第四話 熱血男子と、中庭の不思議なメッセージ

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第四話 熱血男子と、中庭の不思議なメッセージ

「ん?一緒に調査するってこと?いいよ?」  ことりと首をかしげて、アデリ・シロノワール先輩は笑った。  少し、涼しくてからからにかわいたとある昼下がりのころ。彼女の座ったが風に吹かれてさわさわと揺れていた。  私とロカさんは顔を見合わせて、手を後ろに回してガッツポーズ。  固定観念を破壊する少女は、私たちに協力してくれることになったのだ。  これで調査がはかどり、結果だって  二週間ほど前の爆発に関する調査を始めてから、初めて一歩前進できたような気がする。  唇をかみしめることで、達成感の甘さはより感じられるような気がした。  __気がした、だけで。  実際はそうはいかなかったりするのが現実みたいらしい。   それから、調査は順調に進んだ。  ただし、この場合は順調の定義は【結果構わず沢山の生徒に爆発当時の状況を聞くこと】で、結果については含まれていない。  つまり……こういうことだ。  アデリ先輩のおかげで人手は増え、ごく一部の生徒以外には大体話を聞くことができ、三日ほどで調査結果はまとまった。  つまり、こういうことだ。  【わからん】 と。  話を聞いた生徒の大半が爆発について、何も気が付いたことがなかった。何も知らなかった。むしろそんなことを聞いてくるこちら側が怪しまれるくらいには。  「ふー。今日も大した情報、得られなさそうだね……。」  箒に乗りながら大きく伸びをしながら、息をついた。  あの後、先生方が生徒たちにアデリ先輩が見つけた箒を返してくれたので、アデリ先輩の名声は復興を手伝ってくれた人として生徒間には広まっていた。  その名声のおかげで、今回の調査だってアデリ先輩の功績がなかったらそこまでいかなかったかもしれない。  やはりアデリ先輩に協力してもらってよかった。冷たくなった箒の柄を握りなおすとロカさんが聞いてきた。  「…ねえ、ハスミちゃん。今回、アデリ先輩に協力してもらったのに、なんで情報が手に入らなかったんだろう…。」  「……それは……。」  確かにロカさんの言うとおりだ。  アデリ先輩は本来できないような事柄もできることにしてしまうような人で、情報だってもっと集まっていいはずだ。それなのに、彼女がいても順調になるのは進行ばかりで、肝心の情報は何も集まらない。ということは。  「__もしかしなくても、方向性を間違えたりしたんだよ……。」  「え?」  私は目の奥をさすような夕日を見つめた。  「多分、私たちが調査した人たちは全員情報を持っていなかった。だから、アデリ先輩の力を使っても情報は手に入らなかったんだと思う。」  調査をしている傍ら、そのことを疑問に思い自分なりに考えをまとめた結果である。  アデリ先輩の力はできないことをできるようにする力だと、以前ロカさんに説明した。  しかし、本当にそうだろうか?  Aランクの魔獣討伐も、アクセサリーを締め切りに間に合わせて製造することだって、本当の本当に少ないけれど、元々できるという可能性はあったのではないか。  ただ、アデリ先輩の力で可能性が確定になっただけで。  「……じゃあ、これ以上、どうすればいいっていうの?今のままじゃ、八方塞がりだわ……。」  ロカさんが弱弱しい声を出した。  「……えっと、一応、次の手は考えているよ……。」  とはいえ、一応だけれど。ほんの少し、顔に吹き付けてくる風にごくりと唾をのむと、ロカさんが、  「ハスミちゃん、その手、教えてくれない…。」  と。  「簡単だよ。__まだ、話を聞いていない生徒を順に調べればいい。ただ、それだけ……。」  それだけの、重労働。  大勢の生徒に話を聞いた今、逆に話を聞いていない生徒を覚えているのは大変だ。  元々ミュトリスは生徒数が多くて、記憶力に自信がある私も全員の顔と名前を憶えているかと問われれば怪しい。  そのうえ話を聞いても情報をつかめない可能性もある。  「えっと、でも、それって……。」  「……可能性は、高い……とは言えないけれど。」  ロカさんの紫紺の瞳を彼女の眼鏡越しにじっと見つめた。  「でも、やらないよりかはいいんじゃないかな……。」   「……ん、と、話を聞かなかった人…?」  次の日、私とロカさんとアデリ先輩は作戦会議をするため、配給が終わった後校庭に集まった。  ロカさんの方を向く。  「そう。とりあえず今思いつく限りで話を聞いていない人、だれかいない?」  「とは言われても……。」  「もう、ほとんどの人に話を聞いちゃったしね……。」  二人はほとほと困り顔。  「今更、話を聞いていない人とか。」  「えっと、他にまだ話を聞いていない人といえば……。」  顎に手を当て、記憶を探る。  なにしろ、まだ話を聞いていない人なんて、学園から家が遠い人とかまあ、訳アリの人が多かったりするわけで……。  私たちも、なかなか言い出せずにいた。  「あ!レオ君がいたじゃん!」  となりでアデリ先輩が大声を上げた。  「ハスミちゃん、レオ君って、まだ話を聞いていないよね?」  アデリ先輩の口から、聞いたことのない人名があった。  レオ君とは。  「ええ、多分……。」  まあ、レオ君が誰なのかによりますが、と心の中で付け加えた。  それでも、私達がここ数日聞き込み調査を行った人たちの中に、その名前はなかったわけで。  「えっと、どこかで聞いたことがあるような名前だわ……。」  ロカさんも首をかしげる。  不意に、私は思い出した。  「……もしかして、アデリ先輩の言っているレオ君って、レオ・フェイジョア先輩ですか?」  レオ・フェイジョア。三年生の先輩で確か、体力では学園のだれにも負けていなかった気がする。  「そう。もしかしたら聞いていないんじゃないかってさ。……私たち、クラス対抗魔術合戦で、二人っきりで残った後、まさかの逆転優勝したペアで有名でさー。」  お茶目にウィンクするアデリ先輩。  そういえば、爆発の後、近所の子供たちの世話に忙しく、箒を取りに来ていない生徒がいるという噂があり、その生徒の名前が、レオ・フェイジョアだったような……。  あれ…、そういえばもともと箒に乗るのが苦手で、箒を持っていないといううわさも聞いたけれど…。どうなんだろう。  「で、どう?」  アデリ先輩がまん丸な瞳でこちらを覗き込んだ。  「そういえば……。まだ、レオ先輩には話を聞いていないと思います。」  「そっか!なら、決まりだね。早速レオ君のところ行ってみようよ!」  腕を広げ、ロカさんの方を見る。  「ね!ロカちゃんも。それでいいよね?」  「ええ、まあ…。」  話についていけないのか、半ば、混乱気味のロカさん。  「よーし、じゃあ、さっそく、れっつごー!」  アデリ先輩が握ったこぶしを宙にあげる。  そのこぶしに丁度重なるようになっていた夏の太陽が、まぶしく光った。  学校からだいぶ離れた郊外。  私の家やよく行くスラムとは反対方向にあって、緑がたくさんあり、あまり住宅設備が整っていない立地__なんていうのだろう、スラム一歩手前というべきか__に、彼の住宅はあった。  「あ!いたいたっ!おーい、レオ君っ!!!」  アデリ先輩がその人物のいる方向に向かい、手を振る。  水柿色の肩までの髪をハーフアップにした少年、レオ・フェイジョアはとある小屋の近くで、十数人の子供たちに囲まれていた。  否、囲まれている、というより押しつぶされている、という表現のほうがてきかくだろうか。  子供たちはその少年に、すごいなつきようで。  その少年は、子供たちに向かって、何やら話しかけていた。  「えっと、あの人がレオ先輩……?」  ロカさんが隣でつぶやく。  「アデリ先輩とは別の意味でにぎやかな人だわ…。」  それは確かに、いえそう。  うんうんとうなずいていると、レオ先輩がこちらに気が付いて、振り返った。  「あ!アデリか。久しぶりだなっ。」  ぶんぶんと、手を振る。  レオ先輩は、子供たちに少し、待っててくれ、と声をかけると、こちらに向かってきた。足を進めるたび、__ニッカボッカというのだろうか__ふくらみの大きいズボンがはためく。  やがて私たちのところまで走って来てもレオ先輩は息切れ一つしなかった。  その距離、約数十メートルほど。  …改めてすごいな、体力自慢って…。私ならあの距離だと息切れしてしまうだろう。  「えっと、二人は……ごめん、わかんねーや。てっか、アデリの家はこっちじゃないだろ?ここに何しに来たんだ?」  「あ、レオ君、今、話せる?少し、聞きたいことがあって。」  そうして、最後に私たちの仲間になる、レオ・フェイジョア先輩の聞き込み調査が始まった。  「レオおにーちゃん、あそぼーよ!」  ……と思われた。  正確には、レオ先輩についてきた、六歳ぐらいと思われる、ひとりの男の子によって妨げられたんだけれど。  「ごめんなー。お兄ちゃん、今から大事な話があるからな。」  レオ先輩は、男の子の目線にまで膝をしゃがめると、男の子の頭をなで、そういう。  「ね。レオ君、その子たちは?」  「ああ、近くにいる子供たちか?俺の近所の子供たちなんだ。大人たちが魔獣討伐やボランティアに行っていない間、最年長の俺が子供達の面倒を見ているんだ。」  レオ先輩がこちらに振り向き、立ち上がった。  近所の子……たしかに、レオ先輩の周りにいた子供たちは大きくても八歳とか、九歳とか。一家庭でこれほどの人数の子供が生まれる、なんてことはないはずだから、少し疑問に思っていたんだけれど……。まさか噂が本当だったとは。  それにしても……。  「……子供の数が多いわ。ここにいる子たちだけで軽く少人数制学級を一クラス作れそうね……。」  私が思っていることを、ロカさんが口に出した。  「私も、何でも屋をやってきて、いろんな人にあっているけれど、あそこまでの人数の子供になつかれる人はいままであったことなかったなぁ……。」  子供の世話は、やったことあるけれど、多くても数人程度が相手だった。  あれだけの人数の子供から一期に話しかけられると思うと……頭がパンクしそうだ。それを平然と行えるレオ先輩はやはり、すごいのだろう。  そうこうしている間にも、レオ先輩のところにがやがやと子供たちが群がってくる。  「レオにい、鬼ごっこしよーよ!」  「サッカーしようぜ!」  「じゃんけんがいーいー!」  ……なんか、最後の子だけ、秒で終わる遊びだった。  「……ていうか、これは本当に、なつかれているんだよね?」  「……吞まれているわね。」  「あっはは!のまれているよね!」  レオ先輩の様子に苦笑するロカさんに、腹を抱えて笑うアデリ先輩。  私も、レオ先輩にもうしわけない気がしなくもないけれど、子供たちに群がられているこの状況は、カオスすぎて……すこし、面白いなって思う。   レオ先輩は、群れてくる子供たちにうろたえることなく、ただ、ひとこと。  「はいはい、後でな?おにーさん、少し、このおねーさんたちと話をするから、まっててくれるか?遊びはそのあとでな。あとで順番に、あそんでやるから。」  「「「うん!」」」  おにーさんとの、約束な、と。  子供たちがうなずいたところで、今度こそはとレオ先輩がこちらを振り返った。  「なあ、アデリそれで話ってなんだ?」  「えっとね、実は、調査を手伝ってほしいんだけれど、その前に、この子たちを紹介しておくよ!」  アデリ先輩が、手をこちらに向けたところで、私たちはレオ先輩に向かって頭を下げる。  「初めまして。レオ先輩。私はハスミ・セイレーヌです。」  「ロカ・フォンティーヌです。以後、お見知りおきを。」  ぺこりと頭を下げると、レオ先輩はおう、とうなずいた。  「俺はレオ・フェイジョア。よろしくな!…で、調査のは、なんだ?」  私はロカさんとアデリ先輩のほうを向いてうなずいた。  「実は……私たちはあの爆発について謎を解こうと調査をしていて…。その時の状況を教えてください。」  「爆発の時の状況……っつても、二週間以上前のことだし、よくおぼえてねーんだよな。」  近くの人に聞かれても何なので、いったん少し離れた林に場所を移して。  レオ・フェイジョア先輩の聞き込みは再開された。  宙を見上げ、ぽりぽりと頭をかく先輩。  「あの、すみません。二週間程しか前じゃないことなんですよ……?普通、詳しく覚えていますよね?その日の行動ぐらい。」  たった二週間しか立っていないのだ。  いつ、どこでだれと何をしていたのか。誰だってはっきり覚えているはずなのに。  レオ先輩を驚きの目で見ていると、逆に好奇心を秘めた八つの瞳がこちらを向いた。  「えっと、それってまさか、ハスミちゃんは、とても記憶力がいいんじゃないかしら。」  苦笑しているロカさんに、アデリ先輩もうんうんとうなずく。  「へぇ、そうなんだ!すごいね、ハスミちゃんって。」  手をぶんぶんふるアデリ先輩。  「えぇ~、と、そうでしょうか…。」  普通だと思うけれど…。  いや、こうして記憶力のおかげで注目されるのはうれしいけれど。  …。いや、そうじゃなくて。  今は、レオ先輩の聞き込みをしているわけで。私たちは今脱線してしまったわけで。  レオ先輩のほうに視線を戻すと、レオ先輩は頭を抱え、苦しげな表情でうーん、とうなっていた。  ……これは、相当困っている、のかな…。  聞かないほうが良かったかな、と少し不安になったとき、とりあえず、とレオ先輩は声を上げた。  「その時、俺は座学だったと思うし、爆発の謎?や犯人については知らねー。断言していい。」  そして、ぐっと親指を自分のほうに向ける。  「なぜだか分かるか?」  「えっと…。」  そして、片目を閉じた。  「もし知っていたら言ってしまっているからな!」  と、どや顔で言った。  「な、なるほど…。」  なんだろう……。なんてことないポーズなのに…。  なんか、なんか、すごくかっこいい…。  「そっか!確かに!頭いいね、レオ君。」  「ええっと、それってどや顔でいうほどなのかしら……。」  一人、後ろでロカさんがつぶやいていた。  「ていうか、その行動を頭いいっていうアデリ先輩って…。」  なぜかどこか引いた声を出すロカさん。  先輩は、それを気にすることなく。  「さあ、他に質問はあるか?」  「あ!質問じゃないけれど、お願いっていうか…。」  私はレオ先輩のほうに、おずおずと手を伸ばした。  「良ければ、学校の復興とか、手伝っていただけませんか。……その、できる範囲でいいので。」   ざっとこれまでの経緯を先輩に説明した。  先輩は、経緯を聞き終わった後も、嫌な顔一つせずに、  「ああ。できるぜ。……今日は子供たちの世話があるから行けねーけれど。明日からになるし、どっちみち長時間手伝えるか分かんねーけれど。それでもいいか?」  「!はい。ありがとうございます!」  初対面の私のお願いを進んで引き受けてくれるなんて、レオ先輩は、いい人なのだろう。  「それと、」  「?」  レオ先輩が付け足した。  「ハスミも、ロカも、これからも困ったらどんどん頼ってくれていいからな!」  レオ先輩は、自信満々にそう言い切った。  「えっと……?」  ロカさんと顔を合わせる。  「ほら、強いものは弱いものを助けるっていうだろ?俺さ、力とか体力とかでは誰にも負けね自信があるんだ。」  そういって、自慢と思われる力拳を膨らませる。  ……いや、自分でそれを言い切っていいのか。  「は、はい、わかりました……?」  「よろこんで、頼らせて頂きます……?」  ロカさんと二人、疑問形で返事をする。  レオ先輩の言っていることには科学的根拠が見られないけれど、本当にこの人を信じて大丈夫なのだろうか?  いや、子供たちへの態度から、正直な人だというのは分かっているけれど。  もしかしたら、この人、いいにくいが、___とんでもない脳筋なのかもしれない。  とにかく、そういったあいまいな感じのまま、レオ先輩の調査は終わり、その日は調査はもう行われなかった。  ……というのも、まだ話を聞いていない人は、調査ができる状況ではなかったからだ。  学園内の寮に住んでいる人は、爆発で寮がなくなったため、実家に帰ったが、大半が実家の場所が分からなかったり。  食料を取るためにS級魔獣を討伐しに行ったが、そのまま帰ってこなかったり。  そもそも行方自体が不明だったり。  ということで、その日は復興作業に時間を当てざるを得なかった。  それからは、レオ先輩が加わったこともあり、復旧作業は順調に続いた。  木材はだんだんと片付いていき、アデリ先輩のおかげもあって、木材の下に埋まっていた学校の備品も次々と発見された。  そんな感じでそれから二日後__あの爆発から、三週間たったころには学校の敷地をおおっていた木材はあらかた片付き、ある程度地面が見えるようになった。  それは町のほうも同じようでその時にはだいぶ歩きやすくなっていた。  そして、その日、私たち四人は作業で疲れていたこともあり、フォンティーヌ家の庭で休憩会__をするのだが、その時、私は思わぬものを発見してしまう。  【あなたたちの仲間の中に裏切者がいる】  この紙を見つけたせいで私の運命は大きく狂いだすのだった。    「はーい、じゃあ、この度は学校の色々が何か元に戻ったことを祝って!」  この季節にしては、珍しく気温が低く、穏やかで、過ごしやすいある昼下がり。  アデリ先輩の声が庭に高らかに響き渡る。  花々が咲き誇り、高級感あふれるフォンティーヌ家の庭はところどころに前日の雨が残した水たまりが(かなり)あったが、その場にいる人は誰もそんなことを気にしない。  先ほどまでの作業で、ものすごく疲れていて、判断力が鈍っているのと、先日__約三週間前の爆発により常識が崩壊しているからである。  その場にいる人物とは、私立ミュトリス学園に通っている四人の生徒__この家の跡継ぎ、ロカ・フォンティーヌに、アデリ・シロノワール、レオ・フェイジョアに、この私__ハスミ・セイレーヌである。  ロカさんはクラスメイトということ以外、アデリ先輩は依頼人ということ以外、レオ先輩とはあまり接点がなかったこの私だが、爆発でさんざんなことになった学園を戻したい、爆発の謎を解きたい、という思いで、復興作業や調査に力を入れていた。もっとも調査のほうはあまり進んでいなくて、空振り続きなのだが…。  復興作業のほうは、先ほどやっと終えることができたのである。三人の協力があって、学園の敷地にあった木材を片付けることができた。  まだ、爆発が起きる前とはほど遠いけれど……。  これでも、結構貢献出来たほうなんじゃないかな。  そして、今はその勢いで慰労会を開いているところである。  レジャーシートに手を付けながら、ほわほわとした達成感に、目を細めていると、それじゃ、とレオ先輩が声をかけた。  「四人の活躍に__」  あわてて自分のグラスを差し出す。  『かんぱーい!!』  かりん、と四つのグラスが音を立てた。  四人は銘々に飲み物を口に入れていく。  「ひゃー、おいしい……。やっぱり、疲れた体に、冷たいジュースは染みわたる…。」  一番早く、グラスを空にしたアデリ先輩がつぶやいた。  そういえば、この慰労会を発案したのもアデリ先輩だった。  今思えば、この人がただ、休憩したいだけだったような…….。それで、慰労会を提案したような…。  いや、今はそれを置いておいて。  「それにしても、ロカさん、この庭、使ってよかったの……?」  場所提供者であるロカさんの方に顔を向けた。ロカさんは私達のように足を崩さず、正座をしていてそれが気品を感じさせる。  「ええ。両親は今、王都に呼ばれていて、忙しいから気が付かないと思うわ。」  微笑。  聖母を思わせるそれに、度重なる作業でへとへとになっていた私の脳は細かいことなどあっという間に吹き飛んでしまって…。  __じゃなくて。  「い、いいの?勝手に……」  庭で結構な規模で慰労会という名のパーティーを開いているんだ。  あのフォンティーヌ家の庭で。ロカさんのお父さんが知ったら怒りそうだけれど……。  「両親がいない時のフォンティーヌ家の家主は私ということになっているわ。」   と、ロカさん微笑。  「そ、そっか~。よかった…。」  ほっと胸をなでおろした。  ……あれ、でも、そもそも子供だけでパーティーを開くのって……いや、気にしない、気にしない。  「さあ、みんな!ここまで、復興作業を頑張ったんだ!ここにあるお菓子は好きなだけ食べていいぞ!今日くらいは疲れを忘れよーぜ!」  私の対極のほうでレオ先輩が高級マカロンを進めてきた。  「いや、レオ先輩それ、ロカさんが調達してきたやつです。」  ここにあるお菓子は全てフォンティーヌ家のものだ。  そもそも非常時にお菓子があまっている家といえばフォンティーヌ家ぐらいだし、普通の家ならばここ最近はその日の食べ物を何とかするぐらいで精いっぱいだ。というわけで、パーティーに必要な物資はすべてフォンティーヌ家が出している。(勿論、ロカさんの両親には無許可で)  はあ、とため息をつくと、隣からはわ~と、声がした。  見ると、アデリ先輩が目を星のように輝かせている。  「わ~、なんだろう、この味、流石高級のお菓子は違うね!」  しゃべりながらも、パクパクと、チョコのフィナンシェを食べていた。  「アデリ先輩は悪乗りしないで!」  ……ここ、ロカさんの家の庭で、フォンティーヌ家のお菓子を食べているんだけれど……。ロカさん、気にしないかな…。  恐る恐るロカさんをみると、ロカさんは気にするどころか、口元に手を当てて、くすくすと笑っていた。  「いや、ロカさんはせめて、一言ぐらい突っ込んで!」  突っ込んでくれないと、こっちが困るから……。  はあ、と盛大にため息をついて、そういえば私はまだお菓子を食べていないなと思って、手近にあるクッキーを一つ、つまんで口に入れてみた。  さくりとした触感の後、一瞬で口に溶けてしまい、後には香ばしい香りだけが残った。なるほど、これなら先輩たちが騒ぐのも分かるかも。  二個目を食べようと、クッキーをつまむ。  先輩たち二人の話し声を背景に、時間はゆっくりと過ぎていった。    ロカさんが、席を外したのはそれから三十分ぐらいたったころだろうか。  四人で和気あいあいと話をしていた時にメイドがロカさんのほうにやってきて、何かをこそこそしゃべった後、ロカさんは慌てたように立ち上がって、  「あの、用事を思い出したから、私はここでお暇するわ……。」  と。  「先輩方とハスミちゃんは慰労会を続けていていいですから。」  そういった後、体を本館のほうに向けて、メイドのほうにいそいそと走っていった。  「…いっちゃったね、ロカちゃん。」  沈黙を破ったのは、アデリ先輩だった。  「あんなに慌てて……何か大事な用事でもあったんでしょうか…?」  だとしたら、なんだろう。  爆発から三週間たっているから、それといった危機的な事態はすぐには思い浮かばないけれど……。  カヌレをつまみながら、そんなことを考えていると、そうだ、とレオ先輩が立ち上がった。  「ロカにご馳走してもらったから何か恩返ししねーとな。」  「あ、そういうことなら、ロカさんは気にしないと思います。あまり深くかかわったことはないですけれど……。」  私が思うロカさんはなんていうか……。  フォンティーヌ家の血筋であることを誇りに思っていて、困っている人には寄り添いたいって思っている。そういう人だ。  だから慰労会だって、ここ最近働きづくめで疲れているであろう、先輩方を思って開いたのだろう。  私がそう伝えると、レオ先輩は静かに首を振った。  「いや、もらいっぱなしは性に合わない!」  もらったものは、返せるうちに返さないとな、と。  レオ先輩は太陽のように無邪気に笑った。  「じゃあ、俺は使用人に手伝うことがないか聞いてくる!」  そう、執事のほうに向きを変えたレオ先輩の手をつかんだ。  「あ、まって、レオ先輩、私、手伝います!」  お手伝いなら私の本領だ。  私だってもらいっぱなしは嫌だし、人の役に立てるなら、たちたい。  そう言い終わる前にレオ先輩は右手で私を制した。  「いや、ハスミは休んでくれてて大丈夫だ。」  これは俺がしたいことだから、と。  そういったとたん、庭のそばに控えている執事のほうに走って行ってしまった。  レオ先輩は、執事と少し話をした後、執事と一緒に本館に入っていった。その様子を眺めながら、アデリ先輩が息をつく。  「レオ君行っちゃったかー、じゃあ私はレジャーシートとお菓子を片付けようかな。」  「あ、アデリ先輩手伝います。」  食べ終わって空になったケースを既に食器をまとめにかかっている先輩に差し出す。  「ハスミちゃんは休んでいて。今回の調査とかで、一番頑張ったのはハスミちゃんだと思うから。」  私の差し出したケースをもらった後、あそこの木陰とかでさ、と大樹があるほうを指さされた。  「でも…。」  先輩たちは何かしているのに、私だけ休んでいるなんて…。  罪悪感が心の隅を焦がした。  「いいって!いいって!」  アデリ先輩は、先ほどのレオ先輩と同じように、満面の笑みを浮かべた。  そのあと、アデリ先輩は無事、レジャーシートを片付け終わり、お菓子の入れ物やら何やらを本館に返しに行った。その時に私も手伝おうとしたが、さっきのような屈託のない笑顔で断られてしまった。  「あの笑みで言われるとなぁ……。断れないんだよな…。」  青々しい空を見上げる。  誰かの役に立ちたい。誰かに笑っていてほしい。  注目されたいという願望も嘘でなかったけれど、この願望だって本物だ。  だからこそ。  手伝わなければいけないと分かっていても、つい、相手の言うことを聞いてしまうのだ。  先ほどまでにぎわっていた庭に、あっという間に私一人だけが残されてしまった。  「……アデリ先輩も行っちゃったし、私、何していよう…。」  永遠にも思える時間の間に、雲だけが目の前を動いていく。  大きく伸びをして、目を落とした先に。フォンティーヌ家の庭の土に、少し、気になるところがあった。  奇麗にならされていて、均一な茶色をしている庭の土に、少しだけ、土の色が違うところがあったのだ。  周りの土より少し赤茶けていて、ポッコリと膨らんでいる……ように見える。  ……。誰かが掘り起こしたのであろうか。  色は少し離れたここからでも確認できるから、もしそうだとしたら掘り起こしてからあまり時間がたっていないのだろう。  でも、誰が?  フォンティーヌ家の庭はすごくきれいで、きっと手の込んだ魔法でもかけてあるのだろう。だとしたら、フォンティーヌ家の人たちがわざわざ土を掘り起こす真似はしないと思うし__だとしたら、部外者が?  でも、どうやって?  この地域の名家というのは大体家の周りが結界で保護されていて、悪意を持った人物は結界ではじかれるはずだ。そう、本で読んだ。  爆発が起きた後は分からないけれど、爆発で防犯が手薄になるとも限らないし、それこそフォンティーヌ家は代々名魔術師を輩出してきたお家である。  下手に返り討ちにあったら何されるかわからないのに……。  なおさら、土の色の違いが知りたくなり、思わず色が変わっているところに手を伸ばした。  一瞬いけないことだと脳が警告を出すが、この土に何かが隠されていて、それで何かがあってからでは遅いと思い、土を掘り始める。  土特有の冷たい感触を感じながら。五分ほど__土を十センチぐらい掘ったところで、土に何かが埋まっているのを発見した。  多少土をかぶっていて、黄ばんでいて、色が薄くなった紅のリボンでまとまっている__昔の、紙だろうか?  恐る恐る手に取り、眺める。紙の端のほうは亀裂が入っていて、やはり年季を感じれた。  リボンを取って、開いてみると。  そこには思わぬことが書かれてあった。     紙には、  【あなたたちの仲間の中に裏切者がいる】と。  走り書きのような字で、立った一文だけ、書かれてあった。  どきり、として慌てて紙から目をそらした。  仲間__その単語を目にした瞬間、不本意にロカさんやアデリ先輩、レオ先輩の顔が浮かんでしまって。  あの四人が裏切者……。いやな予想に、慌てて首を振る。  そんなはずがない。あの人たちは、いい人たちだ。  これまで町をもとに戻そうとして、いっぱい協力して。それで分かっているはずだ。  「それに、仲間っていうほど、仲良くはないし、そう思っちゃったら、迷惑だよね…?」  大体、この紙は短くても二十年ぐらい、もしかしたらもっと前の年代の紙かもしれない。  その紙に書かれてあることが、私たちの生活に、直接関係してくるわけがないはずだ。  心臓を落ち着かせながら、再び紙に目を通したところで、今度こそは息が止まりそうになった。  使用されている紙は、確かに昔のものだ。  しかし、使用されているインクは、  「これ、隣の大陸の国のインクだ。名前__なんだったっけ?」  にじんだところが淡い紫色になるこのインクは隣の大国で作られ始めたもので、クラスの女子たちが光に透かすと星のように光ってかわいいと、はしゃいでいたはずだ。  大国から輸入され始めたのは二年位前だけれど、はやり始めたのは確か三か月ぐらい前で、インクが多く出回るようになったのも、そのころだったはず。  つまり、この一文は三か月以内に書かれたわけで、土の状態も考えると、この紙は二週間以内に埋められた可能性が高い。  となると、先ほど捨てた可能性__部外者が、フォンティーヌ家の庭を訪れた誰かに、何かを伝えたかったという可能性が再び浮上してくる。  もし、その説があっていたとしたら。  私の頭が急回転して、今まで推理したことを思い出す。  そもそもフォンティーヌ家の人が連絡手段にこんな遠回りなことをしないわけで、となるとこの紙を埋めれそうなのは部外者ぐらいなわけだが、フォンティーヌ家に入ることができる人はなかなかいないし、私が知っている限りで最近フォンティーヌ家に入った部外者は__。  脳の中に、一つの結論が浮かんだ。  最も浮かんでほしくなくて、最もあり得そうな結論。  「いや、まさかね__。」  ぶるぶると首を振る。  そんなはずはない。  頭の中にこびりついて、離れないその考えを必死に打ち消した。  どくん、どくん、と心臓の音を意識して視界が灰色になる。  もし、その結論があっていたとしたら__思い浮かんだ答えに血の気が引いた。  __いろんなことに、説明がつく。  両手を地面につけ、冷たく、やわらかい庭の土を握りしめる。  一回、二回、三回。四回、五回、六回。  何回も深呼吸をしてようやく視界が明るくなったころ。  遠くから、ロカさんの声と、足音がした。  やがてそれが、次第に大きくなって、こちらに向かってくる。  「…ちゃん!ハスミちゃん!」  ロカさんが、こちらに向かってきているのだ。  その事実に気が付いたとき、私は手元の紙を光速でもとにあった穴に戻し、土をかぶせた。  特に、理由はない。  強いて言えば__今、ロカさんにその紙を見せたらまずいと直感が告げていたからだ。  ロカさんははたはたと私のいるところまで来た後、息を弾ませながら立ち止まった。  「ロカさん…どうしたの?」  紙を隠しているところを見られてしまったという恐怖感、紙の存在を仮の家主である彼女に黙って隠ぺいしてしまったという罪悪感、そもそもなんであの時の私は紙を隠すことにしたのだろうという疑問でぐるぐるになりながら、ロカさんにそれを悟られないようにと、顔を必死に取り繕った。  「あ、ハスミちゃん、ハスミちゃんと私に依頼があって、アメリア先生からなんだけれど……。」  「…依頼?」  首を傾げた。  もう学園の木材は片づけたはずだし、先生たちに頼まれたものも全部片づけたはず。何も頼むことはないはずだ。  「えっと、復興作業の分含めてお金を支払うからって…。内容は詳しく聞かされなかったわ……。」  ロカさんはフリフリと首を振った。  なにか、公にはできない頼み事でもするのだろうか。  「もし、受ける意思があるのなら、今夜、七時ごろにミュトリス学園に来てほしいって。……私はあいているけれど、ハスミちゃんはどうかしら?」  「えっと…。私も、あいているよ。」  その時、ふと、ロカさんの視線が私の手に向かっていることに気が付き、冷や汗が出た。  「それより、ハスミちゃん。手が少し土で汚れているけれど、大丈夫かしら?」  「え、あ、ああ。ちょっと、転んじゃったのかも…あ、あはは…。」  苦笑いをすると、心配そうにロカさんは眉を顰める。  「治療してあげましょうか?」  ロカさんが、両手をかざすと、そこに黄色の光が集まった。  __たしか、ロカさんが使える魔法の一つ、超復耀(リクォゼラティオ・フリゴーレ)で、瀕死の重傷も回復できる優れた魔法なんだっけ。フォンティーヌ家の直系の子孫で才能がないと使えないという噂もある、とても有名な魔法。  実際に治療されたことがないのでされてみたい気もするが、今の私はけがをしていないので、苦笑した。  「大丈夫。傷はなかったから。」  「そう、よかったわ。」  こころからほっとしたように息をつき、胸に手を当てたロカさん。  彼女にうそをついてしまって、いいのかと。胸のあたりが重くなった。  そして、何気なく土で汚れた両手を、体の後ろに回して、ロカさんからは見えないようにした。  嘘をつくのは、いけないことだと分かっていた。  しかし、嘘をつくような奴だと知られてしまって、失望される恐怖のほうが勝ってしまった。
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