第十二話

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第十二話

 ノリ子は自分の部屋へ帰るとシャワーも浴びず、ベッドに横になった。 「はぁー……もう意味がわかんないよ……」  八つ当たりするかのように軽く枕を叩いた。 「千里眼について詳しく聞いたあとにネットの掲示板に小春が出てくるって……」  気を紛らわすためにノリ子はCDデッキに電源を入れた。  CDデッキから流れてきたのは宇多田ヒカルの「Automatic」だった。 「すごいよなー……私と一つしか違わないのに……」  現実から逃げるように聴き終えるたびにCDを入れ替えては頭の中を音楽のことでいっぱいにした。 だが、それは意味の抵抗であることをノリ子自身わかっていた。 「逃げられない……逃げるわけにはいかないんだよ……」  インターネットの世界にまで小春が侵入して来てしまっている。  そして、小春を見たら『死ぬ』という噂が出来つつある。  友達の幽霊を見たというところから始まった小さな心霊事件は大きいモノへと変化しつつあるのが、ノリ子の中で処理仕切れなくなっていた。 「どうして……どうして……こんなことになっちゃったの……」 ノリ子は顔を覆って泣きじゃくった。 『ノリ子ちゃんは泣き虫だなー』 『だって……』 『たかが……だよ?』 『怖くないの?』 『どうして怖いの?』 『…………』 『みんな喜んでくれる。楽しんでくれる……。これはね……なんだよ?』  小春のことが掲示板に書かれたせいなのか小春目撃例の書きこみがわずか三日で追いかけきれないほどに成長が進んでいた。 『教室で3人の女子グループ』が話ていたのを聞いていただけなんですが、なぜか、1人だけに見えていて、他の2人には見えていなかったらしいんです。そして、その見てしまった子だけが今日、死んでしまったそうです。死ぬ間際に彼女は小春と呟いたそうです』 『死を告げに来たのか?』 『いやいやどう見ても小春が死を持ってきたんじゃん』 『つまり小春たんは美少女死神?』 『逆に遭遇したいんだが』 「……こいつらなんて他人事なんだ……」  インターネット掲示板にあまり耐性の無いノリ子は小春に関する書きこみに怒りを隠せなかった。 「悔しいのはわかるけどネットの書きこみはこんなもんというかこれでもマシだから」 「ボクもインターネットは苦手だ」 「それにしてもカムイさんが大学にいるの不思議ですね」  オカルト研究部部室には珍しくカムイが来ていた。 「相変わらず糖分の匂いが酷い部室だな」 「いろんな人に言われるけど、ノリ子ちゃんはどう?」 「え、えーっと……他の部屋よりは甘い香りがありますね」  失礼に当たらないようにノリ子は極力を言葉を選んだ。 「嘘か本当かわからない……ってもう嘘が大半なんだけど、こういう目撃談が増えていくと、新たな『都市伝説』が生まれる可能性があるんだよねー」 「都市伝説ですか?」 「ネットで広まったネット都市伝説っていうのがあるんだよね」 「自分の友達が都市伝説にされるの……イヤですね……」 「都市伝説の厄介なところは、それが広まり過ぎて現実にまで影響を及ぼすことだ」  カスミのお菓子置き場を漁り、そこから煎餅を取り出すとバリバリと食べだした。 「現実にってもうすでに起きてるんじゃ……?」 「ネットに書かれているのはあくまで目撃で実際に亡くなった人がいるかわからないでしょ? アタシたちの近くの踏み切りでは無さそうだし」 「で、でも……」 「ノリ子は口裂け女って知っているか?」 「わあー懐かしい! 子どもの頃流行りましたね!」 「さすがに知っているな。カスミ、解説を頼む」 「うむ。これはアタシの専門分野だね」 『口裂け女』  顔の半分が隠れるほどの大きなマスクをした若い女が、出会った人に「私、綺麗?」と訊ねてくる。  そして、出会った人が「綺麗」と答えるとマスクを外し、「これでも?」と耳元まで裂けた口を見せてくるのだ。  さらに「綺麗ではない」と答えると殺されてしまうという。  この口裂け女は都市伝説の中でも上位に入るほど有名で、現実にまで影響を及ぼした。  1978年頃に噂が流れ、全国に広がったのは翌年の1979年だと言われている。  口裂け女は子どもたちに多大な恐怖を与え、全国的にパニック状態に陥り社会現象にまで発展した。  口裂け女の模倣犯まで現れ、警察が動き出す始末にまでなったという。  なお、口裂け女に遭遇したときの対処法があり、有名なモノでは「ポマード」と三回唱えることだ。  ポマードとは整髪料のことであり、口裂け女の手術を担当した医師がポマードをつけており、そのニオイがあまりにも臭く、思わず顔を背けたときにメスで顔が切れてしまったときのトラウマを持っているためという説があるためである。 「基本的な口裂け女の知識はこんなところかな」 「口裂け女って赤いコートにマスクに黒くて長い髪というくらいのことしか知りませんでした」 「有名な特徴だとそうだね。あとは鎌と包丁を持ってたりとかね。本当に今説明したのは基本というかメジャーなモノで派生とか全国の口裂け女の特徴を挙げたらキリがないし、ちょっとした本が出来るレベルだから、簡潔に説明したよ」 「つまり、都市伝説が現実に影響を及ぼすと本当に事件になってしまうと……」 「実際に小春の目撃者が死んだかどうかはわからないが、どうして死ぬ直後に小春って言ったのを知っているんだ? 誰が聞いたんだ?」 「えっと、そこにいた人?」 「書きこんだヤツはあくまで聞いたという感じだ。これは都市伝説のルールに当てはまる」 「都市伝説のルール?」 「都市伝説って自分の体験談じゃなくて友達から聞いたとかがほとんどなんだよ」 「あ、そういえばそうですね」 「書いたヤツにいたっては友達ですら無いっぽいしな」 「今のところは……ってもう、かなり進んでいるけど都市伝説『小春』はほぼ完成しつつあるんだ」 「いや、これはもう完成しているだろう。まだ、ネットの中だけどな」 「どうしてこんなことに……」 「小春はひとりが寂しいんだ」 「寂しい?」 「たくさんの人に注目されたい。自分の話をしてほしいという承認欲求が生み出しているのさ」 「ネットに広まったことは取り消すのはもう不可能に近いと思う。とにかく小春ちゃんを見つけ出して、止めた方がいいね。難しいかもしれないけど」 「ああ。なんせ相手は千里眼だからな」  (あずま)家が代々受け継いでいるという(あずま)道場はカムイたちのアパートから歩いて10分の所にあった。 「こんなに近くにあったとは……。やっぱり迫力というか、何か底知れぬモノを感じますね……」  東家と道場は離れたところに位置しているため、ノリ子が道場へ来るのは初めてだった。 「アタシは子どもの頃から見てるから慣れてるからわかんないけど、初めてだとそう感じるんだねー。カムイでさえも驚いていたし」  外見はただの道場で怪しいところは何ひとつ無かった。  ノリ子とカスミは旅行カバンを持ってリンエンの道場まで来ていた。  事前に連絡はしてあり、入るのにためらう必要は一切ないのだが、ノリ子にとって道場の敷居を跨ぐはものすごく勇気がいるものだった。 「緊張しなくても大丈夫だよ。リンエンの家と同じなんだから」  ノリ子の手を引きながらカスミはひょいひょいと道場に入っていく。 「え、あの、心の準備が……」  道場に入った瞬間、空気が変わったように感じた。  この世の邪気を隔絶しているかのような守られた世界。  そこに複数の人たちが円を描くように連なり道場の中央に空間を作っている。   中央で長い髪を後ろに縛り、細い目が特徴の女が祝詞をあげている。 多くの弟子たちを持つ、リンエンであった。 「来ましたね。カスミ、ノリ子さん」 「来たよー。ごめんね。今日は道場の日だったのに」 「いや、こちらこそ道場で悪いと思ってる。まあ、座ってちょうだい」  カスミとリンエンは普段通りに会話をしているがノリ子は落ち着かなかった。  自分たちの周りを何人もの人が取り囲み注目しているのだ。  弟子の1人が三人の前にお茶を出したが落ち着けるわけがない。 「ノリ子さん、心配しないで。彼ら彼女らは鍛えられた私の優秀な弟子たち。いざというときは助けてくれる」 「えーと、そういうわけでは……」  リンエンが弟子を持つほどの祈祷師であることは承知していたが、それが、1人、二人というわけではなかったのが予想外だったのだ。 「メールで聞いたけど、都市伝説になるまでに至るとはね……」 「今、カムイが『占い』で見ようとしていて部屋に(こも)っているんだ」 「カムイが占いをしているのでは、私は占うことができないね」 「どうしてですか?」 「占いは繰り返せば精度が落ちるもの。カムイの占いと私の占いが別の結果になってしまったら意味がない。大吉が出るまで何度もおみくじを引くようなもの」 「そっか……」 「リンエンには占いをしてもらおうと思って来たわけじゃないよ」 「え、違うんですか?」  連れて来られたノリ子も理由を聞いていなかったのだ。 「カムイの占いが終わるまで、リンエンにはアタシたちを守ってもらうから」  リンエンの弟子達が驚きを隠せずざわめいた。 「静かになさい!」  道場にリンエンの通る声が響くと、ざわめきはピタリと止んだ。 「それは予想がついていたこと。快く引き受けましょう。だけど、なぜカスミまで?」 「カムイが動けないって言ったでしょ。アタシだって、この件に関わっている以上危ないかもしれないし、アンタらと長く一緒にいたせいで半端に霊能力が身について結構困ってんのよ」 「なるほど。カムイが場所を特定するほどの占いをするとなると一週間はかかりそうね」 (……ん?) 「そうそう。その間だけ、東家に泊めて」 「全く……」 「あの……」 ノリ子はあることが気にかかった。 「カムイさん、占いで小春の場所を探すんですよね?」 「そうだよ」 「それって千里眼とは違うんですか?」  リンエンは静かに頷くと千里眼と占いの違いを説明した。 「占いはあくまで頭の中で浮かんで見えたイメージを伝えるんだ」 「千里眼は?」 「千里眼はビジュアルが見えるんだ。まるでその場で見ているかのようにね。そして見たものを伝えるんだ」 「わかったようなわからないような……」 「占いでは出来ないことに『念写』があるね」 「紙に文字を写すやつですね」 「私もカムイの霊能力は認めているけど、さすがに念写は出来ないわね」 「占いは認めているんですね」 「認めている。確かに千里眼を疑いたくなるほどに人の運勢、未来を当てる……だけど、ひとつ欠点がある」 「欠点?」 「それがいつ起きるできごとなのかまでは当てられない」 「そういえば、占いってそんな感じしますね」 「カムイは10年後、20年後を占ってたけど、あまりにも先だから答え合わせできるかわかんないのよ」 「10年……20年……て、それでどうやって小春を見つけるんですか!?」 「カムイは未来と過去を占い、そこから場所を特定するつもり」 「はぁ……」 「あーそういえば、前にカムイが言っていたんだけどね」 『全てを見通せていたらボクは財布を無くさないし、全ての厄災から地球を守ってるよ』 「あ、なんか言いそうですね」 「財布無くしてたのね……。最近、異様にお金を要求してくると思った」 「いっそのことリンエンの家で雇ったら?」 「カムイを雇ったら、東家の立場が無くなってしまうわ」  ノリ子は腑に落ちないながらもリンエンとカスミに信用されているカムイを信じようと決めた。  東家に泊まるのは二度目になるが、今回は完全に客人としての宿泊のためか旅館にでも来たかのようなもてなしを受けることになった。  東家の実家は左右を孟宗(もうそう)の竹林に挟まれた小径(こみち)を深く踏み入ったところにある。  大きな旧家……と言ってしまえばそれまでだが、突然に竹林が途切れて現れる瓦ぶきの 土塀(どべい)が五十メートルも続いた先に出現する重厚な長屋門(ながやもん)の存在感は普通の訪問者を必ずや圧倒する。  普段から開け放たれた両の門扉に打ち付けられた丸に菊水(まるにきくすい)の家紋は楠公(なんこう)武家にゆかりの大郷士(だいごうし)の屋敷と知れるが、これも、もちろん徳川時代のいにしえならぬ平成の現代には古刹(こさる)の山門か、そうでもなければ時代劇に登場する旗本屋敷に見えるだろう。  土地の者からは『竹藪小路の御大尽屋敷』と呼ばれているが、似たような造りの生家を持つカムイからすれば「ええとこオバケ屋敷だな。これは」……と言った趣で、これだけの財を得るために東家の一族がなしたであろう搾取と非道に泣かされた領民たちの嘆きが聴こえるようで、正直、あまり気分のよい門構えではなかった。 ――北関東の旧家には私のような新田公の血筋が東家のように楠公の血筋に連なる家が少 なくない。そのどちらもが土地の権現さまとして祀られる軍神英雄の末裔。  七百年の刻を経て未だに畏れも恐れも背負うこと然りかな……。  カムイの唇が(かす)かに笑った。 「旧家というのはたいへんだな。子どもの頃、よく幼稚園に遅刻したろ? 母屋から門外まで子どもの足でゆっくり歩くと軽く数分かかる。私の家もそうだったからな。東家の実家は山の中腹になかっただけマシだぜ」
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