第十五話

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第十五話

カスミが持ってきた話は風野雅和という男が小春と消息を絶ち、それに連れだったのがタカエだったというものだ。 「そんな……」 『アタシが集められた情報はこれが限界だったけど、結構な手がかりにはなると思う』 「ありがとうございます。カムイさんにも伝えておきますね」  そういって携帯を切ると同時にカムイがむくりと起きた。 「カムイさん起きましたか。さっき……」 「ああ。聴こえてたよ」  カムイは猫のように伸びをすると、頭を抱えた。 「頭、痛いんですか?」 「いや、そうではない……まあ、頭痛いとえばそうだな」  複雑そうな顔でカムイはずっと唸っている。 「あの……」 「はぁー……。さっきの話、実は見えていたんだよ……」 「見えていた?」 「小春が知らない男と女と一緒にいる光景が占いで見えていたんだ」 「え!? なんで言ってくれなかったんですか?」 「男と女の正体がわからなかったんだ。占いの時系列は未来とは限らない。過去だって見えるんだ。その男女が小春の両親だと思ったんだ」 「お姉ちゃんは小春を産む年齢じゃないですよ!」 「ボクが見た光景は仲睦まじい家族だったんだ。タカエさんが10ほど歳を取った姿だったのか……」 「私は認めません! そんなお姉ちゃんが……そんなヤツと家族になるなんて……小春を誘拐して……」  布団に顔を埋め、ノリ子は涙を押さえた。 「安心しろ……ボクの占いは……そんなに当たらない」  カムイの言葉が自分を励ますための嘘であるとノリ子は気付いているが、今はカムイの言葉に反論しようと思うほど、冷静さは失ってはいなかった。 「カムイさん、お姉ちゃんは生きていますか?」 「生きている。これは確実だ」 「それが聞けて少し落ち着きました」  ノリ子はテーブルに置いてある、とっくに冷えてしまった牛丼を取り出すと小さく「いただきます」と言って食べ始めた。 「ノリ子、お茶もあるぞ」 「ください」  ノリ子の食事が終わるまで静かな時間が流れた。  普段は音楽を流すところだが、現在の自分の気持ちを表現する曲が思い付かなかったので、CDデッキをつけなかった。 「ごちそうさまでした」 「次は風呂だな」 「食べたばかりなので、お腹をもう少し落ち着かせてから入ります」 「そうか」 「カムイさんは神様になりたいですか?」  一見、唐突な質問のようだが、カムイはノリ子がそのことを聞いてくることを予感していた。 「なりたくない」 「でも、カムイさんやリンエンさんには神様になれるようなチカラがあるじゃないですか」 「……誰かにとってはボクもリンエンも神様と思われているかもしれないな。事実言われたこともある」 「神話とかだと、元々は人だった神様がたくさんいるじゃないですか」 「まあ、そうだな。あとは権現様というものもある」 「ゴンゲンサマ?」 「ああ。有名なとこだと日光東照宮の祭神である『東照大権現』だな。そもそも権現ってのは……」 『権現』。本来は仏陀衆生救済のため人間界につかわした菩薩が人の姿に化身したり救い 概念が名称のような文字、またはイメージから創作された姿を、そう讃え呼ぶ信仰である。  カムイのいう東照大権現とは死去した征夷大将軍・徳川家康のことであり、実在した数多の英雄偉人が神格化して名前や称号の後に『権現』の称号を持ち衆生に身近な『救いの神』……一種のヒーローとなった。  昭和時代以降には無暗に英傑の類を神にしてはならないと法律に定められたが、事故によって乗組員の全員が殉職した潜水艦を引き上げ艦そのものを軍神として祀った例もあり、 これは器物に主人の魂が宿る……という日本古来の伝統的思考が生み出した権現信仰と言って良いだろう。 「そうなんですね」 「人から神になったという話は媽祖(まそ)とか卑弥呼とか……結構いるな」 「まそ?」 「媽祖はあとで説明する。そうだな。カスミがわかりやすく説明してくれるんじゃないか?」 「いつもカスミさんですね」 「アイツの方が説明がわかりやすい」 「ははは。そうかもしれませんね」 ノリ子は少しだが、笑えることができた。 だが、顔で笑うことはできていなかった。 リンエンからの連絡がカムイの携帯に入った。 写真の中にタカエらしき人物が人形を操っている写真があったというのだ。 「そんな写真見たときあったか?」 『私もそこは不思議に思っている。なぜか私が持ち帰ったときにはあったんだ』 リンエンも釈然としていないような声だった。 「ノリ子の実家に大量の人形がある部屋があったと言っていた。その中に人形浄瑠璃に使うようなものがあったらしいが」 『たぶん、それかもしれない。お祭りのときの写真だからそういう催し物があっても自然だ』 「タカエは傀儡子か……。あとはノリ子のことなんだが」 『ノリ子さんがどうかした?』 「いや、実家に帰ったときに自分は両親の子どもでは無いんじゃないかと思ったらしい」 『ノリ子さんは養子だったのか?』 「どうもそれとは少し違うらしいが、それに近いかもしれない」 『それを聞くとまた謎が……増えたのか……』 「最初は友達の幽霊を見たから始まったんだが、どうやら小春というより、戸部家自体に何かあるらしい」 『カムイ、占いでここまでの未来は見えていたんじゃないのか?』 「事件が単純ではないとまでは見えていたさ」 『占わなくても見えそうだな』 「祈祷師がそんなことを言うなよ。商売できなくなるぞ」 『それもそうだな。これならお金を払わなくて良いですねって言われるのは嫌だからな』 「それは言われたことがある口ぶりだな」 『東家も長いからな。それくらいあるさ』 「ボクの家系は乱暴だからね。そんな輩からは倍の金額を請求したらしい」 『今はしてないだろ? してないよな? してるのか?』 「なんで三回も聞く。してないよ」 『詐欺みたいなことは許さないからな』 「してないと言ってるだろ」 『しかし、ノリ子さんには悪いがお姉さんもご両親も許せないな……。もちろん元凶と思われる風野雅和もな』 「小春を人形のように操って神に仕立て上げようとしているからな」 『神は神でも……』 「これでは祟り神になる」 「祟り神……ですか?」  カムイの部屋の玄関にノリ子が立っていた。 「すまない。ノリ子が来たから電話を切る。連絡ありがとう」 『ノリ子さんによろしく言っておいてくれ』  カムイは電話を切るとノリ子が座れるように本を片付けた。 「すみません。本を移動させてしまい」 「別にいいさ。さっきの電話どこまで聞いた?」 「小春を神にすると祟り神になるというとこです」 「そうか。ノリ子の姉は傀儡子の可能性が高まった」 「そうですか」 「傀儡子自体が悪いわけではない。ただ、扱い方がよくないんだ」 「どっちにしろ、お姉ちゃんが加担しているのには変わりはないんですよね」 「まあ、そうだ」 「はぁー……」  ノリ子は大きくため息をついた。 「あの馬鹿姉貴が……」  珍しくノリ子が暴言を吐いた。  カムイはそれを咎めることなどしなかった。 「親は偽物。姉も本物かわからない。親友は姉と変質者に誘拐されて行方不明で私の前に現れて、私も千里眼があったかもしれないとか意味がわかんない……」  頭痛がしているかのように頭を押さえ、ノリ子はまたひとつため息をついた。 「カムイさん……私って……なんなんですかね……。私って誰なんですか……なんで、神様まで絡んできて、なんでこんなに話が膨らんじゃったんですかね?」  酔っていないのに酔っ払いのようにカムイに絡んでいるかのように愚痴り出した。 「確かにな。ボクも今回のことは悩まされているよ。解決しなければいけない要素が多すぎる。どこから手をつけるべきかリンエンでさえ困っている」 ノリ子に合わせるようにカムイも話を合わせた。  話を合わせたといってもカムイ自身悩んでいることには変わりはない。 「カムイさん、祟り神って音の響きで想像はできるのですが、実際どういったものなんですか? 本職の言葉で聞きたいです」 「ああ。いいよ」  カムイは祟り神について語り出した。 「そもそも『神』とは尊い存在であり、恐れられる存在でもあるんだ」 ノリ子はいつものように解説を聞いているが顔には少し焦燥感が見られる。 『祟り神』 祟りをなす神。  近年に巨匠の手による大作アニメ映画に登場してから名が知られるようになった災いの象徴、恐ろしく強い妖怪、もののけ。  そんなのがパブリックな印象であろう。  実際、その通りで普通なら神であった存在が深い怨念によって神に等しい強大な力を振るい人知を越えた破滅的な災いを起こす存在に変化した姿をさして『祟り成す神』……即ちは『祟り神』という存在が生まれた。  この祟り神と妖怪はどこが違うのかと問われれば、その差は複雑なようで単純。  祟りは高い知恵を持った生物のみが抱く『怨念』によって生まれるということだ。  動物が神となる前に人を凌駕する知恵を持つ。  ここまでが『妖怪』であるなら解り易い。先のアニメ映画に登場する祟り神は人に殺されたケモノの妖怪であった。  怨念を得て巨大な力をも得た妖怪は、もはや神であると言ってよい。  ここで覚えておくべき点が高い知能なのだ。  動物が人間に殺められて『悔しい』と思うだろうか?  怖い。恐ろしい。心残り。  そうしたものの中でも怖い痛いは理解しても悔しい。無念……という整然たる感情は、普通は無い。それを持つのは人間と同等の知能だけが持ち合わせる怨念と憎き仇に対する 徹底的な報復を望む意志である。この理屈は裁判という形になって現代の法律の中にさえ生きているのだが縁なき第三者の手にによる不満の残る裁きの沙汰を待つより、自らの手で仇の生命財産地位名誉。そして血筋までも根絶やしにして報復を遂げようとしたとき、人間の知恵と感情は制御を失い全てを、自らも滅ぼすまで暴走する。  これが祟りの本質であり、特定の個人や徒党を狙い討ちする『呪い』との大きな違い。  つまり、祟り神とは思考を破壊だけに振り向けて自我を無くした神の姿と思えばよいだろう。制御を失った巨大な力は殺戮と破壊にのみ、その偉大な力を発揮する。  そして祟りの災いが殺める咎無き衆生の亡霊は新たな怨霊となって根本原因たる祟り神に憑依し、その怨念を更に強力にする負の連鎖を果てしなく繰り返すのである。 「よく(ばち)があたるというだろ。悪いことをしたときに災いが起き……」 カムイは話している途中に目を見開き、突然、八つ当たりでもするかのように本を腕で薙ぎ払い出した。 「カムイさん!?」 「畜生! なんで気が付かなかった!? くそっ! くそッ! ああ!?」 頭を掻きむしって本を蹴飛ばして部屋をぐるぐると回っているカムイの姿はまるで何かに取り憑かれているかのように見え、ノリ子はひたすらカムイが落ち着くのを待った。 肩で息をし、ゆっくりと胡坐をかいてやっとカムイが落ち着いた。 「ノリ子すまない。取り乱した」 「いえ。大丈夫……てわけではないですが。さすがに驚きました。それで何に気が付いたんですか?」 ノリ子は至って冷静だった。 カムイの話を聞いている途中でノリ子も気付いたのだ。 「小春を神にしようとしているんじゃない。小春を祟り神にすることが目的だったんだ」  カスミはカムイとノリ子を自分の部屋へ呼び、パソコン画面を見せた。 「ネットって少し見てない間に一週間分の情報が進むんだよね……」  カスミ、カムイ、ノリ子の三人はパソコンの画面を見て絶句した。
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