第十三話

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第十三話

「小春の名字は菊花と書いて『キクハナ』と読むのね……」  客間にはすでに布団が二人分並んで綺麗に敷かれていた。  風呂上りで東家で用意された着物に身を包んだカスミは綺麗な布団に倒れ込み、気の抜けたように返事をした。 「そうだよ」  ノリ子は立ったまま、リンエンの言葉の意味を理解しようとしていた。 「……」  だが、ノリ子は考えてもわからなかった。 (リンエンさんはどうして急に、そんなことを気にするんだろ……) 「リンエンも気が付いた?」 「可能性があれば、小さな疑問でも明かしていく」  カスミはすでにリンエンの疑問の正体に気が付いていることにノリ子はいままで我慢していたことに耐え切れずに決壊した。 「うぅ……」  ノリ子が突然泣き出し、リンエンもカスミも戸惑った。 「どうしたのノリ子ちゃん!? お、お腹痛いの!?」 「いえ、自分のことなのに全然役に立てないし、知らないこといっぱいで申しわけなくって……」 「大丈夫だから! これアタシたちの仕事だから! リンエンとかカムイなんてむしろ霊能でしか役に立てないんだから!」 「カスミ……それは酷い……。まあ、仕事には違わないから、あとで報酬を……がぁッ!」  言葉を防ぐために横になっていたカスミは瞬時に立ち上がり、リンエンの足を思い切り踏みつけた。。 「バカなのアンタ! こんなときにお金の話なんてすんじゃないよ!」 「ぐッ……、じ、慈善事業ではないことくらい知っているでしょ……」  足を押さえるためにしゃがみ込み、リンエンはカスミを見上げる形になったが、カスミはリンエンの首を掴み、無理やり立たせ、殴りにかかる態勢へと持っていていた。 「あの、お金は払いますので……そのケンカしないでください……あと、リンエンさんが気が付いたことを話してください」  殴り合いのケンカに発展しそうだったのをノリ子はなんとか食い止めた。  落ち着くために茶菓子とお茶を、カスミは湯呑にコーラという千利休が見たらビックリするであろう組み合わせでとにかくその場を収め、本題へと行くことになった。  カスミは旅行カバンからスケッチブックと大きめの筆箱を取り出すと、そこから太めの黒いマジックを取り出した。  以前に『広有射怪鳥事(ひろありけちょうをいること)』を解説したリンエンと同じようにスケッチブックに見慣れない漢字の並びをカスミは書いていった。 「これで『菊理媛神(ククリヒメのカミ)』と読みます」  カスミは学校の先生にでもなったかのような言葉遣いになった。 「この菊理媛神(ククリヒメのカミ)という日本神話の女神の話に『キクカ』という花が出てくるんだ」  キクカと言いながら書かれた漢字は『菊花』だった。 「え、これって小春の名字と同じ漢字……?」 「普通はこれでキクカって書くんだ。キクハナとは実は読まない」 「……でも、そんな神話と結びつけるなんて」 「あくまで推測よ。ノリ子さん。それに、身近に巫女という存在もいるからこの神話が 関係ないともいえないわね」  カスミとリンエン、二人の専門家の話にノリ子は黙って聞くしかなかった。 「さてさて、菊理媛神(ククリヒメのカミ)の解説を続けるよ。ケンカしてた『イザナミ』と『イザナギ』を仲直りさせた女神様だね。『イザナミ』と『イザナギ』。国を産み、神々を産んだという『神々の両親』だ。その夫婦のケンカの仲裁をしたというのが菊理媛神(ククリヒメのカミ)であるとされ、その由来から『縁結びの神』とされる。様々な説があるけど、イザナミとイザナギとは切っても切れない関係であるのは間違いない。さらに、死者と生者を結んだことにより『巫女』の女神ではないかとも言われている。神名の『ククリ』は『括り』の意味でイザナミとイザナギの仲を取り持ったことにより付けられた神名であると考えられるってこと」  解説に疲れ、カスミはコーラで口を潤し、一息ついた。 「巫女の……女神……。お二人は最初から、小春の名字を知って、この神話が頭にあったんですか……」 「アタシは趣味で知っていたけどリンエンとカムイは専門家だからね……」 「でも、これが小春と関係があるなんて無理があるんじゃ……あ……」  ノリ子は以前のカムイとリンエンの会話を思い出した。 『まさか、小春が『巫女の霊』だとは思っていなかったんだ』 『小春は傀儡師が行う、音楽に合わせて人形を躍らせるということをやったんだ』 『操り人形は巫女が祓いの道具として用いたことに始まったと言われているんだ』 『ノリ子さんと離れてから、巫女になった可能性が充分にあるね』 「小春も巫女……?」  気付いたようだねという顔でリンエンはノリ子の肩にゆっくりと手を置いた。 「しかも千里眼を持ち、傀儡を操る巫女」 「別に戦うわけじゃないんだから、そんなに深刻になることないって」 「いや、これは戦いになるかもしれない」 「なんで?」 「菊花小春はノリ子さんを狙っている。それがどういう意味なのかはまだわからない。でも、それは良い意味では無さそうだ」   ネットでは小春はとうとう『小春ちゃん』という名前でネットの中で完全に都市伝説の仲間入りを果たした。 『小春ちゃん』  赤い着物を着ている。  年齢は5歳から7歳くらい。  手には小春ちゃんと同じ着物を着た日本人形を持ち、黄ぶなの歌いながら近づいてくる。 『いつまでも、いつまでも』と唱えるといなくなる。  ネットに書かれたルールは以上のものである。 「これ、途中までは合ってます。でも、半分は創作です」 「でも、アタシたちしか知らないはずの情報から構成されてる」 『黄ぶなってなんだ?』 『栃木の伝説』 『食べると病気が治るそうだ』 『栃木県だけど黄ぶなの歌知らないんだが』 「やっぱり、黄ぶなの歌を知ってる人いないね」 「それに、『いつまでも』って妖怪の名前だって、前にリンエンさんが教えてくれましたし、それで小春がいなくなるなんて」 ノリ子とカスミは伝承についてすぐに調べられるように図書館へと来ていた。  伝承に関してはカスミの部屋の本だけでは資料として不十分であり、カムイの部屋は現在、カムイが占いで集中しているため、入る事が出来ないためである。  栃木県に関する資料と日本神話関連の分厚い本をテーブルに置き、備え付けのパソコンでネットを見ていた。  ノリ子は何度も『黄ぶな』の項目を確認するが、伝説以上のことは書かれておらず、黄ぶなの歌に関する記載はなかった。 「ノリ子ちゃんがいた村って栃木県にあったの?」 「たぶん、そうだと思います。幼過ぎて、自分がどこに住んでいたか覚えていなくて……」 「それはしょうがないよ。誰も責めないって。アタシも幼稚園の友達とか覚えてないし」  話しながらマウスをスクロールしたとき、ある書き込みでカスミの手が止まった。 『キクハナ小春は神である』 「小春しか名前を言ってないのになんで『キクハナ』って名字知ってるんだ……!?」 図書館なので小声でしか言えなかったが驚きを隠せなかった。  カスミは息を飲んで、キーボードで文字を打ち込んだ。 『キクハナってなんだ? 小春に名字あんの?』 書きこむことで書きこみ主に近づいた。 『キクハナが小春たんの名字なん?』 『まじ? 名字も可愛いんだが(藁)』 『キクハナ小春は神である。闇を照らす神である』 『社会の闇を明るくしてくれる小春たん神ハァハァ』 『着物美少女女神とか設定盛り過ぎだろ』 「この書きこんだヤツ『菊理媛神(ククリヒメのカミ)』を知っていて書いてる? 掲示板のヤツらがすぐに読めるようにわざわざカタカナにして書いているなんて。なんなんだコイツ……いや、なんで名字知ってるんだよ……」 小春に関する謎は増えていくばかりで、カスミもノリ子も頭が痛くなった。 「はい。第一回……いや、たぶん、もう何回目かわかんないけど……菊花小春に関する情報をまとめます」  カスミの言葉にパチパチとノリ子は手を叩いた。  オカルト研究部部室にはいつものようにカスミとノリ子しかいなかった。 カスミはホワイトボードに『小春に関するまとめ』と書いて、書きこんでいった。 『小春に関するまとめ』 『小春ちゃん』 赤い着物を着ている。 年齢は5歳から7歳くらい。 手には小春ちゃんと同じ着物を着た日本人形を持ち、黄ぶなの歌を歌いながら近づいてくる。 『いつまでも、いつまでも』と唱えるといなくなる。 「黄ぶなの歌は患っていた病気を思ってのこと」 「いつまでもは『広有射怪鳥事(ひろありけちょうをいること)』」 「日本人形は傀儡。小春ちゃんは巫女の可能性がある」 「菊花小春は神であるは『菊理媛神(ククリヒメのカミ)』」 「そして、最後に千里眼……」 カスミはホワイトボードを叩くと怒りのせいか歯を食いしばりながら言った。 「多い……多すぎるんだよ……!」 「か、カスミさん?」  ノリ子の言葉も聞かず、カスミは乱暴にポテトチップスの袋を開け、1リットルコーラを飲みだした。 「なんでひとりの人間にこれだけの要素入ってんの!? どうやってこれをなんとかするのよ!」 「すみません……私のことなのに……」 「黄ぶなの歌を歌っていた場所ってどこなのよ……」 「宇都宮……」 「宇都宮なんてそんな県庁所在地で……?」 「か、カムイさん!?」  部室のドアにもたれかかり、着物姿のカムイが立っていた。 「宇都宮だって広いからな少し行けば田舎だ」 「カムイは宇都宮に怨みでもあるの?」 「黄ぶなは宇都宮だ。だが、歌は別だ」 「さっき宇都宮って……」 「言い掛けただけだ」 「カムイが着物で学校にいるってことは……」 「ひょっとしてお風呂入ってません?」 「ちなみに何も食べて無いんだ……」  そういってカムイは電池が切れたように倒れ込んだ。 「一週間何も食べずにって、余計に集中力無くなりそうですが?」 「逆に神経が昂るそうだよ。これは医学的にも証明されてるんだって」 「へー」 「リンエンもたまにやってるよ。ただ、よっぽどのときだけどね」  学食で見ている方が胃もたれを起こしそうなほどの大盛のカツ丼を美味しそうに食べ続けるカムイを横目にノリ子とカスミは部室での会話の続きをした。 「黄ぶなの歌に関してはカムイが説明してくれた通りみたいだね」 「調べても載ってなかったのにカムイさん、どこからこの知識を?」 「聞いた」 「誰からですか?」 「宇都宮出身の幽霊の皆様から」 「へーそうなんですね……。え?」  笑顔のまま、ノリ子は固まった。 「それができるならもっと早くやってよね」 「彼らだって忙しいんだ。そう簡単に話ができるわけじゃない」 「まあ、こういうときこその巫女だよね。ん? あ、ノリ子ちゃんはまだ、なれていなかったのかな。カムイってたまに霊から情報を聞いてくるんだ」 「で、ですよね! ……巫女ですもんね!」 「それで占いはどうなの?」 「栃木県」 「……え?」 「栃木県の山奥に小春はいる」 「なるほど、それで黄ぶなね」 「小春というやつはよっぽど子ども……というか子どもから成長していないのか、ずっとノリ子の名前を呼び続けている」 「名前を呼び続けている……」  思い返してみると小春が現れるたびに『ノリ子』と必ず、呼んでいた。 「それからノリ子」 「は、はい!」 「部屋にアルバムが無いか? もちろん写真の方のアルバムでCDのことじゃないぞ」  音楽好きのノリ子がアルバムと聞いて真っ先に連想されるであろうものを先手を打って封じた。 「アルバム……写真……」 ノリ子の記憶の奥底に何かが光った。 「どうして、私、いままで忘れていたんだろ! 写真があるじゃない!」  小春の居所を占いで探っているとき、小春から流れ出るノリ子に対する思いが占いに現れていたのだ。  ノリ子の部屋にカムイ、リンエン、カスミが揃っていた。  いままでで一番重要な証拠になり得るモノだ。  細心の注意が必要であろう。  三人の視線を背に受け、引っ越してから一度も開いていない一冊のアルバムを取り出した。 「卒業アルバムとかないのか?」 「なんでそんなもの必要なんですか? ありませんよ」 「えー少し見たかったな……」 「そんな個人的好奇心はいいですから。大事なのは子どもの頃の写真ですよね」  アルバムは一ページから全員に見えるようにゆっくりとめくっていった。  幼いノリ子が姉と遊ぶ姿の写真が何枚もあった。 「お姉さんと仲良いんだねー」 「ええ。たぶん、世間的に見たら仲良いんだと思います」 「写真から見ると結構、年齢離れている?」 「ちょうど10歳上ですね」 「ボクたちより歳上かー……」 「もうちょうど『10年くらい』会ってないんですよね」  明るく言っているノリ子の言葉にカムイたちは何かを感じ取った。 「ノリ子さん、10年くらいとは正確には?」 「正確には12年ですね。私が7歳のときに大学に通うからって家を出たんですよ」 「ノリ子ちゃん、7歳のときに七五三ってやった?」 「やりましたよ。確か、赤い着物を着て……」  姉と一緒に写っていた写真の中に一枚だけ、姉以外の人物との写真があった。  小春とノリ子が赤い着物を着ている写真だった。 「……なるほどな」  一同は言葉を失った。  赤い着物は七五三のときの物だったのだ。  写真の日付は1988年11月15日とあった。 「写真の日付は……12年前……」 「……ふたりとも笑顔で楽しそうだな……」 「もう一枚、七五三の写真があります……でもこれには……」 「小春がいない」  写真はノリ子と姉を写した写真であった。 「七五三……子どもの成長を神に願う儀式……」 「赤い着物は七五三のときに着ていたもの。でも、それがわかったからって何かが変わるわけじゃ……」  カスミは写真をひとり占めするかのように、じっくり見ている間にカムイとリンエンはノリ子から別の証言を聞き出そうとしていた。 「この年に小春の家は引っ越しでもしたのか?」 「ええ。そう聞かされました。ただ、どこへ引っ越したのかまでは知りません。あいさつもなしに小春も小春の家族も村からいなくなっていましたから」 「村から追い出されたのか……いや、それならもっと小春から怨みを感じ取れるはずだな」  カムイは額を人差し指でトントンと叩いた。 「人形について何か思い当たることはないです? ノリ子さん?」  リンエンは気が付いている風だが、念のためにとノリ子に聞いた。 「……人形は小春よりむしろお姉ちゃんの方がイメージ強い……」 突然出てきたノリ子の姉の存在に小春に関する情報の糸口が少しずつだが、ヒモ解かれてきた。 「お姉ちゃんはどんな人形でも生きているかのように見せるのが本当に上手でした。まるで命が宿ったように子どもの私には見えていました。だから、お姉ちゃんが大好きだったんです」 「今、お姉さんの消息は?」 「それが両親曰くお姉ちゃんを勘当(かんどう)したらしいんです」 「勘当ですって!?」 「勘当の理由は聞いているか?」 「なんでも人の道を外したとかで。その、具体的なことはわからないんです。犯罪とかなら家に連絡が来たりするだろうし……」 「風俗関連では無さそうだな……」 「それは……私も考えたことありますけど……」 「大学……ひょっとして大学病院と関係がないか?」 「小春がいなくなった年とノリ子の姉が出て行った年は偶然にも一致している」 「この偶然がどういう結果に結びつくのか……」 「失礼。一つ仮説を立てたいのですが」  リンエンはスケッチブックに図式を書き出した。 「私たちは小春は千里眼を持ち、傀儡子で巫女ではないかと仮定してきました」  一同はリンエンの説明を聞き逃すまいと静かに耳を傾けた。 「小春は千里眼を持っているのは間違いではない。だが、傀儡子と巫女はノリ子さんの姉なのではないでしょうか?」  スケッチブックに乱暴に『ノリ子の姉』『くぐつし』『巫女』とマジックで書き大きく丸で囲った。  新たに現れたノリ子の姉という存在のせいで全てが変わってしまうことに対して普段は冷静なリンエンでさえ、興奮が押さえられないのだ。 「リンエン、落ち着いて。アンタが取り乱したら、事件が迷宮入りしちゃうんだから」 カスミはリンエンを落ち着かせようと口にキャラメルを放り込み、無理やりコーラを流し込んだ。 「がばッ……!」  猛烈な甘さがリンエンを襲っている中でカムイはノリ子の奥底に眠る記憶を引き出そうとしていった。 「一番大事なことを聞くの忘れていたが、姉の名前はなんていうんだ?」 「タカエ……」 「タカエか……ノリ子、写真を半分借りる。リンエン、お前も写真を見ろ!」 「ごほッごほッ! わ、わかったわ……!」 「小春とノリ子が写っている写真はボクが見る! リンエンはとにかく姉、タカエが写っている写真から何でも良いから割り出せ!」 何かに急き立てられているかのようにカムイは動き指示を出し続けた。 「カスミは千里眼研究について洗いざらい調べてくれ、小さな記事でも良い!」 「充分調べ……」  カムイの眼光にカスミは言い直した。 「わかった。徹底して調べ上げる」
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