第十話

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第十話

『千里眼』 写真と、科学技術、心霊を結ぶ研究が明治末期に行われていた時期があった。 元、東京帝国大学教授、心理学者の『福来友吉』博士が行った『透視』『念写』実験である。 通常では見えないモノを見通す透視、念ずることで写真に感光させ、映像を現す『念写』を研究していたのだ。 注目すべき点は、画像の根源である『光線』が入らない。 密閉された暗闇で文字や図形を感光させたということだ。 写真の原理では光線によって、薬品に化学変化を起こさせ、光線の創り出す『陰影』つまり『映像』を紙に定着させるこである。 例え、どんなにわずかでも『光』がなければ物理の法則により『感光現象』は起こることはできないのだ。 光あるところに影がある。 而して、光なきところに陰は生まれず……。 念写を行った超能力者の能力の真偽を討論する以前に、この反物理的ともいうべき怪現象こそ、本来、論じられるべきだったのかもしれない。 「つまり、ノリ子ちゃんと小春ちゃんは千里眼を持っていて、それがすごい能力だと気が付かずに遊んでいたら、どこかのお偉い人の耳に入り、大学病院で千里眼実験を行わせていた……と」 「ノリ子の発言を繋ぎ合わせるとそうなるだろうな」 「ここに来て千里眼能力とは驚いたわね……」 「巫女と祈祷師だって世間一般じゃ充分すごいけどね」 「巫女と祈祷師は結構いるわよ。でも、千里眼は……」  カムイとリンエンはため息をついた。 「ノリ子ちゃんも千里眼だったわけだよね?」 「そうだ。でも、どういうわけか……いや、自分で封印したんだな……」 「あの怖がり方は子どもが注射を怖がるのとはわけが違ったわ。それほど、怖かったってことね……」 「ああ。でも、気持ちはわかるよ。ボクも巫女の修行なんて嫌だったし……」 「カムイ、ノリ子さんが受けてきたことは私たちとは一緒には出来ない。彼女は実験材料にされた。知らない場所で知らない大人たちの手により……」  三人の間に重い空気が流れた。  どういった実験を施されたのか想像をするのもゾッとする。 「でも、その小春ちゃんやノリ子ちゃんが千里眼を持っていたかもしれないからって今回の騒動と関係ってあるのかな?」 「小春が千里眼を持っていたとすると、この事件は根本からひっくり返るってことだよ」 「小春……菊花小春(きくはなこはる)は生きている……」 「な、なんでそうなるの!? なんでアンタらが幽霊と生きている人の区別ついてないのよ!」 「小春は別人の魂をボクらに見せていたんだ。同じ年頃の女の子のね……」 「じゃあ、顔がなかったのは……」 「私たちを騙すためだった……。こんな単純な罠に引っかかるなんて……ね……」 どこに隠していたのかリンエンは短刀を出し、首筋に当てた。 「ちょっとリンエン! 何してんのよ!」 「霊を見誤るなど、東リンエン、一生の不覚! これは(あずま)家に泥を塗ったようなもの!」  首筋に当てた短刀からわずかに血が流れてきた。 「リンエン、やめろ。そんなことしたら余計に恥だ。お前はこの事件から逃げるのか?」  鋭い眼光のカムイの瞳がリンエンを睨みつけた。 「逃げる……? それこそ、(あずま)家の汚点になってしまうわ……」  冷静になったのかリンエンは首筋から短刀を離した。  血が流れている箇所にカスミは慌てて、タオルを当てた。 「アンタはどうして、いつもいつも死に急ぐのよ! 死んで詫びるとか、ただの迷惑だし、祈祷師の癖に命を粗末にしようとすんなよ!」  カスミは泣きながらリンエンの止血をした。 「カスミ……」 「リンエンの気持ちはわかるよ。ボクもさすがに今回は(こた)えた……そう、まるで……」  一度ビデオカメラを睨みつけてからカムイは言った。 「まるで子どもにからかわれているみたいだ」 「千里眼……ですか?」  客間の布団で眠っていたノリ子が目を覚ましたとリンエンの弟子たちから報告が入り、カムイたちは客間に入るなり、ノリ子に聞いた。 「遠くのモノが見えたり、見えないはずのモノを当てたりする……やつですよね?」 「そうなんだけど……ノリ子ちゃんの子ども時代にそういう話というか……心当たり無いかな……?」  起きたばかりのノリ子を刺激しないようにカスミは言葉を選んだが、カムイがその努力を破壊した。 「ノリ子は千里眼なのか?」 「ちょっとカムイ!?」 「遠回しに聞いていたら時間の無駄だ。ノリ子は千里眼なのか?」 「確信は持てないんですけど、たぶん、そうだったんだと思います」 「なんで過去形なんだ?」 「まだ、記憶に(きり)がかっている感じなんですが、子どもの頃に千里眼という言葉をよく耳にしていましたから……」 「今はノリ子さんに千里眼能力はないんですか?」 「無いですよ……リンエンさんやカムイさん……カスミさんみたいに何も感じることなんてありません」  リンエンとカスミは顔を見合わせた。  カムイだけが真っ直ぐ、ノリ子を見つめていた。 「小春にも千里眼があったのか?」 「……小春はいつも満点でしたね……」 「満点?」 「あの子、いつも当ててたんですよ」  会話を繋げようとしないでノリ子は話を続けた。 「小春はいつも満点で、私はいつも50点でお母さんに怒られてたな……。それで病院行くの嫌になっちゃったー。博士もお母さんも許してくれなかった……」 『博士』。突然出てきた第三者に一同は身構えた。 「博士は優しいんだけど、実験のときは違う人みたいになっちゃったの……お医者さん……嫌だな……行きたくないな……」  話しながらノリ子の目から涙が流れ出てきた。  先程と同じように記憶の暴走が起きないようにリンエンとカスミは身構えたが、カムイはノリ子の側に近寄り、ゆっくりと抱きしめた。 「もう、お医者さんに行かなくて良いんだよ」 「良いの?」 「良いの」 「あはは。でも……」 「でも?」 「小春ちゃんは……? まだ、お医者さんなのかな……?」  その言葉を最後にノリ子は再び、眠りについた。  眠りについたのを確認するとカスミは力が抜けリンエンにもたれかかった。 「……カスミ」  ノリ子を抱きかかえたままのカムイがカスミを呼んだ。 「なに?」 「オカルト研究部の意地でかつて行われてきた千里眼研究を調べてくれないか?」 「そのつもりだよ……」 「カスミ、(うち)で休んでいった方が良い。今回は一般人が関わるには重すぎた」 「はは。リンエンのお家にお泊りか……いつ以来だろ……。確かに、緊張し過ぎて疲れたけど、オカルト研としては良い経験だよ」  リンエンに寄りかかったまま、カスミも眠りについた。 「カムイ……カスミは今回の件から外した方が……」 「それはカスミが許さないだろうし、嫌がることだってリンエンが一番わかってるだろ?」 「わかってる……。だけど……」 「カスミの力は必要だし、今までだってカスミに助けられてきたじゃないか?」 「それは……」 「ボクとリンエンは霊媒師ではあるけど、知識に関してはカスミの方がモノによっては上だ。そして、調べ物の上手さもね」 「……わかった」  リンエンは返事をすると今後も事件に関わらせてしまうことに申しわけなさを感じ、それを謝るかのように眠っているカスミの頬を撫でた。
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