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第四話
「カスミと現場検証に行っただって……?」
「はい。霊能者からの視点と科学的視点は違うからって」
「うーむ……。それでも呼んでくれたっていいのに……」
「だって、カムイさん。あの時間は寝てるか本読んでるじゃないですか」
「起きたかもしれないし、本を読んでいなかったかもしれないだろ」
「そこまでカムイさんに気をつかえませんよ」
カムイは納得できないといった表情でふてくされていた。
「はい。お茶ですよ」
今回は珍しくカムイがノリ子の部屋へと来ていた。
「ノリ子は好きなモノはないのか?」
「好きなモノですか? ……ハンバーグ」
「好きな食べ物じゃなくてだな」
「じゃあ、音楽」
「あんまり、そうは見えないな」
ノリ子のCDデッキの横には10枚ほどのCDが立て掛けてあった。
3枚はクラシック、2枚はアニメのサウンドトラック、3枚は流行りのJPOP、2枚は落語というバラバラなもので、落語に至ってはCDであるというところしか共通点がない。
「落語にも人それぞれの抑揚のつけ方とかテンポとかありますよ」
というのがノリ子の言い分だ。
「まあ、そうだな」
「音楽好きがみんな、大きな棚にCDやレコードを入れていたり、限定品ポスターを部屋に貼ったりしてるわけじゃないですよ」
「他に聴きたい曲があるときはどうするんだ?」
「MD」
ノリ子は机の引き出しをガラッと開けると大量のMDが出てきた。
それを見た、カムイは笑い出した。
「変ですか?」
「いや、少し安心した。ちゃんとノリ子にも趣味とかあるんだなって」
「カムイさんやカスミさんほどではないですが、ありますね」
ふたりの間に沈黙が流れ、カムイのお茶をすする音だけが部屋に響いた。
「何か曲、流しても良いですか?」
「良いよってここはノリ子の部屋なんだからボクの許可なんて取らなくてもいいんじゃないか?」
「いや、ほら社交辞令というかなんというか」
「はいはい」
CDデッキから音楽を流した瞬間、カムイは含んでいたお茶をふき出しかけた。
「な、なんでウィリアム・テル序曲なんだ?」
運動会で流れる定番クラシックソングとして有名な曲だった。
「気分が盛り上がるんでよく聴いてるんですよ。ダメですか?」
「うーん。ダメではないが……」
「この曲、流したまま金縛りにあってたから今は良い印象ないんですよね……」
「じゃあ、流さなくて良いだろ……」
「これはどうです?」
流れてきたのはまたもや運動会定番クラシックのクシコス・ポストだった。
「なんで運動会メドレーなんだ?」
「元気になるから……ですかね」
「ボクは運動会がキライだったから元気にはならないな」
「あ、そうだったんですか! なら、先に言ってくださいよ!」
「運動会メドレーを流すとは思わなかったからな」
「すみません。自分の部屋だったので、そこまで考えていませんでした」
「まあ、そう言ったけど……」
カムイは苦い顔をしながら壁掛け時計に目をやると立ち上がった。
「そろそろ時間だ」
「あ、本当ですね」
「ちょっと着替えてくる」
「じゃあ、私はカムイさん家の玄関前にいますね」
アパートの廊下の蛍光灯がチカチカと点滅している。
(昨日までは蛍光灯しっかり点いていたのにな……)
蛍光灯の点滅がうっとうしく感じるのは、明かりを奪われそうになる恐怖からだろうか。
カムイを待っている時間がどこまでも続く気がしてノリ子は不安になった。
ノリ子の心霊体験は昨日、今日のことだ。
夜にひとりにさせられるのが不安にならないはずはない。
「カムイさんまだかな……ん?」
何かがぶつかる感覚があった。
ノリ子は無自覚にドアに寄りかかっていたのだ。
「ドアが壊れたかと思ったぞ」
「ごめんなさい」
ジーパンに履き替え、Tシャツにスカジャンと意外にも一般的な格好でカムイが現れた。
普段着ている男モノの着物に袴はあくまで部屋着らしくアパート内だけの格好らしい。
カムイの手にはL字の形をした懐中電灯があった。
「これは胸ポケットやズボンに引っ掻けることができるから便利だ」
カムイはズボンにL字型懐中電灯を引っ掻けると自慢げに電気をつけたり消したりして見せびらかした。
「そうやってつけたり消したりしてると電池すぐなくなりますよ」
「む、真面目なやつめ。ふふ。なんとこれはポケットに掻けることにより、両手が使えるようになる」
「あ、それは便利ですね」
ノリ子はやっとカムイがL字型懐中電灯にこだわる理由がわかった。
カムイは自分で気に入ったモノは人に自慢しないと気が済まないタイプなのだ。
前回は近くにできた100円ショップにとても感動していた。
「これが100円で買えるんだぞ!」
そう言って必要のないモノを買いこみ、カスミに怒られ泣く泣く処分をしたのだ。
以来、カムイは100円ショップへ行っていない。
「なんだ蛍光灯がチカチカとまるで『お化け電気』じゃないか」
L字型懐中電灯の自慢に夢中になっていたせいでカムイは蛍光灯の点滅に気が付いていなかった。
「お化け電気?」
アパートの外に出ると一気に別の世界が広がったかのように静かだった。
近所の住宅から漏れている明かりで人がいることの証明になっている。
「遠くから見ると不気味だからお化け電気ってボクの中でつけた名前だ」
「巫女がお化けって言うのなんだか不思議な感じが……」
「お化けは主に異形のモノの総称で幽霊は霊魂だから別モノだよ。ボクは幽霊が専門だから」
「そうなんですね。カムイさんはお化けを信じていますか?」
「まあ、信じてる……というか信じざる負えないか……『専門家』もいるしな」
(専門家? カスミさんのことかな?)
カムイとの付き合いは三か月ほどになるが、カムイの本職である心霊に関する話はノリ子の恐怖体験のときにほぼ初めてしたようなモノだ。
この会話をきっかけにノリ子は気になっていたことを聞いていこうと思った。
「カムイさんはホラー映画とかで怖いと思ったりすることありますか?」
「怖いと思うよ。むしろホラー映画は苦手だ」
「意外です」
ノリ子は素直に驚いた。
「あんなことが自分の身に起こったりしたらどうしようと思うとゾっとするよ」
「幽霊とか普段から見てるじゃないですか」
「刑事とかに死体を見るの平気ですか?って聞くのに似ているかもね。その質問」
「そうなんですか?」
「普通の人よりは霊を見るし、会話もするけど怖いと思うときだってある。ボクでも勝てないかもしれない相手はいる」
「なんかわかってきた気がします」
(内臓や死体を見るのが平気な人も、もちろんいる。でも、全員が全員、平気なわけではない。慣れや我慢などでなりたっているんだな)
「ボクたちは人の思いを伝えていく仕事だ。責任だってある」
かつての経験を思い出したのかカムイの顔がどこか寂しそうで涙を流してしまうのではないかという表情をしていた。
「なんだか変なことを聞いちゃったみたいですね……ごめんなさい。お好み焼き奢るんで元気出してください」
「あれ、ボクががお好み好きって言ったことあったっけ?」
「毎日食べているところを見ればわかりますよ」
「お好み焼きは美味しい。そして野菜をちゃんと摂取できる優れたフードだ」
「私も好きですよ。お好み焼き。カスミさんも誘って食べに行きましょう」
「なんだ、カスミも誘うのか」
「カスミさんも居た方が楽しいじゃないですか」
「ノリ子が言うなら、仕方ないな。カスミも連れて行くか」
「奢るのは私ですよ」
「だけど、気を付けたほうが良い……」
「何がですか?」
「カスミはとにかく食う……」
「おかわりくらい大丈夫ですよ」
「やつの胃袋は100日間飲まず食わずの練習をさせらてきた男子運動部員並みだぞ」
「例えがよくわかりませんが。まあ、いつも何かしらは食べていますね」
「どうなっても知らないからな」
不毛な会話をしている間に目的地の踏み切りに近づいてきた。
一昨日の出来事が脳裏に焼き付いているノリ子は思わずカムイに引っ付いてしまった。
「ノリ子、暑い」
「だって……」
「安心しろボクがついている」
「は、はい……」
返事はしたもののノリ子はカムイから離れることができなかった。
カムイの巫女としてのチカラを信用していないわけではない。
身体の芯から本能的に恐怖を感じ取っているのだ。
「はぁ……はぁ……」
ノリ子の息が上がっていく。
(カスミさんと現場検証したときはこんなこと起きなかったのに……)
カムイの腕を掴んでいる手に思わず力が入ってしまった。
「……ノリ子、ボクがついてる……」
カムイはノリ子の手を撫で、優しくを肩を抱いた。
「怖いよね……でも、この怖さと向き合わないと真実へ辿り着かないんだ」
ノリ子にかけた言葉はカムイ自身、自分に言い聞かせているようだった。
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