星にいる

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星にいる

 あたしのお兄ちゃん。  絵本を読んでくれた、声のあたたかさを覚えてる。  会いたくなったら、その日の夜を待つ。  一番大きく見える星が、お兄ちゃん。  あたしは、短い腕を窓から伸ばす。  あたしのお兄ちゃん。  雲がいっぱいな日には会えない。  月が明るすぎる日には会えない。  あたしは、画用紙を黒く塗って、真ん中に折り紙の銀色で作ったお兄ちゃんを貼った。  これで、いつでも会えるね。  あたしのお兄ちゃん。  瞬いてる、チカチカと、何か知らせてる。  なあに?  あたしに、わかる?  もしかして、今日のお兄ちゃんは飛行機だった?  でも、同じ場所で輝いてる。  飛んでいかないから、あれはお兄ちゃん。  お母さんの、悲鳴が聞こえた。  あたしのお兄ちゃん。  お歌を歌ってくれた、閉じた瞼を縁取る長い睫毛。  会いたくてたまらない、今日の夜はあたし。  一番大きく見える星が、近いよ、お兄ちゃん。  あたしは、短い腕を窓から伸ばした。  上半身が傾いて、足の裏が絨毯を離れた。  水色のカーテンが夜風になびいて、あたしの最後を隠してくれた。  大丈夫、お母さん。  あたし、お兄ちゃんが差し伸べた腕の中に転がり落ちたの。  優しくて、ヤンチャで、勉強嫌い。  お母さんをいつも、困らせていたお兄ちゃん。  あたしの面倒を見るのを、時々嫌がった。  そんな、幸せで普通な、どこにでもいるお兄ちゃん。  自分勝手なお兄ちゃん。  寂しくなったんだね。  だから、あたしのことを引っ張ったの。  「ダメ!!」  カーテンがビリビリと裂ける。  お母さんが、パジャマがわりの浴衣姿のあたしを水色ごと抱きかかえて、窓の下にしゃがみ込んでいた。  泣きもせず、その頬にまんまるな指で触れる。  つめたく、冷えていた。  「お兄ちゃんなんていないのよ、…雅子」  あたしのお兄ちゃん。  鬼ちゃん。  仲良しの、男の子。  「騙されないで、」  あたしが成長して、側で会えなくなって。  だから、夜空にいるから、と別れの言葉を告げた。  あたしは、明日で七歳。  本当は、男の子。  長く伸ばした髪を、切りに行ってきます。  さようなら、あたしの鬼ちゃん。  女の子の僕に恋した、変わり者の鬼ちゃん。  もう二度と会えないね。  忘れない、とは言えないの。  あたしはきっと、あなたの記憶を失くすでしょう。  だいすきだったよ。  騙されて、いたかった。  もう、じゃなくなる僕には。  お兄ちゃんは、現れない。  会いに来ない。  星にいる。  ずっと。  僕のおにちゃん。  
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