第九話

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第九話

 部屋の広さといざというときのための祓串、札、神具などの道具が揃っているリンエンの家で再度ビデオ検証が行われることとなった。 「ねえ、ノリ子ちゃん……連れてきて大丈夫だったの?」 「ノリ子をひとりにする方が今は危ない気がするんだ」 「カスミ、今回は私がいるわ。だから、安心してほしい」 「む……リンエンがそういうなら……」 「それにしても、その、すごい光景ですね」  カムイは白衣に緋袴(ひのはかま)という巫女装束に身を包んでいた。  そしてリンエンも装束に着替えていた。  リンエンの衣装はカムイよりも複雑なモノとなっていた。  それは『白拍子(しらびょうし)』と呼ばれるモノである。  頭には立て烏帽子(たてえぼし)蝙蝠(かわほり)と呼ばれる扇、長袴(ながばかま)、左腰には白鞘巻の刀を帯刀していた。  その姿は美しい男性のように見え、ノリ子は思わず頬を赤らめた。 「あのふたりが揃って装束を着るって、よっぽどだね……。アタシも初めて見たよ」  自分が出会ってしまった事件に周りを巻き込んでしまったことにノリ子は罪悪感を胸に秘めていた。  それを知ってか知らずかカムイはノリ子の肩に手を置き、言った。 「大丈夫だ。ボクたちはノリ子の味方だ」 「それにもう、ここまで来たらノリ子さんだけの問題ではないからね」 「アタシたちみんなが当事者よ」 「みなさん……」  カムイは額に白いハチマキを巻き、気合を入れ、祓串を手元に置いた。  リンエンも刀に手を置いている状態でまさに戦闘態勢と言えよう。 「ビデオをこれから流すよ。ふたりともお願いね……」 「ああ」 「まかせろ」  映像が始まった。 「これは……」  リンエンは驚きを隠せなかった。 「ここまでのはリンエンも見たことは無いか?」 「いや、映像というより、この少女から感じられる思いの強さに圧倒されている」 「やっぱりそうか……」 「カムイ! リンエン!」  カスミの声にふたりは振り向いた。  そこには前回と同じように俯き歌を歌うノリ子がいた。 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い……」 「これが例の歌……」 「リンエン、前に妖怪『似津真天(いつまで)』の話をしたわね?」 「似津真天(いつまで)って放置され続ける遺体の上を飛び回って「いつまで、いつまで」って鳴く……大きな鳥だよね……まさか……!?」  カスミは『いつまで』を知っているためにすぐにリンエンの言おうとしたことに気が付いた。 「ノリ子は以前「いつまでも」という声を聞いている。つまり、小春の亡骸がどこかにあるんだ。そして、子どもの頃に覚えた歌で伝えようとしている……自分の死を……」  カスミは吐き気を覚え、口を押さえた。 「カスミ、無理をしないでね。ここは私とカムイを信じて」 「ご、ごめん……」  口元を押さえながら、カスミはその場から席を外した。 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い……」 「聴けば聴くほど怖い歌だな」 「この歌を歌い続けている小春の上に似津真天(いつまで)が飛び続けているのはあまりにも可哀想だ」 「ノリ子さんの記憶を引き出し、万が一にも怨霊が出てきてしまったら、私が斬る……段取りで良いんだな」 「間違ってもノリ子を斬るなよ」 「するわけないだろ」  カムイは数珠を右手で持ち、ノリ子の背に当て、ゆっくりと撫でた。 「黄ぶなや…… 黄ぶ……な 祟り鎮め……よ 長……患いの 良い子はおんもで遊びた……い ……は……で治せ 良い……が……に 黄ぶな……楽にな……る」  針が外れかけたレコードのように歌が途切れていく。 「キミのお友達は誰かな?」  子どもに話しかけるように言葉づかいも声音も柔らかくしてカムイはノリ子に聞いていく。 「……お友達……小春ちゃん……」 「小春ちゃんと何して遊んでいたのかな?」 「……『当てっこ』」  カムイとリンエンは聞きなれない言葉に顔を見合わせた。 「それはどんな遊びなのかな?」 「……隠したモノを当てるの……」 「宝探しだね?」 「……違う。当てっこ」 「もっと詳しく教えてくれるかな?」 「……見ないでトランプの模様とか当てるの……いつも小春ちゃんが勝っちゃうの……」  カムイの質問が止まった。  普通に考えれば神経衰弱などを想像するだろう。  だが、カムイとリンエンはその遊びに似たモノに心当たりがあった。 「ノリ子ちゃんは勝てないの?」 「……私もトランプの模様はわかるよ。でも、小春ちゃんは数字も当てちゃうの……」 「その当てっこは、トランプだけでやるのかな?」 「……筒……」 「筒?」 「……お医者さんで筒の……中に……入った……紙を……当て……」 ノリ子の目から涙が流れていき、声も詰まってきた。 「カムイ……これ以上は……!」 「いやだー! もうお医者さんに行きたくないー!」  突然、ノリ子は叫び出し、背中を反らせ、髪を振り乱した。 「お医者さん、嫌だ! 嫌! 嫌! 嫌ぁあああああああ!」  リンエンはノリ子を押さえ、カムイが祓いやすいように背中を向けさせた。 「カムイ! 早くしろ! ノリ子さんの精神が保てなくなるぞ!」  用意していた札をノリ子の背中に当て、その上から数珠を持った手で押さえつけた。 「ナウマク サンマンダアバア サラダン センダン ソワタヤ ウンタラタ カンマン」  この祝詞(のりと)をカムイはノリ子が大人しくなるまで繰り返した。  大人の身体で幼児のような暴れ方を押さえつけるのは容易ではなかった。  リンエンの顔と腕に引っ掻き傷が出来、カムイの腕には噛まれた後がついた。  大人しくなったノリ子は猫のように丸くなり、眠りについた。  客人専用の部屋で寝かしつけ、リンエンの弟子たちに見張りを任せた。  カスミを呼び戻し、先程起きたことを説明した。 「まあ、大変だったのはわかるよ。アタシがいた部屋までノリ子ちゃんの叫び声が聴こえてたし」 「処置は早い方だったはずだが、それでもノリ子に負担をかけたな……」  霊媒で体力を消耗したカムイは座布団を枕にし、横たわっていた。 「しかし、かなりの情報を聞き出すことが出来た……」 「想像してたより、やばい……かもな」 「まあ、後で録音したの聞かせてもらうけど。ふたりが言うんじゃ、本当にとんでもないことが出てきたっぽいね」  リンエンは茶をすすり、カムイは両手で顔を覆った。 「ノリ子と小春がやっていた遊び……あれは宝探しでも神経衰弱でもなかったんだ……」 「ああ。あれは……」 「『千里眼』だ……」
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