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第四・五話 少女たちの伝説講義
それはまだ、レオ先輩が私たちの調査を手伝っていなくて、アデリ先輩が箒を見つける前の話。
私たちがいつものように、校舎の残骸を片付けていた時だった。
猛暑の中、アデリ先輩がふと、こんなことを言い出した。
「ねえ、さっき歴史的に色々参考になるって言っていたけれど、それ、どういう意味?」
照りつけるような日差しの中。
ロカさんの魔法がなければ、今すぐにでも溶けてしまいそうだと思いながら。
私は手に持っていた木材のかけらをよいしょと、抱えなおす。
あんなに大きかった校舎だって、あの爆発でこれほどまでにちいさく、小分けになってしまうとは。
あの爆発は恐ろしいものだったと、クラスの中で死人が出なくてよかったと、改めて実感した。
「えっと、それは、さっき説明した通りで__。」
「そうじゃなくてさ。」
アデリ先輩は青みがかかったうすい灰色の瞳で私のほうをじっと見つめてきた。
「築百年以上の建物なら、他にもこの国にもっと保存状態がいいものがたっくさんあるはずでしょ?それこそ、上級魔法で守られたものが。」
それはそうだ。
王都の王宮や王立図書館なんかは何人もの上級魔術師が毎年結界を張りなおしていると聞いている。
「それなのに、なんでわざわざ学校の残骸なんか、保存するのかなって。」
言いたいことは分かった。
全国的に見てまったく知名度がない、この学校。客観的どころか、私が主観的に見ても保存する価値があるかどうかあやしい。
__あの逸話すらなければ。
「ああ、それは__。」
「ずっと昔、神の使いがこの地に降り立ったっていう、伝説があるからです。」
私の言葉に、ロカさんが重ねた。
思わず彼女のほうを見る。
「ロカさん……。その伝説、知っているの?」
ロカさんも目を見開いた。
「ハスミちゃんも…?」
「あ、私は昔、図書館で読んだ本で…。」
昔__お手伝いやを始めて、スラムを出たころから、本を読むことは好きだった。
本を読むと、新しい知識が私の中に蓄積されていく。
その感覚が楽しくて、お手伝い屋があいているときは国立図書館に入り浸って様々な本を片っ端から読んで、その内容を覚えた。
その知識を役立てるつもりはなかったけれど、まさかこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
「私は、昔フォンティーヌ家の慣わしだって、お父様から習ったわ…。」
なるほど……。
ロカさんの出生家、フォンティーヌ家は代々この地に続いている名家で、ロカさんも将来は跡継ぎだ。
だから、この土地のことには詳しくなっておいたほうがいいということだろう。
私がうなずいているとねえ、と後ろから不満げな声が聞こえた。
「ふたりとも、それ、どういうこと?」
私一人だけ仲間外れなんですけれどー!、と頬を膨らませるアデリ先輩。
私たちはお互いに視線をよこして、うなずいた。
「じつは……この地には、ある伝説があるんです。」
「……もしかしたら、この国の秘密が隠されているかもしれないという。」
昔、図書館で見かけた古い本に書かれてあった、ある話。
百年以上前から伝わる、その伝説は。
「でん、せつ……?」
「今からそれを、話していきます。」
私たちが交互に話したのは、おおよそこんな内容だった。
昔々。
この国に人が全く住んでいなくて、まだ、この学園ができる前の場所__森が長い草とたくさんの木々でおおわれていて、魔法生物があまり住み着いていなかったころ。
そんなころのお話です。
そのころ、この島は森の上の空はずっと雲に覆われていて、森に日が差したことは片手で数えるほど少なかったそうです。
だから森はいつもじめじめしていて真っ暗で、とても感じが悪いところでした。
しかし、ある日天から一人の光り輝く天使が舞い降りてきて、その光で、森を覆っていた雲を消し去ってくれたそうです。
その天使はそれまで全く日が当たっていなかった森の様子をかわいそうに思い、自らの光で森を照らし、美しい場所へと変えました。
すると、天使の放った美しい光に魅了され、さっきまで森の草だったものが、次々と魔法生物へと姿を変えました。
さらに、天使は懐から光り輝く宝石を取り出し、地面に置きます。
すると、先ほどまではただ鬱々しかった森が、宝石からでる何色もの魔力の光によって、照らされはじめたではありませんか。
そして、天使は自らが生み出した魔法生物が自由自在に魔力たっぷりの森を駆け回る様子を満足げに見つめたあと、北のほうに体を向け、まっすぐに歩いていきました。
天使の足跡からは魔力があふれだして、空に上がっていきました。
そうして、この島には魔力があふれるようになりました。
北のほうにはいずれ王都となる場所があり、その天使は王族の始祖だといわれています。
「その天使が授けた魔力のおかげで、この国は今でも世界で唯一魔法を使うことができるといわれているんです。」
と、私はパンと手を打った。
「そして、今もこの国の魔力の源は、その天使が地面に置いた宝石だとか。」
ロカさんも続ける。
「へぇ~。私の住んでいる町にそんなことがあったんだ!意外だな~。」
木材の山の上でパタパタと足を動かすアデリ先輩。
……地面に落ちてしまいそう、と不安になるのは私だけだろうか。
話し込んでいるうちに、復旧作業の休憩も交えて、ということで私たちは木陰に移動していた。
「でも、そんな大事なことなら、教科書に載っていそうな気がするけれど……そんなの、聞き覚えないよ、私。」
「えっと、昔は載っていたみたいですけれど……最近……三年ぐらい前から、載らなくなったって図書館の掲示板に書いてあったような……。」
私立・リュミトス学園の地理の教科書は、実は二つある。
一つは、国全体の地理を学ぶための教科書。こっちは市でも買える手軽なもの。
もう一つは、この町のことを学ぶための教科書。こっちは、ミュリトス学園が作ったものだ。
この国の、歴史ある私立の学校の地理の教科書は大体二冊と決まっている。自分の住んだ町を知り、守ることは、古い歴史を持つ学校なら必ず教えている。
アデリ先輩が指したのは、後者のほうだ。
「じゃあ、なんで、大切な伝承でしょ?!」
「んっと……確か他の国との外交がどうこう……だっけ?」
なんでだろう、うまく思い出せない。
この国が、他の国との外交で何かをやらかした、ということだけは覚えている。
ただ、その、内容が。
いつもなら、すぐに言葉が出てくるはずなのに。なんていうか、こう、脳になにかがつっかかっているような……。目の前が霧に包まれているようで。
首をひねりながら、ロカさんのほうを見た。
「ロカさん、なんでだったか、わかる?」
「いいえ。……そういえば、なんでその逸話が教科書から消えたのか、教わっていないわ。お父様が、ある日、その伝説は教科書から消えたっておっしゃって…それきりよ。」
ロカさんも首を振った。
そういえば、そんな大事な伝説をいきなり教科書から消しちゃって、地域の人は文句を言わなかったのだろうか。
昔からの考えを貫いていらっしゃるご老人方なら学園に石の一つや二つ、投げていそうだけれど……。
「同じような逸話なら各地に残っているから、いつの間にか風化しちゃったのかも……なんちゃって。」
苦笑交じりにつぶやく。
「あれ?そういえば、その天使が地面に置いたっていう、宝石ってどこにあるの?たしか、言い伝えでは学園の土地だって__」
アデリ先輩がぱたりと体を起こした。
「そのままですよ、シロノワール先輩。私たちが片付けている木材の下にあるそうです。」
伝説によれば、とロカさんが付け足す。
「あー、なるほど……」
ふむふむと、目を細める。
__が、二秒後。
「って、えええっ?!!!」
閃光のようなスピードで飛び上がった。
「え、ちょっとまって!え?え、なにそれ、超々すごいことじゃん!」
積みあがった木材の山を二度見する先輩。
私もロカさんのほうを向いた。
「ていうか、そんなことが言い伝えられていたの、ロカさん。私図書館の本で読まなかったけれど……。」
図書館の本には、そんなこと一ミリも書かれていなかった。
「ええ、一応お父様が伝えてくださったけれど……。どうやら、町の一部の人しか知らないようね。」
「……。なるほど。」
確かにそれはそうかもしれない。
そんな重大なことを誰でも知っていたら、町にその宝石を狙いに悪者が来るかもしれないし。
「……まあ、その言い伝えさえ本当のものかどうか怪しいわ。」
ロカさんはこほん、と咳をした。
それに、伝説自体がそもそも嘘だから、一部の人しか知らないのかもしれない。
それだったらうそを重ねるのは勘違いしてしまう人がいるかもしれないし……
「で、シロノワール先輩、最初の質問なんですけれど、この学校に使われている木材は天使が森に舞い降りた時にあった木を使っている……という伝説があるようで……。」
私も今思い出したのですけれど、とロカさんが付け加える。
「だからそれで木材を残しておいてほしかったんじゃないかって…。」
「へー。なるほど。」
目を輝かせるアデリ先輩。
ところでふと思ったのだけれど、伝説がうそならば、木材を残す作業は必要ないわけで……。
あれ…?
ロカさんとアデリ先輩のほうを見ると、二人はさっきと同じように木材を片付けていて。
私の考えすぎだったみたいだ。
そもそも、伝説がうそにしても校舎にはけっこう価値があるみたいだし。
私も作業に戻ることにしよう。
一歩、踏み出した。
「__と、いうことがあって、この木材は燃やしてはいけないそうなんで……。」
レオ先輩は腕を組んで神妙な表情でうなずいていた。
時は数日後。
レオ先輩という協力者を得て、私たちは再び復興作業に取り掛かろうとしていた。
今はレオ先輩に復興作業にあたっての注意事項を伝え終えたばかりだ。
「なるほど、そんなことがあったんだな。」
「レオ先輩もご存じなかったんですね、噂。」
「ああ。」
色々あって噂を知っている私たちが異常なだけで、中等部のほとんどの在校生はこの噂を知らないはずだ。
「元々三年生で習うものだったし、目立つ分野ではなかったようね。だから下級生はあまり知ることがないんじゃないかしら。」
「ま、とりあえず木材を全部どかせばいいんだな?単純作業と肉体労働は元々俺の得意分野なんだ!任せておけっ!」
「うん!私たちの力で片付けちゃえ!」
あっという間に木材に向かっていく二人の先輩。
その後ろ姿が太陽に照らされて、まぶしくて。
「あの……。レオ先輩、まだ話最後まで終わっていないんですけれど……。」
ぐったりと二人の後ろ姿に手を伸ばすと、ロカさんが、ハスミちゃん、と話しかけた。
「私たちもいきましょうか。」
私はゆっくりとうなずく。
ある、昼下がりのことだった。
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