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第二話
大学のB棟の一階の東の端っこのドアの前にノリ子は立っていた。
ドアには『オカルト研究部』と書かれた黄ばんでところどころ破れている紙が貼られていた。
(ここに出入りしていると私もオカルト研究部みたいに思われるんだよな……)
ノリ子は息を飲み、三回ノックをした。
「はーい」
「失礼します!」
「ははーん。子どもの頃の友達が当時の姿のまま現れた……か」
そう口にしたのは、オカルト研究部、部長『森山カスミ』だ。
セミロングの金髪に白衣、丸いメガネという特徴を言えば大学内では一発で特定できる人物である。
体験談を話すとカスミは悩みを聞いて一緒に考えてくれるような様子に見せかけて、笑いをこらえていた。
オカルト好きのカスミからしたら身近な人物の実体験は貴重な資料だ。
カスミのことは好きだが、恐怖体験を喜ばれるのはあまり嬉しいものではない。
カスミ自身、事件などが好きなわけではない。
あくまで、なぜ起きるのか、未知なるモノの正体は何なのかといった好奇心から来るものである。
カスミが王として支配している部室には心霊、UMA、UFO、超常現象関連のモノがあるのは当たり前だが、中には、凶悪事件の当時モノの新聞や書籍、ドキュメンタリービデオ、 実話を元にした映画などで溢れかえっていた。
とてもじゃないがノリ子ではなくとも、なるべく近づきたくない、逃げだしたくなる部屋であろう。
カスミはカムイと同学年であり、ノリ子のもう1人の馴染みある先輩で同じアパートの住人だ。
なぜ、アパートで会って話さないかというと、カスミはアパートにいる時間より、部室など大学にいる方が多いのだ。
そして、部室よりもオカルト関係の本やモノで溢れかえっている。
ノリ子は一度その部屋を見てから行っていない。
カスミは「遠慮せずに来てもいいのに」というが、ノリ子のメンタルが持たないのだ。
「それで、カムイはなんて言ってたの?」
カスミはコーラを飲みながら、キャラメルを口に放り込み、聞いてきた。
見ているだけで、胃が糖分でいっぱいになりそうだ。
カスミ曰く、『オカルトは頭を使うから』ということらしく、いつもコーラと何かしらのお菓子を常備しているのだ。
頭を常に動かしているから太ることはないとわざわざ言ってくることもあり、カスミの自慢のひとつだそうだ。
「えっと、悪霊ではない……と」
「それだけ?」
「はい」
カスミは頭痛でも起こしたのか額に手を当てた。
「あのバカ……」
カスミは冷蔵庫から客人専用の500mlのお茶をノリ子の前に差し出し、自分は1リットルのコーラを飲みだした。
「何で悪霊じゃないとか、どう大丈夫かとか普通説明するでしょ……自分がわかってるからって人に言わないの本当にアイツの悪い癖!」
カムイに対しての怒りとはわかるがノリ子は自分が悪いことをしてしまった気がして、申しわけなく感じた。
(今日はなんだか人を怒らせてばっかりな気がする……)
「ノリ子ちゃん、安心して、カスミお姉ちゃんが一緒に心霊現場検証してあげるから!」
「あ、よろしくお願いします」
元々、頼む予定ではいたが、別方面でやる気を見せられてしまい返事が平坦なものになってしまった。
が、カスミはノリ子の反応など気にせずノートを広げ検証するための計画を書き始めた。
このように、ノリ子の周りには心霊、オカルトといった類の専門家がふたりもいたのだ。
「そういえば、カムイの部屋の本の山、崩しちゃったんだっけ?」
「ええ。やっぱり本好きの人にとって本はもはや命のように大事なんだと思って反省しました。まさか、あんなに怒るとは……」
「まあ、そうは見えないけど、結界だからね」
「けっ……かい?」
ノリ子とカスミの間に沈黙が流れた。
「何? そのことも言わず、怒ったの?」
「えっと、いかに貴重な本だったかとか本の誕生から歴史と尊敬している作家……」
「ごめん……カムイの代わりに謝らせて……」
「いえ、泊めてもらったのに散らかしちゃったのは私なので」
「ああ。そうか、ノリ子ちゃんに知られないようにしていたのか……でも、いまさら隠しても遅い気がすんだけど……」
カスミは顔を覆いながら、自分で確認するかのようにひとり言を口から漏らした。
「えっと、あの結界と本の山に何か関係が?」
「カムイの部屋の本の並びには法則性があって、それが魔法陣みたいになってるらしいの。どういう法則で積まれているのかは、アタシもわからないんだけど、とにかくそれが結界になっているんだって。だから、アイツ以外はあの本を動かしちゃいけないんだって」
「な、なるほど……」
(なんで、本で作っているんだろう……?)
「お札で作れないのか? ってアタシも聞いたんだけど『これがボクの聖域のスタイルだ』って」
ノリ子の心の中の疑問をカスミは答えた。
「確かに聖域だけど、あれじゃ身体悪くするだろ。本のためにってカーテンは閉めっぱなしだしさ」
(まあ、確かにそうだけど……)
ノリ子は部室を見回し、カスミの部屋を頭に思い浮かべた。
(カスミさんの部屋も健康に良いと言えるのだろうか……)
カスミはキャラメルを一気に三つ、口に放り込み、コーラを飲み干した。
普通に見たらカムイよりカスミの方が身体に悪いように思われる。
「まあ、アタシの部屋や部室も一種、結界を張っているみたいなものだけどさ」
「え!?」
思わず声が大きくなった。
「何を今さらにおどろくかな? だって、この部室やアタシの部屋って人が好んで来るような場所じゃないじゃん」
「ま、まあ、そうなのかな……?」
(自覚あったんだ……)
「結界とはつまり、そういうこと。来てほしくないモノから守る空間ということ」
「なるほど」
カスミの自分の部屋を例えた説明は意外にもわかりやすかった。
「つまり、そうは見えないけど結界であったりするものが日常にはあるってこと」
ノリ子は自分の部屋を頭に浮かべる。
カムイやカスミほどの個性はないが見ず知らずの人がズカズカ入って来られたらイヤだろうなとは思う。
とくにCDデッキの位置を勝手に移動させられたら怒るかもしれない。
「まあ、結界の話しはこれくらいにしてと……」
カスミは会話しながら現場検証を行うための手順を書き上げていた。
「手順といっても、難しくはないよ。このあと、何か予定ある?」
「今日は何もありません」
「じゃあ、一回、アパートに帰ろう。そうしてから現場検証するよ」
「え? 今日するんですか?」
確かに頼みはしたが、まさか、そんなすぐに行うとはノリ子は思わなかったのだ。
「日が経つほど痕跡は薄れていくからね」
カスミは白衣を脱ぎ、ハンガーにかけ、カスミ専用のロッカーにしまうと、棚から何冊か雑誌を引き抜き、ほかの棚からはファイルを取り出していった。
雑誌やファイルは一冊一冊は薄いとはいえ二十冊ともなれば重量は数キロ単位になってしまう。まるで登山装備だ
カスミは雑誌とファイルたちをランドセルに教科書を詰める小学生のように入れていく。
ノリ子はカスミとは正反対に講義分の必要教科書と筆記用具しか持ってきていないので、 肩掛けバッグは薄っぺらかった。
カスミがリュックサックを背負うと後ろによろけ、体勢を整えるため、前かがみになりと、インテリア雑貨の水飲み鳥を彷彿とさせる動きのようにノリ子には見えた。
「カスミさん、そんなに本を持っていかなくても……」
「いやいや、検証するには、これくらい……むしろ、これでも少ないくらいなんだから」
「はぁ……」
現場検証と自分で依頼したとはいえ、何をするのかは全く考えていなかった。
漠然と現場を一緒に見てくれれば良いと思っていただけなのだ。
まさか、カスミが刑事ドラマで見る鑑識のようなことをこれから始めようとしているのをノリ子は申しわけなく感じた。
「さあ! ノリ子ちゃん! 行こうか!」
リュックサックの重さになれたのか、カスミは遠足に行く子どものように張り切っていた。
その遠足……現場検証を依頼した本人のノリ子は少し自責の念に駆られていた。
「さあさあ、部室閉めるから一回出ようねー」
「あ、はい」
ガチャリとドアの鍵が閉まる音は自ら逃げ道を塞いでしまったかのようなイヤな音にノリ子の耳には聴こえた。
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