逆読み真澄さんのこだわり恋愛観

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★  一年生の時、真澄さんの席は僕の隣だった。  うっかりして英語の教科書を忘れた日、真澄さんは助け舟を出してくれた。  席を僕の方に寄せてくっつけ、教科書を間に挟んで見せてくれたのだ。「成績いいのに忘れ物することもあるんだね」と、いたずらっぽい笑みを添えて。  突然、真澄さんとの距離が近づき胸がドギマギする。彼女の黒板を見つめる横顔は凛としていて、瞳はビー玉のように透けて見えた。  真澄さんにとってはただの親切心だというのに、僕の心臓は主人の制御を無視して勝手に走り始める。抑えたくてもブレーキのかけ方が分からない。先生の授業の声が、どこか遠くに消えてしまった。  ひとりであたふたしていると、真澄さんが教科書の隅にシャーペンで何かを書き込んだ。 『英語苦手なんだけど、得意になるコツってあるの?』  僕に問いかけるメッセージだった。彼女の教科書の隅に返事を記す。   『普段の会話を英語に翻訳する。そうすると自然に英語での会話ができるようになるよ』  すると真澄さんは静かにペンを走らせる。まるで秘密を共有しているみたいでこそばゆい。 『実践的だね。でも君、普段そんなに喋らないでしょ』 『口に出す言葉だけが言葉じゃないよ。秘めている言葉だってたくさんある』 『そっか、無口に見えていろんなことを考えてるんだね、私も見習います』  文末が丁寧語だったので、そんな謙虚な彼女を僕は励ましたくなった。けれど目立たないクラスメイトの分際で偉そうなことを言うのも気が引ける。だから教科書の隅に丸を書き、その中に顔を描いた。  即席のコミカルなキャラクターに、吹き出しで『頑張って』と彼女を励まさせた。  へんてこなイラストを見た真澄さんは真っ赤な顔で笑うのを我慢していた。その表情に、僕は急に恥ずかしさを覚えた。  すぐさま消しゴムを取り出してそれを消そうとする。けれど彼女は指先で防御した。左右から消しゴムをしのばせようとするが、鉄壁の防御は打ち破れなかった。  無言の押し問答が繰り広げられる中、鐘の音で戦いの幕が下りた。結局逃げ切られ、その絵は彼女の所有物として残されてしまった。  どうか誰にも見られることなく資源ごみになりますように。    それが真澄さんと僕の、唯一の接点だった。以来、時々彼女に話しかけられたけど、彼女が相手だと口が二枚貝のように塞がって会話が続かなかった。
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