それくらい、先輩は明るい人だ。
「正確には、初めてですけれど……。」
アデリ先輩は、案外雑なところがある。
最近は、色々あって、と彼女が言っていたが、色々なくても彼女はうっかりで済ますには大きいミスを犯していたと思えてしまうのは私だけだろうか……。
「あ!そういえばね、育てていたトマト、赤くなったんだ!今度アクセサリー作りの時に一緒に食べよう。」
話がころころ変わるのも、この先輩の特徴だ。
私が相も変わらない先輩の様子にトホホと苦笑いしていると、
「あの、ハスミちゃん、この方が…。」
と、一人話に入れていなかったロカさんが口を開いた。
「そう。アデリ・シロノワール先輩だよ。」
アデリ先輩は、ロカさんに視線を移す。
「あ、自己紹介がまだだったね。私はアデリ・シロノワール。ハスミちゃんと同じ学園の中等部三年生。よろしくね!」
ぱちり、とウィンクするアデリ先輩からは炎天下の太陽も顔負けのエネルギーがあふれていた。
「…ロカ・フォンティーヌと申します。以後、お見知りおきを。」
ロカさんも、慌てて礼をした。
「それで、二人は何で今日ここに来たの?」
「えっと、実は二週間前の爆発で壊れてしまった町の復興を手伝っていて……その一環で、あの時の爆発について聞きたくて……。」
「そっか!二人は復興を……私も手伝うよ!」
パン、と手をたたき、目を輝かせるアデリ先輩。
これまでの経験から、私は何となくまずい雰囲気だと感じていた。
なんていうか……アデリ先輩はものすごく重大な勘違いをしているような……。
気のせいだといいけれど。
「いや、それもそうだけど、そうじゃなくて…。私たちが手伝ってほしいのは……。」
「ねえ、ロカちゃん。復興って主に何をしているの?」
アデリ先輩は完全に私の話を聞いていないようで。
「えっと、校舎の残骸の片づけ、とかでしょうか?」
「なるほど!校舎の片づけね、了解、了解。」
……。嘘でしょ、全然伝わっていなかった。
アデリ先輩、私たちが手伝ってほしいこと、復興の手伝いだと勘違いしている。いや、ある意味あっているけれど…。
けれど、私たちが手伝ってほしいのは二週間前の事件の聞き込み調査であって、アデリ先輩の解釈は完全な間違いというか、なんというか。
「え、いや、私たちが手伝ってほしいのは、調s…。」
不安気な私を見かねてだろうか、
「大丈夫!多分、なるようになるから!」
太陽などものともしない笑顔でアデリ先輩は親指を立てた。
……。そういえば、この先輩はまとまっていない話をすると、話のしょっぱなしか覚えない癖があるんだっけ……。爆発のごたごたとかで完全に忘れてしまっていた。
次に話をするときは頭の中に、そのことを留めておこう。
すでに校舎に向かい初めているロカさんとアデリ先輩を見て、私は心の中で決意するのだった。
「ねーね、二人とも、あっちらへんで溜まっている木材って燃やすことはできないの?というか、こうやって集めた木材を定期的に燃やしたほうが早く木材片付きそうだけれど……。」
よいしょ、と木材の束を持ち上げながらアデリ先輩が話しかけた。
時刻は二時ごろ。最も肌で感じる気温が高くなる時間だ。
こんな時は、ロカさんの持っている魔法、天跳耀(サリーレ・フリゴーレ)で私たちの頭上を包んで、ひたすら暑さをよけながら作業する。
天跳耀とは、ロカさんの魔法で光を操れる効果を持つ。使い方によって魔力消費の速さが変わるから、ロカさんはそれを薄いベール状にして、私たちの上に浮遊させて、太陽の熱を防いでいる。
「あ、それはアメリア先生が、遺しておいたほうがいいとおっしゃっていたので……。」
私たちが積み上げている木材のまとまりはそれこそ、私たちの身長ぐらいのものがいくつも山になっている状態だった。
「でも、危なそうじゃない?燃やしちゃわないの?」
幾多ある山の中でもとりわけ大きいものを、指さす。
「えっと、百年以上前に建てられた校舎だから、いろいろ歴史的な参考になるとかならないとか。木材もできるだけ保存しておきたいそうで。」
歴史のある学園だから、校舎自体に価値があるらしい。
「って、そうなの、ロカさん?」
ロカさんのほうを向く。
「ええ、アメリア先生に確認を取ったら、そのようにおっしゃっていたわ。生憎、燃やしてもいいのならハスミちゃんの魔法で片付けようって考えたのだけれど。」
「そう、なんだ……。」
「そっか、じゃあ仕方ないかな。ハスミちゃんの操炎舞で燃やせるかと思ったけれど。」
「ねーね、魔法でもう一つ思ったんだけれど、なんで先生たち、魔法を使って復興作業をしないんだろう。手作業より、こっちのほうが早いよね?」
ぴょんぴょんと跳ねるように木材の山と作業場を行き来するアデリ先輩。
それほどの体力があるのがうらやましい。
「あ、それは……、実は__」
私は、魔方陣の魔法と、杖で使う魔法の違いについて、大まかに説明した。
「……ていうか、これって、よくよく考えれば、中等部一年生の一学期に習う知識ですよね?覚えていなかったんですか?」
「え?私は祈れば魔方陣を使わなくても、魔方陣を使う魔法と同じぐらい威力が出せるんだけれど……。みんなもそうじゃないの?私てっきり教科書が間違っていると思ったんだけれど。」
「……。」
……なんだろうな、アデリ先輩。
現実を捻じ曲げる力を持っているだけに、こちらの常識が通じない、というか。
「……あら、そうなのね。杖で使う魔法と魔方陣で使う魔法は威力が同じになるのね。新しいことを聞いたわ。メモしておかなきゃ。」
「いや、アデリ先輩の力が少しおかしいだけだから!普通に使ったら魔方陣の魔法のほうが威力大きいから!真に受けなくていいから!」
アデリ先輩の言葉でメモを取り出したロカさんの肩に、慌てて手を置いた。
__して、再び作業に戻る。
私たちもあたりに落ちている木材を拾い始めた。
あたりに沈黙が流れ始める。
「そういえばさ、聞いていなかったけれど、二人は何で復興を手伝っているの?」
アデリ先輩が、つぶやくようにしゃべった。
「えっと、それは……。」
しどろもどろになりながらも、何とか事情を話し切った。
「なるほどね。学校をもとに戻したいか、それなら私もなおさら頑張らないとっ!」
アデリ先輩は声を張った。
……いや、正直頑張ってほしいのは事情聴取なんだけれど…。
苦笑いしながら、先輩のほうを振り向いた。
「アデリ先輩、少し、いいですか?」
「なにー?」
「先輩は、二週間前__あの時、爆発が起きた時のことを覚えていますか?」
アデリ先輩が私のほうを向いた。
先ほどまでのはしゃいだ感じはなく。ただ、真剣な表情で。
「うん。それが?」
「その時、どこで何をしていたかとか、何か気が付いたこととか。」
数秒、黙って。
「私たちのクラスは課外授業で、校庭で瞑想していたら、突然爆発が起きて……わかっているも何も、目を閉じていたから……。」
「なるほど……。」
つばを飲み込む。
先輩なら、何か、ロカさんとは別の意味でありそうだと思ったけれど、残念ながら何も知っていなかったようだ。
「でも、なんでそんなこと聞くの?」
私は事件の謎を解こうとしていることを話した。
瞬時にアデリ先輩の目が輝く。
「わぁっ!すごいじゃん、ハスミちゃん、探偵みたいっ!」
「う、ぇっと…。」
やはり、こういったまなざしには慣れていない。
「ハスミちゃん、私も役に立てるよう、木材集め頑張るね!」
アデリ先輩は満面の笑みで言った。
ああ…だから、そうじゃなくて。
妙な脱力感を覚えながら再び作業に取り掛かる。
木材をつかみ、腕に抱えてはまた木材をつかむ。
しばらくしているとロカさんがこちらに来た。
「ハスミちゃん、あの……ちょっと聞くんだけれど、シロノワール先輩の、幸運をつかむ?能力みたいなの、あるって言っていたけれど、あれ、どういうことだったの?シロノワール先輩何も知らなかったじゃない。」
ロカさんは少し焦ったような表情をしていた。
当然かもしれない。ある日いきなりサバイバル生活を強いられて、助けが外部からも来なかったとしたら。
すぐにでも自分の力で状況をもとに戻そうとするだろう。
「ああ、それはもうすぐわかるんじゃないかな………。」
「えっ、何それ、どういうことなの?」
ロカさんが動揺しても私は冷静だった。
だって彼女のアデリ・シロノワールの能力のすごさを知っているから。
「アデリ先輩はね、必ず思っていることを実現できちゃうの。なんていうんだろう……。固定観念を破壊できるっていうか…。」
「?」
首をかしげて、まだ腑に落ちない、という表情のロカさん。
こればかりは仕方がない。私もうまく説明できる自信がない。
ただ、彼女について一つ言えるとしたら。
「彼女ができるって思えばなんだってできる。」
アクセサリー作りの最後の追い込みだって、アデリ先輩が異常なペースだったおかげでなんとか納期に間に合ったということが何回かあったし。
魔獣とバトルになった時だって、本来なら倒せないAランクの魔獣も何とか倒すことができた。
あれもこれも、アデリ先輩がいるときにおこった奇跡。
彼女の希望が紡いだ奇跡。
「で、ハスミちゃん、それとこの復興活動がどう関係しているの?私、まったくわからないのだけれど…。」
ロカさんの視線が、痛かった。
「あー、それは……ですね、ロカさん……。そのですね、それが調査に役立つかも、って声をかけたんですけれど……。」
彼女から、目をそらす。
「えっと、話が脱線して、いつの間にか復興作業を行う羽目になっちゃったってこと?」
目をそらした先に見えた、ロカさんの魔力が紡ぎだす淡い黄色のベールがキラキラと輝いていて、まるで星空のようなった。
「はい。おっしゃる通りで……。」
「…。それより、なんで敬語なのかしら。」
それはもちろん、確証が少なく、触れられてほしくないところだからだ。
二人の間に、沈黙が流れる。
そういえば、作業の手を止めていた。そろそろ、作業に戻らないと。木片の一部をつかみ、腕にあげる。
「えっと、この状況、なかなか、危ないんじゃないかしら…。いつの間にか、作業の目的とか、わからなくなっていそうじゃない…?」
ロカさんがリスのようにまた小さく首を傾げた。
その時だった。
「…あれ、これ、箒?」
と、前でアデリ先輩の声が上がる。
そちらのほうを振り返ると、アデリ先輩がペンギンのぬいぐるみが付いた箒を掲げていた。
__アデリ先輩の箒だ。
ただ、今は私たちのものと同じく校舎の下に埋まっている、と。それで今日ここに来るときも徒歩で来たのに。
「えっ?アデリ先輩、__まさかっ。」
慌ててアデリ先輩のほうへ駆け寄る私たち。
アデリ先輩は、私たちが彼女のもとまで来たのを確かめると、木材の一部に、手をかけた。
彼女が木材を持ち上げると、そこに埋まっていたのは大量の箒だった。
数えきれないほどの。色も、形も様々な箒たちが木材に押しつぶされながら。
__間違いない。
これは、学園の生徒たちの箒。
アデリ先輩が見つけたのだ。
はわぁ、とため息をつきながら、ロカさんと顔を見合わせる。
「うそ……じゃない、本当だ…。」
「これが、シロノワール先輩の力。」
一言も言葉が出なかった。
ただ私たちの理解を超えた出来事にただ、圧倒されるのみで。
二週間ほど、私が探しても見つからなかった箒軍。
否、二週間ほど校舎の木材をどかしつづけても、箒どころか、重要な書類や、頼まれていた古書だって見つからなかった。
それほどまでにミュトリス学園は生徒数も多く、校舎も大きい。
それを、アデリ先輩は一瞬で。
箒から目を離し、私たちは尊敬を込め、先輩のほうへ目を向ける。
当の先輩はというと、
「よかったー。これでまたみんな箒で飛ぶことができるねっ!」
と、なんてことなしに笑っていた。
まるで、自分の起こした超常現象も認識していないように。
そうだ、この人はそういう人だ。
当たり前のように、奇跡を起こせる人。
手伝ってくれたアデリ先輩のおかげで、作業が一歩進んだ、というほの暖かい喜びは、夕方まで続いた。
「じゃあねー、二人とも。」
私は一足早く帰らせてもらうね、と。反対方向に向かい箒を飛ばしてくアデリ先輩に手を振り、向き直る。
あの後、見つかった量の箒があまりにも多すぎるため、とりあえず自分の箒だけ持って、その場を去ることに決めた。
箒は木材で隠しておいたし、よほどの物好きでない限り、校舎の残骸にはよらないだろう、とロカさんが話をしていた。
箒の件は、明日先生に報告しておこう。今日はもう時間が時間だし。
帰り際、久々の箒の乗り心地を堪能しながら、ロカさんに話しかける。
「良かったよね、ロカさん。箒が戻ったし、これで復興も情報調査もやりやすくなる。」
横で飛んでいるロカさんも
「ええ。」
満足げにうなずいた。
最初は少し迷ったけれど、アデリ先輩に頼ってよかった。
思っていたのとは違っていたけれど、結果的にみんなが満足するのは明らかで。
落ちていく夕日に目を細める。
今日は何もかもが思うようになっていき。
この感じで情報調査だって、順調にいくのだと、信じていた。
「……やっぱり、人手は必要、じゃないかしら。」
ロカさんは、いつになく真剣な面持ちで。
あの日から二日が過ぎた。
私たちは引き続き、情報収集に復興作業に励んできたわけだが…。
はっきり言って、まったく進展がない。
情報収集では引き続き、「何も知らない」といった声しか拾えなくなったし、復興作業は延々と木材をどけるだけで、箒を使えるようになったから効率自体は上がったけれど、二日前に見つかった箒たち以外結局大事な資料などは見つからないまま。
あの一日が夢幻かと錯覚するほど、調査は元の平行線に戻った。
そろそろ何かを変えたほうがよさそうだと、私も考え始めていた。
そんな時、配給が一通り終わった休憩時間にロカさんは話しかけてきた。
「……シロノワール先輩に協力してもらいましょう。」
と、言い切った。
言葉の意味を理解するのに、数秒かかる。
「えっと……?」
まじまじと、ロカさんの顔を見た。
「やっぱり、私たちだけじゃ得られる情報に限度があるから。」
それはうすうす気が付いていたこと。今のままでは、爆弾の謎は解決できない、と。ここ二日で現実を突きつけられた。
ロカさんは、
「以前、シロノワール先輩に聞き込み調査を協力してもらえれば、すごい情報が手に入るかもしれない、って、言ってたわよね?」
「この際、せっかくだから聞き込み調査に協力してもらうだけでなく、仲間になってもらわない……?」
そうして私たちは再びアデリ先輩の自宅を訪ねることとなる。
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