第十四話

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第十四話

リンエンは帰宅するなり、手ぬぐいでまとめられた写真をお札で包み直した。 「ここまでするなら200万はいただきたいところですが、さすがに今回ばかりはそうもいかない」  風呂場へ行き、身体を清めると白衣に緋袴というカムイと同じ巫女の装いになり、写真と向き合った。  以前、カスミがしていたものと同じ鑑識が使うような手袋を嵌め、写真を一枚、手に取った。 「姉と仲睦まじく縁側でスイカを食べているな。これは夏の写真か? 写真には1988 7月1日と記されていた」  写真は日付ごとではなくバラバラに並んでいた。 「カムイのやつ、適当に渡したな……。あんないい加減なのが巫女とは……」  そう文句を垂れていると一枚の写真に目が止まった。  部屋の一室でノリ子とタカエがぬいぐるみで遊んでいる写真だ。  一見、普通の写真だが、傀儡子の可能性を持つタカエであることを知ったあとで見ると意味があるように思えてくる。 「ノリ子さんが熊のぬいぐるみでタカエさんは女の子のぬいぐるみ……」  すぐに見返せるように写真を別の場所に置き、次の写真をめくっていった。 「これはお祭りの写真か……」  真っ白な着物を着た女性が自分の身体の半分はあるかのような人形に手を入れ、操っている姿だった。  ノリ子はその姿を見て喜んでいる様子だ。  そこには小春もタカエもいなかった。 「どうして、さっき、この写真に気がつかなかったんだ?」  ぬいぐるみを操るタカエの写真の横に、人形を操っている謎の女性の写真を並べた。 「この人形を操っているのがタカエさんかは確証は得られないが、しかし、写真からはノリ子さんと似た魂を感じ取れる」 カスミはオカルト部部室のテーブルに雑誌、本、ビデオテープを並べ、腕を組み「さてと」と言いながら専用のチェアに座り、ノートを10冊ほど用意し、雑誌から調べ始めた。 だが、カスミの頭の中には迷いがあった。  自分たちのやっていることで周りを巻き込んでしまっているのではないかという不安。 現に都市伝説を生み出してしまい、ネット内の噂だが死人が出ているとのこと。  ネットの書きこみは9割りが嘘ということだが、当事者としては気が気ではない。  そして、嘘も数が集まれば事実へと変えられてしまう。  小春ちゃん都市伝説で新たに加えられたものの中に『七五三の当日に亡くなった少女』というものが付け加えられていた。  カスミは焦った。  まだ、カムイたちはこの書きこみに気が付いていないかもしれないが、七五三の衣装であることを知るのは自分を入れてカムイ、ノリ子、リンエンしかいないのだ。  この三人がネットに書きこみをするわけがない。  誰がどこでこの情報を知り、書きこみをしたのか。  7歳くらいの少女が着物を着る理由は七五三であるという連想からの尾ひれなのかはわからないが、誰かに情報が筒抜けなのではないかという不安はあった。  カスミは自らの頬を叩き、余計な考えを振り払った。  超常現象をまとめた本を開き、ひたすら千里眼と付くモノに付箋を貼っていった。  全て年代順にならんでいるため、千里眼関係の新聞や書籍はすぐに見つけることができる。 「これでもう、本当に、後に戻れなくなるかもしれない」  カスミは改めて日本最大の千里眼事件である『御船千鶴子』を調べ始めた。 『御船千鶴子』  1886年(明治19年)7月17日生まれ。  熊本県宇土郡松合村出身。  生まれつき進行性の難聴があり、成人する頃には耳が聴こえにくかったという。  22歳のときに無くなった財布の場所を当て、鉱脈などを当てたりした。   1910年、福来友吉に会い、千里眼実験を透視実験を行い成功をするも、透視が偽造であることを疑われてしまい、1年後の1911年に御船千鶴子は自ら命を絶った。 「やっぱりツラいな……」  カスミは眉間にシワを寄せた。 「あと2人の千里眼能力者……」 『長尾郁子』  1871年生まれ。  観音信仰があつく、御船千鶴子の報道に影響され、自ら精神統一の修行を積み、千里眼能力を開花させた。  能力は御船千鶴子ほどではなかったが、充分な性能を持っていたという。 1911年、死去。 『高橋貞子』  1886年(明治19年)生まれ。  福来博士による透視実験の最後ひとりと言われている。 夫、高橋宮二は独自に精神修養のため呼吸法を研究していた。  貞子も夫と共に精神修養を行っているうちに能力が開花したという。  貞子は精神統一後、別人格が宿ったかのような言動で透視や念写を行った。  千鶴子、郁子には無かった特徴に福来は別人格のことを『霊格』と呼んだ。  貞子のその後の消息は不明。  岡山で心霊治療を行っていたという説もある。 「そして、千里眼を持つ人達を集めた……」 『福来友吉』  1869年(明治2年)12月15日生まれ。  1952年(明治27年)3月13日死去  写真、科学技術、心霊を結ぶ研究が明治末期に行われていた時期。  御船千鶴子が千里眼を持っていると知ると、1910年4月に本格実験を開始した。  元、東京帝国大学教授、心理学者の『福来友吉』博士が行った『透視』実験。  通常では見えないモノを見通す透視実験を行っている際に『念写』というものを発見してしまった 念ずることで写真に感光させ、映像を現す『念写』の研究も同時に始めたのだ。  注目すべき点は、画像の根源である『光線』が入らない。  密閉された暗闇で文字や図形を感光させたということだ。  写真の原理では光線によって、薬品に化学変化を起こさせ、光線の創り出す『陰影』つまり『映像』を紙に定着させるこである。  例え、どんなにわずかでも『光』がなければ物理の法則により『感光現象』は起こることはできないのだ。  光あるところに影がある。  而して、光なきところに陰は生まれず……。 「念写を行った超能力者の能力の真偽を討論する以前に、この反物理的ともいうべき怪現象こそ、本来、論じられるべきだったのかもしれないな……」 四人のデータをノートにまとめ終えると、机に突っ伏し雑誌をパラパラとめくった。 「この物理を超えた研究……。映像を念写すれば、あの顔無しビデオが出来るかもな……てそんなの千里眼を超えてるって……」  ぐぅーっとカスミの腹から音がなった。 「おっと糖分補給せねば……」  口にうずまき状の飴を加えると千里眼事件についてのスクラップ記事やゴシップ記事を漁った。 「ここの歴代部長や部員の人たちは物持ちがよくて助かるよ」  しかし、テレビで見た事あったり、すでに雑誌や本に書かれているようなことがほとんどだった。 「筒の中の紙の通しに失敗……うーん、もうどれも同じだな……そもそも、これ以外の情報って……って?」  一冊の雑誌に他とは違うことが書かれているものがあった。 『千里眼実験再び!』 「なんだこの記事? こんなの知らんぞ?」 『T県に住む、ふたりの少女になんと千里眼があると噂があり、聞きつけた大学教授の『風野雅和』教授は早速、接触を試みた。ふたりの少女のご両親は快く承諾し、実験が行われることとなります。今後が楽しみですね。成功すれば、昭和の御船千鶴子になるでしょう』  小さい記事からこの実験がいかに期待されていなかったかが伝わってくる。 「T県のふたりの少女って100パーセント、ノリ子ちゃんと小春ちゃんじゃない?」  テーブルの上から資料が落ちても気にせず、ひたすら風野雅和という名前を調べた。 「ない……この雑誌以外に風野雅和が出てこない……教授ってことは論文とか何かがあるんじゃないの……?」  風野雅和が唯一載っている雑誌を手に取り、部室をあとにすると、片っ端から古くからいるであろう大学関係者に声をかけた。 「名前は聞いたことがあるが、良い噂を聞いたことがない」  大半の人の意見はほとんど同じものだった。  その中のひとりに面識があるという人がいた。 『清水誠一』助教授だ。  心理学を扱っている。  細身で若く見えるが45歳の中年だ。 「ああ。風野雅和教授ね。知ってるよ」 「本当ですか!」 「有名人だからね。いい意味でも悪い意味でも」 「聞いた方たちは皆さん、口を揃えて良い噂は聞かないとおっしゃってるんですが、一体、どういう方なんですか?」 「彼は透視能力の研究について調べてたんだ」 「……千里眼ですよね」  清水の顔が険しくなる。 「そう。今は読めないらしいが、彼の論文は素晴らしいモノだったらしい。。ある日、千里眼を持っているかも知れないという少女ふたりの情報を仕入れて、実際にその子たちを使った透視実験を行ったんだ」  カスミの顔が青ざめた。 「ふたりの少女は間違いなく本物の千里眼としか言えなかった。でも、ある日、ひとりの 女の子から千里眼が消えてしまったんだ。代わりに、もうひとりの方の千里眼は強力なモノになっていたらしい。まるで、もうひとりのチカラを吸い取ったかのようにね」 「そ、それで風野雅和教授は……?」 「そこなんだよ……。ある日、上からの命令で千里眼実験の中止が言い渡されたんだ」 「中止?」 「なぜ、中止になったかは……まあ、だいたい想像がつくけど、あまり考えたくないね。風野教授はそれでおかしくなってしまい千里眼の少女を連れだして、どこかへ消えてしまったんだ」 「それで、風野教授と少女の消息は?」  清水は無言で首を振った。 「あと、もうひとつの噂がその際に助手もひとり同時に行方がわからなくなっているんだ」 「助手……ですか?」 「若い女性だったらしい。風野教授の愛人だったとかで……まあ、こんな感じで研究において優秀だったとしても、人としてはいろいろ問題があった」 「清水先生はどこで風野教授とお会いしたんですか?」 「ああ。それは……」  清水は不敵な笑みを浮かべて言った。 「僕は風野教授の教え子だったんだ」  清水誠一がそう告げたとき、どこからか風が吹いた気がした。 「え?」 「そもそも『千里眼』とは千里先を見通すチカラのことで仏教用語だと『天元通(てんげんつう)と呼ぶ』」 「千里眼に関する神様って、たしか『広目天』……でしたね?」 先程まで話していた清水がまとっていた柔らかい雰囲気から一編して、今すぐにも爆発してしまいそうな張り詰めた空気がまとわれ、カスミは細心の注意で会話を引き出そうと試みた。 「有名なところだとそうだ。だが、もうひとり有名どころがいてな」 「何というのですか?」  質問をするたびに手から汗が噴き出る。 「媽祖」 「まそ……ですか?」 「媽祖(まそ)随神(かむながら)の赤鬼、青鬼だ」 『随神(かむながら)』  神でありながら、神を守護する神。 「『青鬼』は順風神と言い、あらゆる悪の兆候や悪だくみを聞き分け、いち早く媽祖に知らせる役目。そして『赤鬼』は……『千里眼』」 「千里眼……!?」 「千里眼……それを『順風眼(じゅんぷうがん)とも呼び、媽祖の進む先やその回りを監視し、あらゆる災害から守る役目を持つ』」  カスミは驚きを隠せない表情のまま、5秒ほど固まった。 「その少女のひとりはこの両方の能力を兼ね備えている可能性があった」 『媽祖(まそ)』  航海の安全を守る女神として伝わる中国土着の神だが、その元になったのはひとりの巫女であった。  媽祖は中国本土や台湾、韓国で盛んに信仰されている航海の女神で『天上聖母菩薩(てんじょうせいぼぼさつ)』『天妃(てんひ)』『天后聖母(てんこうせいぼ)』『老媽(ろうま)』『菩薩(ぼさ)』とも呼ばれている。 信仰の起こりは、10世紀後半の中国福建省(ちゅうごくふっけんしょう)甫田市(ほでんし)。  この地に生を受けた媽祖は、無口ではあったが非常に頭が良く仏教や道教の経典を熟読し、生活態度も模範的な女性であったと言われている。  彼女が変わったのは16歳のとき。井戸から神符(しんぷ)神通力(じんつうりき)を授かった媽祖はシャーマンのような行動を取るようになった。 ある日、媽祖は突然、取り憑かれたように目を閉じ、トランス状態におちいった。  そして、媽祖は泣き出した。  父と兄の乗った船が難破し、父は帰ってきたが、兄は嵐に巻き込まれて亡くなったのが見えたという。 「私も風野教授の考えから脱落したものでね」 「それはなぜ……ですか?」 「教授は神を作りたいと言い出したんだ」 「神……?」 「自分だけの神を作るって言ってね。ほとんどの人間は離れたよ」 「でも、その中でひとりだけ助手が残ったんですよね?」 「ああ。彼女は変わり者だったな。なんで、あんな変質者について行ってしまったのか」 「その方のお名前とかわかりますか?」 「忘れるものか。私は彼女が好きだったからね。タカエくん……」 「たかえ?」 「戸部タカエくんだよ……。そういえば、この大学にも戸部という名字の子がいた気がするな?」 カスミの身体から血の気が引き、寒気が襲った。 「あ、あのお忙しい中ありがとうございました!」 「こちらこそ懐かしい話が出来て楽しかったよ」 悪い事をしたわけではなにのに、清水誠一という男がとても恐ろしい人物のように見えた。  カムイは部屋でノリ子と小春が写っている七五三のときの写真を胡坐(あぐら)をかきながら2時間は経った。 「はあ……」  写真を見続けたため、首がこり、足が痺れたので寝転がった。 「この写真から何も感じないな……」  以前現場検証で撮られた写真と見比べた。  現場検証にはノリ子がいるはずの場所に赤い着物の少女が代わりに立っていた。  着物は七五三の写真と比較しても同じものだった。 「よっぽど、この着物を気に入っているのか」  カスミからの情報で都市伝説に新たな要素が加えられていた。 『ある人には亡くなった娘に見えた』 『ある人には亡くなった初恋の人に似てた』 『ある人には亡くなった母親に似てた』 『小春を見た人の好きだった女性に見える』 『一貫して、赤い着物を着ている』 「霊は亡くなった姿のまま、現れることもある。一番好きな服装で現れることだってある。好きだった年齢の姿に現れることもできる」  改めて、霊について振り返ると小春についての理解が深まった気がした。 「小春は七五三のときの着物を気に入っている。そして、7歳の姿……」  導かれる答えはひとつしかなかった。 「ノリ子に気付いてもらうために……」  カスミから操作を教えてもらいビデオカメラの小さい画面で例の映像を見直した。  ノリ子を危険な目に合わせてしまった二度目のことだったから、カムイにとっては悔しい思い出だ。  頭部がない着物を着た少女が画面の中央に現れる。  このとき、カムイの声に反応したかのように、少女はビデオの方に向かって歩き出したのだ。  頭部が無いせいなのか足取りが不安定だ。  頭部の無い少女はビデオカメラから1メートルほど離れた箇所から指をこちらへ向けると宙に何かを描くように動かした。  指の動きが止まると少女の身体は薄くなっていき静かに消えてしまった。 映像はそこで止まった。 指を動かしている部分をスローモーションにし指の動きに合わせて自分でも指を動かした。 「の、り、こ……」 カムイは指で書いた文字を言葉に出した。 それが呼んでいるのか別の意味を持つものなのかとカムイは頭を動かした。 (なんで頭が無いんだ?) 頭が無いから声が出せなかった。 だから指で文字を書いた。 「ひょっとして、指で書いた文字には続きがあったんじゃないのか?」 指は降ろさずに真っ直ぐ画面に向いたまま、消えていった。 続きを書こうとしていた可能性は充分にありえた。 「足取りの不安定さは、あれが限界だった。頭まで作ることが出来なかった?」 額をトントンと叩き、考えを巡らせた。  そのとき、携帯電話が鳴った。  電話の液晶画面には『ノリ子』の名前が映されていた。 「どうした?」 『あ、あの……今、私の家にいるのですが……』 「家? 何かあったか?」 『それが物置部屋から変な気配がするんです』 「気配?」 『最初は泥棒かと思ったんですけど、人の気配っぽくないというか……』 「人の気配ではない……それは人に似たものかもしれない」 『人に似たもの……? ゆ、幽霊ですか……?』 「いや、電話からだが、霊の気配は感じ取れない」 『じゃ、じゃあ何でしょう?』 「……」 「黙らないでください」 「とにかく部屋へ入ってみろ」 『怖いですよ……』 (ノリ子はなぜ、自分の家でここまで怖がるんだ?) 「電話越しだが、ボクが付いている」 『わかりました……』 ギィッとドアが開かれる音がした。 『あ、あ、あああああ……!』 耳を突き抜けるほどの悲鳴が携帯から聴こえてきた。 携帯を一度、耳から離し、再びノリ子に話しかけた。 「ノリ子! どうした!? ノリ子!?」 『あ、あ、あ、あ、あ…………』 ノリ子が腰を抜かしたのドタッという音が聴こえた。 「ノリ子、その部屋には何があったんだ?」 (死体とか、そういったものの類では無さそうだな……) 『に、人形が……たくさん……』 「人形?」 (腰を抜かすほどの量の人形があるというのか?) 『日本人形から西洋の人形……中には服も目も付けられていない人形が……』 「両親は人形のコレクターだったのか?」 『いえ、そんなことは……あと、壁に大きな人形が磔みたいになってて……』 「大きな人形? 写真で送れるか?」 『送れますけど、だ、大丈夫ですか? た、祟られませんか?』 「巫女と祈祷師がいるんだ。そのときは安心しろ」 『そんな!?』 「いいから送るんだ。送ったら、すぐに家を出ろ」 『ひっ! わ、わかりました!』  通話が終わってすぐに、ノリ子から写真が送られてきた。 「これは?」  ノリ子が送ってきた写真の人形はいわゆる人形浄瑠璃に使われるような人形であった。  携帯のカメラで小さいのが残念だがカムイの印象は意外なものであった。 「これを目の前で見たら、さぞや美しいのだろうな……」 「カムイさん、ごめんなさい。家にもっと写真があるんじゃないかと思って、アルバムをひとつしか持って来れなくて」 「充分だ。それはともかく……」 「……はい」 「まさか両親が他界していたとは……せめて、言って欲しかった……」 「あの……あの人形は一体なんなんでしょう?」 「人形浄瑠璃に使う人形だと思うんだが、写真から見た大きさだと、子どもくらいの大きさか? 人の上半身は隠れそうだ」 「ええ。あんなに大きな人形をまさか自分の家で見ることになるとは……」 「姉といい、戸部家は人形と深い関わりがあるな。両親の仕事は?」 「えっとおもちゃを作ってるって教えてもらってました」 「どこの企業とかは?」 「聞いたことないです……それに……」 「それに?」 「私の両親、本当に私の親だったのかなって……家に行って思いました」 「本当の親ではない? まさか、だから両親が他界していたことが見えなかったのか……」  自分の目を押さえてカムイは悔しさで顔を歪めた。 「家族写真はあるのですが、なんか、義務的みたいな……変な感じがするんです」 「家族写真に姉の……タカエが写っているものはあるか?」 「家にはありませんでした」 「ノリ子はその家で人形で遊んだりしたことあるか?」 「ありません。人形を一度も見た事なんてありませんでした」 「ということは、その人形はタカエのモノだ」 「両親はお姉ちゃんを勘当したと言っておきながら、ちゃんとお姉ちゃんの人形を大事にしてたんですね……」  ノリ子は微笑ましく思ったが、カムイは首を横に振り、ノリ子の想像を否定した。 「この人形はタカエ本人に渡していたものだろう」 「でも勘当したって!?」 「それはノリ子に口で言っただけだろ。見えないところで会っていた可能性が高い」 「そんな……」 「これはボクの推論だが、ノリ子の両親はどこかで人形供養の手伝いをしていたのではないか?」 「人形供養……?」 「名前通りさ。供養するのは人間だけではない。『魂が宿っていれば』供養する」 「魂が宿っている?」  ノリ子にはいまだ理解できないでいる。 「供養というのは、死者を弔うということだ。魂が宿る……例えばノリ子が大事にしているぬいぐるみがあったとするな」 「はい」 「それが修復できないほどになったら、どうする」 「ツラいけど捨て……ますね」  ノリ子は自分が大事にしていた猫のぬいぐるみを思い出して『捨てる』という単語を口にすることに言い淀んだ。 「捨てるっていうのにどこか抵抗あるよね? それはノリ子の『親友』だったから」 「親友……」 「そう。それが魂が宿るということ」  八百万の神がいて、モノひとつひとつに神様が宿っているともいう。 「まあ、そういうことだ。愛着がわけばわくほど、想いが入っていく。だから、弔いのために供養を行う。人形に限ったことじゃない。例えに出したぬいぐるみ、写真と普通なら魂が含まれていないように見えるもの全てだ」 「写真にも……魂が……」  カムイの言葉にノリ子はアルバムを見た。 「こうなってくるとボクもノリ子の家に行ってみる必要がありそうだな」 「ぜ、ぜひお願いします!」 「その前にリンエンとカスミの情報を待たないとな」 「まだなんですか?」  家に行くのに電車で二時間半かかるノリ子がカムイに会えたの夜に差し掛かった夕方だった。  疲れているのも忘れて、カムイの家へ直接向かったのだ。 「あ、足が痛い……」  ノリ子の足が疲労を思い出したのか急に痛み出した。 「二時間半の電車移動に家の調査でまた二時間半の移動だ。疲れるだろ」 「動けない……」 「しょうがないな」  カムイはノリ子の荷物を持ち、ノリ子の部屋へと運んだ。 「ありがとうございます……」 「とにかく寝てなさい。あとはボクがやるから」 「え、あとはって?」 「お風呂沸かしてあげるし、夕飯も調達してあげると言っているの」 「え、えええ。カムイさんにそんなこと……!?」 「ボクだってできるよ」  カムイは家事ができないと思われるのを嫌がる。  だが、本が油まみれになると言って、料理を一回もしているところを見たことがないのだ。 「誤解しているようだが風呂は沸かすと言ったが、料理はすると言っていない」 「え、ええ。承知してます」 「前に普段から料理していないやつのできるは当てにならんと言われてな。やるとは一言も言っていないのに」 「えーと……寝ても大丈夫ですか?」 「そうだ。さっさと寝ろ」  余計な会話でノリ子は体力を使ってしまい、起きたのは深夜に入り込もうとしている時間だった。 「寝すぎた! カムイさんは? て、え!?」 ノリ子の布団の中にカムイが猫のように丸くなって眠っていたのだ。 「カムイさん、いつの間に……って起きてくださいよ……せまいじゃないですか……」  丸まっているカムイは動く気配がなかった。 「仕方ない……」  電気を点け、風呂を沸かしなおし、テーブルの上に置かれている夕飯を確認した。  牛丼だった。 「牛丼かー……この時間に食べて太らないかな?」  携帯電話を確認するとカスミから何十件も通知が着ていた。 「え、え、え?」  最後にかかってきた通知は今から2時間前だった。  意を決して電話をかけると、すぐにカスミが出た。 「ちょっと! いままで何してたのよ! こっちは大変な事実が発覚したんだよ!」
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