最終話

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「ああ……。ノリ子に負けた……」  カムイたちは電車の中でトランプをやっていた。 「……カムイさん、意外と弱いんですね」  「カムイは巫女の癖に弱いんだよね」 「巫女は関係ないだろ」 「リンエンさんは強いですよね」 「まあね」  リンエンはカードを器用に指でくるくると回した。 「そういえばリンエンさんは大学へ行かないんですか?」  「東家の商いがあるから行かないわね」 「リンエンが大学行ったら即主席になるだろうね」 「私からしたらカムイの大学生が不思議でならないわね」 「それはアタシも思う」 「大学生になってみたかったからいいだろ。似合う似合わないじゃない」  カムイたちの会話が微笑ましいので、そうは見えないが、向かうのはノリ子と小春が住んでいたいわくつきの村。  人眼村(じんがんむら)。  栃木県の奥地にあり、今は廃村となっているはずだが、人の出入りがあり、周りからは気味悪がられているという。  人眼村には噂があり、その村で生まれた者の多くは霊能力に相当する力を持っている者が多かったそうだ。  ノリ子が役所で調べてもらったときに役所の人の口からでた話だった。 「その村で偶然に千里眼を持った者が生まれた。それが、ノリ子と小春だったというわけか……」   カムイはその話を聞いた瞬間にカスミとリンエンに連絡を取り、すぐに人眼村に行く準備をし、現在に至る。 「着いたけどレンタカーでも借りる?」  「結構費用かかりそうですね」 「そこはほら、リンエンに出させるから安心しろノリ子」 「確かに出すけど、カムイのツケにしておくわね」 「その理屈はおかしくないか?」 「私の機嫌次第では、借金の減額を考えてもいいわよ」 「リンエンの機嫌なんか取りたくない」 「今のでプラス五万円」 「へっへっへ。嘘ですよぉ、リンエン様」  カムイはプライドなどないかのように手のひらを返した。 「ふう。急いだから計画に粗がでる。今後は落ち着かないとダメだな」 「なんかすみません……」  神妙な面持ちで微かに俯くノリ子の頬を片手に覆ってカムイは優しく告げた。 「心配するな。ボクとリンエンはいつもこんなだ。それに、もうクライマックスのところまで来ているのに、ここで降りるなんてしないって。……な?」  村。……正確には人眼村だった場所へ着いたが、その入り口は既にツタのからまるフェンスで封鎖されて簡単には入り込めそうになかった。 「まあ、予想はしていたからね」   カスミはカバンからポーチを出し、その中から自慢の軍用ナイフを取り出した。 「イッツ・ア・ユーティリティー(万能)ナイフ。ここをこうやるとだね……」  ニヤリと笑ったカスミはペンチのような形に変形させワイヤーカッターでパチパチとフェンスを切っていった。 「見よ、この切れ味。鋼の鉄条網も切断するよん」 「よん……って。……これ良くない事ですよね?」  「良くは無いな」 「良くないわね」  パチリとフェンスが切り終わる音がし、カスミはフェンスに人の通れる血用方形の通路を開いた。ご丁寧にも、ちょいと切断部分をひっかければ何事もなかったように見える。慣れた仕事ぶりから見ると、このぐらいの『不法侵入』は何度もやっているのだろう。 「さて。人が来る前に入って調べて速やかにズラかるのが廃墟探検のマナーだ。みんな、いいね?」   カスミの確認に、それぞれが無言で頷いた。  廃村であるはずの村は思いの他に綺麗なものであった。  道路は狭いながらもアスファルトで舗装してあり、たまにあるヒビの割れ目から雑草が生えているのを除けば、まだ廃村化して、そう長くない事が知れた。  民家も残されていて、どの家も人が住んでいるかのようだった。 「マズイな……」   カムイがぼそりと呟いた。 「え、何かあるんですか?」 「人が本当にいない場所ってもっとボロボロになっていないとおかしいんだ」 「でも、カムイ、この村には霊の気配は感じないわ」 「霊ではなく、人がいる……?」 「噂では人が出入りしているっていっていたね。たぶん、ここは廃村の振りをしていて、村以外のことで機能しているのかもしれない」 「村以外で機能……」 「例えば……何かを拝みに来ているとか」 「拝みに……」  四人が歩き続けていると、村の一番奥に神社が見えてきた。 「あの神社は私が見た場所だ……」   ノリ子はきっぱりと言って前方の鳥居と社殿を指さした。 「あの神社に小春がいる。そしてタカエも」  鳥居をくぐると、世界が変わったかのような感覚に陥った。 「同じ村の中にあるというのに、ここだけ別次元だな」  カムイは思わず笑みを浮かべた。 「神社特有の空気感とは明らかに違うわね」 「神々しさと禍々しさ両方を感じて怖い……」  カムイたち三人は立ち止まってしまったが、ノリ子は一人参道を歩き続け、神社の本殿前に着いた。 「お姉ちゃん、いるんでしょ?」  ノリ子は小春の名ではなく、姉を呼んだ。  ノリ子の呼びかけに答えたのか、本殿から巫女装束を着た妙齢の女性が現れた。  タカエだ。 「あれが、ノリ子ちゃんのお姉さん?」 「タカエからものすごい力を感じるな……」 「お姉ちゃんが風野教授と一緒に小春を連れ出したの?」 「風野? ああ。あの老いぼれね。あの人、学者としては優秀だったけど、それ以外はダメだったわね……。まあ、私よりも劣っている人間には興味がないけど。そういえば、いつの間にか死んでいたわね」 「死んだって?」 「言葉のままよ、気が付いたら死んでいたの。まあ、小春様に逆らおうとしたからね」 「小春様……ってお姉ちゃん何を言っているの? 小春に様なんてつけて……」 「小春様は神よ。全てを見通し、悪を罰する神なのよ」  タカエは両手を広げて高笑いをした。  それを見て、カムイたちは絶句した。 「あれは取り憑かれている人間の姿だ」 「もう戻れない場所にまで行っているかもしれないわね」  「そんな……ノリ子ちゃん」  「ボクがタカエをなんとかするからリンエンとカスミは本殿の中を確認して来てくれ」  カスミとリンエンは頷くとゆっくりと本殿に近づいたが。  カムイは右手に数珠を巻き付けると走り出し、右手でタカエの腹を殴った。 「人を犠牲にして神様を作り出すな」    タカエはよろけながらも、倒れずにカムイに反撃をした。  カムイの顔面を殴り、膝で腹を蹴り、素早く回し蹴りを喰らわした。 「カムイさん!」  カムイは蹴りを抱きとめると足をネジ回すとタカエは倒れ込みかけたが、地面に手をつき、地面から跳ね上がった。 「カムイ、なんとかするって暴力でするなんて聞いてないんだけど」 「カスミ、カムイはあれでも格闘技の心得はあるから、こっちはこっちでやることやるよ」  本殿へと入るとロウソクだけが暗闇を照らしていた。  本殿内部を歩くと  真っ白な髪をし、赤い着物を着せられた少女が大きな椅子に座っていた。 「小春……ちゃん?」  カスミが声をかけるも少女は返事をしなかった。 「貴様も巫女なら小春様の霊能力を感じないか!?」  カムイとタカエは血を流しながらも殴り合っていた。 「確かにすごかったかもしれない! だが、アンタの霊能力しか今は感じないな!」 「私は小春様に力を分け与えられたのだ!」 「違う! アンタ自身に持っていた力だ! 小春の実験に参加し過ぎて、アンタも目覚めたってところじゃないのか?」 「私にそんな力はない!」  「いい加減にしろ!」  カムイは頭突きでタカエを黙らせた。 「はぁ……はぁ……」   よろよろと立ち上がるカムイをノリ子は慌てて抱きとめた。 「ノリ子、すまない。キミの姉なのに……」  「いえ……」 「ノリ子は本殿に行って、カスミたちを見てきてくれ……そこに真実がある」  カムイに言われ、ノリ子は走って本殿へと入った。  本殿に入るとカスミとリンエンが椅子に座った少女の側にいた。  ノリ子もその少女の側に近づいた。 「小春……小春だ……」  ノリ子は大粒の涙を流し、小春を抱きしめた。  だが、それは氷のように冷たく、人形のように動かなかった。  ゆっくりと小春から離れるとノリ子は膝から崩れ落ちた。 「貴様ら! 小春様に近づくな!」    本殿の入り口にタカエが血の付いた短刀を持って立っていた。 「そんな! カムイさんは!」 「ノリ子ォ! 貴様もなぜわからないんだ!」  タカエはノリ子に向かって走り出し、短刀をノリ子に突き刺したと思われた。  そのとき、ノリ子は何かに引っ張られ、後ろへ倒れるとノリ子の代わりに刺された者がいた。  それは信じられない光景だった。  動くことなどできるわけのない小春がノリ子をかばったのだ。  小春は短刀で刺されるも倒れることなく立ったままだった。 「そんな小春様……どうして……」  タカエは取り乱し、ロウソクを倒した。  ロウソクの火がタカエの巫女装束に燃え移り、徐々に火が広がっていった。 「カスミ、ノリ子さん! 本殿から出ますよ!」  「あ、あ……」   茫然自失となったノリ子の頬をカスミは叩き、ノリ子を立ち上がらせた。 「小春! お姉ちゃん!」  燃え上がる本殿に向かってノリ子は叫び続けた。  カスミとリンエンは血にまみれているカムイに気が付いた。 「カムイ!」  カスミはカバンから医療道具を出し、急いで止血をした。 「カムイさん……大丈夫ですか」  カムイが入院している病院にノリ子は来ていた。  あの事件から一週間が経った。  ノリ子たちは取り調べを受けたが、タカエの罪を立証出来たのは村に出入りしていた小春の信者たちだった。 「ああ。カスミの手当が迅速だったおかげでなんとか生きているよ」  「人眼村(じんがんむら)に出入りしている人たち、小春に救いを求めていたんですよね」 「その人たちの証言でボクたちが犯罪者にならずに済んだからね」 「カムイさん、死んだ人が立ち上がることってあるんでしょうか?」 「死後硬直で稀にあるらしいが、ノリ子を守った時の小春はどうだったかわからない」 「お姉ちゃんも小春もいなくなっちゃいました……」 「……」 「でも、私は平気です。私にはカムイさんたちがいますから」  ノリ子はカムイに微笑んだ。                                  了   
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