第三話

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第三話

 カスミは準備があると一旦、アパートに戻り、カメラ機材を運んできた。 「大学から自転車で5分。私たちのアパートからだと歩いて20分てところか」 「あの、カムイさんも一緒に現場検証はどうでしょうか?」 「霊能者からの視点と科学的視点は違うから、参考にするならふたつの視点が必要でしょ?」 「なるほど。そうなんですね」 と、言いつつノリ子はその違いがよくわかっていなかった。  ノリ子はカスミを連れ、再び、踏み切り前へと訪れた。  人通りはあるが、現場検証ができないほどではない。  夕方に差し掛かろうとしているため、太陽が傾いている。  現場検証の打ち合わせを始めると、カスミはある1枚の写真をノリ子に手渡した。 「あ。そうそう。この写真。ちょっと見といて」  キャビネ版に引き延ばされた写真。  それは何の前置きもなく見ると…… 「な、なんですか!? これ!?」  ……と。声が漏れてしまうようなものだった。  ノリ子が受け取った写真には、三人の女の子が肩を抱きあって笑顔でいる写真。  しかし右側にいる女の子は違った。  顔がねじれているかのように曲がり、その周りには微かに死の世界の入り口を連想させるような黒いオーラがまとわりついている。 (……心霊写真……どうして、こんなの……?)  カスミはノリ子の驚いた顔を見てニヤつきながら言った 「ひひひ。かかったね? それは偽造『心霊写真』」  カスミはノリ子に『偽造心霊写真』の解説を始めた。 『偽造心霊写真』  それは、露出調整を使った手品であった。  撮影の際にフィルムに光を当て画像を焼き付けることを露出、露光という。  レンズが取り込む光量が少ないと写真は黒くなり、多すぎると白くなる。  そこで鮮明な写真を撮るために必要なモノが『レンズの絞り』『シャッター速度』の露出調整である。  例えるならば、絞りは『(まぶた)』。シャッター速度は『被写体』を『見ている時間』と呼べるだろう。  暗い場所で写真を撮る場合、絞りを『大きく開く』かシャッターを『長く開く』かする。  そうすることで多く入り、暗い場所でも明るく撮ることができるわけである。  それを応用したのがノリ子に渡した偽造心霊写真だった。  シャッターを数秒程開く。  光が入り過ぎると写真が白くなるので、絞りを最小限にする。  次に被写体となる人物に、自然な雰囲気を作ってもらう。  撮影が終わる数秒間は動かないように指示する。  そして、被写体に頭部を激しく振ってもらう。  静止している中で被写体が頭部だけを動かしているので不気味な写真が出来上がるのだ。  さらに工夫で周りが笑っていることにより不気味さと不吉な雰囲気が増すという。 「偶然に心霊写真のようなモノが撮れてしまうのは『手振れ』が原因だった場合が大半かな。シャッターの速度が遅く、手が震えてしまうと全体的に画面が歪んじゃうの。それで固定したカメラで被写体が動いてもらえばそこが歪む。黒いオーラっぽいのは髪の毛」 「は、はぁ……」 「さらに補足すると『これは心霊写真だ! 呪われるよ!』……といえば、人は簡単に騙されちゃうの。写真の知識があったりすれば、案外この正体に気が付くと思うな。まあ、最近出てきたカメラには手振れ防止機能があるモノもあるらしいから、偶然の心霊写真や偽造心霊写真はしばらくしたら撮るの難しくなるかもね。だから、この写真はデジタルじゃないカメラで撮ったってわけ」 「そ、そうなんですね……」 「大昔に人間の目は誤魔化せてもカメラの眼は欺けない……って決め台詞があったんだけど、どっこい。条件を満たせばカメラは簡単に嘘をつく。これは、その実験のために撮ったものなんだ」  ノリ子は記憶力は良いが、急なカメラの説明に脳が付いていくので精一杯だった。 「なので。今回は心霊写真を撮りに来たわけでも無く、あくまで、現場検証だからデジタルカメラ持ってきた。こいつはフィルム式のカメラと根本的に原理がちがうからね。ときとして意外な事実も写す。電子機械と肉眼の勝負てわけだね」 「なるほど……」  カスミの偽造心霊写真講座が終わるといよいよ現場検証が始まった。 「さて。とりあえず、当日と同じ場所に立って。アタシは……その小春ちゃんが立っていた場所から写真を撮るから」  カスミは腰を屈め、小春の視線を再現しながら写真を撮るというこだわりを見せた。 「今度は逆で、アタシがノリ子ちゃんのいた場所から小春ちゃんがいた場所を撮る。ノリ子ちゃんが小春ちゃんのいた場所に行く。腰は屈めなくて大丈夫だから」  ノリ子は言われた通り、小春のいた場所に立った。  子どもの小春からは自分がどう見えたのだろうかと写真を撮られるわずかな時間に考えた。 「そうそう。次はノリ子ちゃんが小春ちゃんのいた場所から、いないバージョンを撮って、そして、録画バージョンで同じことをする」  現場検証は細かく行われたため、時間がかかり、終わる頃には日が完全に落ちる前だった。 「カムイの霊視と比較するには、これでもか!ってくらい細かくやらないと比較のレベルにまでいかないからね」  カムイの霊能力を信頼してのカスミの言葉はお互いの信頼関係も現す。 (……科学と霊能は敵対ばかりでなく協力も出来るんだ)  その関係にノリ子は頼もしさを感じた。 「カムイさんとカスミさんて、その……変わってますね」 「まあ、伊達に『怪奇アパート』って呼ばれてないよねー」 「え、あのアパートにそんなあだ名が付いていたんですか!?」 「アタシたちが入居する前から言われてるからアタシたちのせいじゃないよ」 ノリ子は三か月住んでいるが初めて聞いた話だった。 (じゃあ、私も怪奇アパートの住人の……)  その先の言葉を想像するのをノリ子はやめた。
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