四人のリビング

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四人のリビング

リビングには家族四人、私と夫と大学生と中学生の息子ががくつろいでいる。十年ほど前まではリビングの主役だった大画面のテレビが、誰にも電源を入れてもらえずに真っ黒な長方形で佇んでいる。 夫はソファにだらしなく沈み込んでスマホの画面を凝視している。何を見ているのかは知らないし、知ろうとも思わないけれど、結構時事ネタや芸能ネタを知っているのでダラダラとその辺りの情報を仕入れているのだろう。職場で女子の雑談に参加したい下心が見え見えと思ってしまうのはちょっと意地悪かな。 大学生の長男は寝転がってイヤホンを耳に刺している。最近は彼女推しのミュージシャンをスマホでずっと聴いていて、時折入る彼女からのLINEをニヤニヤしながら見ているけど、気持ち悪く思わないのは息子だからか。これが夫だと寒気以外の何も感じないだろうなと思うけど、これもやっぱり意地悪かな。 中学生の次男はやっぱりイヤホンを耳に。スマホを両手で横持ちしているのでゲームかな。その集中力の100分の1でも勉強に使えたらなと思うけど、そうはいかない魅力がスマホゲームにあることを私も充分知っている。これが夫だと大声で騒ぎながらゲームをするので殺意しか思いつかない。これは本音だ。 私はといえば、やっぱりスマホを見ているけど、何を見ているかは内緒。見てるだけでウットリする画像が無尽蔵にあるから、私のささやかな癒し。誰にも文句は言わせないし、誰にも足を踏み入れて欲しくない領域があるのは嬉しい。 少し目が疲れたのでスマホを閉じて目を瞑る。 静かだな。 なんの音もない。 四人の吐息も聞こえない。 リビングと言えば何かしらの生活音がしそうなのに、みんな動かしているのは指先だけなので静けさが極まっている。 もしかしたらリビングに私ひとりしかいないのではと薄目を開けると、確かに長男と次男がいる。夫の姿が視界に入らないようなポジションを無意識に取っている私を褒めたいが、夫はきっとそこにいるに決まっている。 静か過ぎてちょっと怖くなってコホンと咳をしてみた。 不意な音に二人の息子は同時に頭が1センチ動いたけどすぐに元に戻って現状維持。 「えっ?風邪?」 しまった。こいつがいたんだ。 無視するとしつこく聞いてくるので何か短い言葉を探す。早く答えないと次の言葉がやって来て私の機嫌はさらに悪くなってしまう。 「違う」 良かった。間に合った。 短くて、相手の次の言葉を誘発しない完璧な返事。誰も見ていないだろうけど私はにんまりした笑顔のはずだ。 そして四人のリビングはまた静かになった。
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