第七話

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第七話

「リンエンからメール来たけど、大変だったね……」  写真の現像が終わったということで、ノリ子はオカルト研究部部室へと来ていた。  部室では珍しくコーヒーの温かい香りが漂っていた。 「カスミさん、リンエンさんのこと知っているんですか?」 「まあ、幼馴染だからね」 「え、え?」  ノリ子の反応に気が付いていないのか、コーヒーに子どもがバケツに砂を入れるかのように砂糖をコーヒーに何杯も入れていた。 「正直、そんなことになっていたならアタシも呼んでほしかったな。現場検証……ってアタシが断ったんだった……」  カスミはノリ子を気にせずひとり会話を続けた。 「カムイが油断……というか失敗? するなんて珍しいなー。結果的には無事だったけど、 あの完璧主義にしてはねー。何が原因だろ……?」  砂糖がどれくらい入っているのかわからないコーヒーに更にキャラメルを入れ、それを棒付きキャンディーでかき回した。  もはや、それがコーヒーと呼べる代物かわからないまでになっているがカスミはひと口飲むと子どものように顔がほころんだ。  虫歯になるとか太るとかそういう次元を越えてしまっているようなカスミの甘党ぶりに、人によっては逃げ出すという。  リンエンとカスミが幼馴染であるという言葉を咀嚼するため、カスミのコーヒーの飲み方を観察してしまった。  そして、やっと咀嚼が終わると口を開くことが出来た。 「あ、あの幼馴染なんですか? リンエンさんとカスミさんが?」 「うん」 「初めて聞きました」 「ノリ子ちゃんが、リンエンと会ったの昨日なんだから、知ってるわけないよ」 「そうなんですけど、なんか奇妙な感じです。昨日お世話になった人が身近な人と知り合いでしかも幼馴染なんて」 「あー。なんか、そういうのあるね。人と人との繋がりの奇跡? みたいな?」 「そうです、そんな感じです! なんか、こういうことを現す言葉ありますよね?」 「『スモール・ワールド現象』だね」 『スモール・ワールド現象』  知り合いを辿(たど)っていくと、どこかで繋がるという現象である。  辿り続けると世界の人とも繋がることができるのだ。  もうひとつの仮説の名前として『六次の隔たり』というものがある。 「まあ、世界は狭いということだね」 「カムイさんとカスミさんで、間接的に私、リンエンさんと知り合いだったんですね……」 「この現象のせいで、有名人の知り合いを名乗る人が後を絶たないというのもわかるねー」 「はー。そうですね……。ごほッ!」  話しながらコーヒーを飲んだ瞬間、ノリ子はむせた。  カスミがノリ子の分もついでに作っていたコーヒーだったのだ。  味覚がカスミ基準に作られていたので、歯が溶けると思わせられるほどの甘味がノリ子の口の中を襲った。  コーヒーが飲めない子どもでも飲もうとしないであろう甘さから逃れるために、急いで、 別のマグカップを取り出し、コーヒーを入れなおした。 「うーむ。アタシのコーヒーを飲むとみんなこうなるんだよね。カムイはコーヒー入れてると先にコーラをくれというし、リンエンは自前のお茶を常に持ち歩いているし」 「あ、あはは。ちょっとカスミさんの味覚のハードルが高いというか……」  ノリ子はひきつった笑顔で無糖のコーヒーで口直しをした。 「やっぱ、アタシほど頭使わないと、この味はわからないか……」  白衣を着て、金色の髪にメガネで理知的雰囲気は格好だけではなく、実際に成績も良いという。 「えーっと、カスミさん、そろそろ写真の方を……」 「そうだった! リンエンのせいで、話しが逸れてたわ!」 「リンエンさんは悪くないですよ……」  写真屋から受け取ってきたという写真は封筒に入れられていた。 「一緒に見るために、中身は数を確認したときにしかチェックしていないから」  机の引き出しから、新品の白い手袋をふたつ出し、ひとつはノリ子に渡し、カスミはなれた手つきで手袋を嵌め始めた。  カスミにならい、ノリ子も手袋をはめた。  緊張からか手汗で手袋を嵌めのにわずかに手間取った。 「指紋が付くと大事な部分が隠れちゃったりしたり、指紋の跡のせいで偽心霊写真みたいになって調査の妨げにならないためにね」  そう言いながら、ゆっくりと封筒から取り出した。  枚数は十五枚。  最初に出された写真はノリ子もカスミも立っていない、無人の状態で撮られたモノだった。  写真は、踏み切りと民家が写り込んでいるだけだった。 「これは問題……無さそうですね」 「いきなり、出てこられたら、それはそれでイヤだけどね」  次の写真はカスミが小春視点でノリ子を撮ったときの写真だ。 「この写真撮った後、腰が痛くなったんだよねー」  カスミは腰をさする仕草をした。 「頭は使うけど身体を使う機会は無いからなー。頭脳派のツラいところだよ」 「これも……とくに問題はないですよね?」 「無いねー。うーん。無いねー」  虫眼鏡を近づけ、隅から隅までチェックし、光で透かしてみたりと一枚一枚行っていった。  写真はひとつの視点で五枚ずつ撮っていた。  五枚の写真を一枚、一枚チェックするのは中々に精神を使うものだった。  小春視点で撮った写真にも変化はなかった。 「この視点の写真も変わったところは無し!」 「あと一つの視点の写真ですから頑張りましょう!」 「うーん。何も写って無い方が良いに決まってるし、そもそも成仏させちゃったんだよねー……」 「そうらしいです……」 「いかん! 写真にもう意味がないなんて考えては決していかんぞ!」   カスミは自分の頬を両手で叩き、気合を入れた。   最後はノリ子の視点から小春の位置に立つノリ子を撮った写真だ。 「ノリ子ちゃんの視点からノリ子ちゃんを撮るっていうややこしい写真ね」 「これも公平な撮り方なんですよね?」   カスミは手順通りに写真を観察した。 「この写真……」 「何か変わったところありました?」 「変わったところは無いけど……なんだろ……気配……?」 「気配?」 「写真から人の気配みたいなモノを感じる」 「か、カスミさんにも霊能力があったんですか……?」 「巫女とか祈祷師に囲まれていたら薄っすらだけどついちゃったんだよ」  光にかざしながら虫眼鏡を近づけたり遠ざけたりをカスミは繰り返していた。 「幽霊が写真に出てくるときは『見つけてほしい』か『よほど怒ってる』ときとかだからなー」 「この写真から何の感情があるんですか?」 「それはわかんない」 「わかんないんですか?」 「アタシは薄っすら感知できるだけで、人より、霊能に関する勘が少し働くレベル。だから、そこまではわからない。だから、専門家のカムイやリンエンがいるわけ」 「なるほど……」 (料理ができるからって、全ての人が料理人なわけではないみたいなものか……) 「……気配が強くなってる……」 「……」  ノリ子は唾を飲んだ。  最後の写真にノリ子も只ならぬ気配というものを感じていたからだ。 「次が最後の写真か……」  五枚目の写真をめくったとき、カスミとノリ子は時が止まったかのように固まった。  ノリ子の視点から撮った写真にいるはずノリ子がいなかった。  そして、ノリ子の代わりにいないはずの赤い着物の少女が写っていた。 「嘘……でしょ……?」 「な、なんで……こんな……?」 「こんなの心霊写真ってレベルじゃないぞ!」  カスミは思わず、テーブルを拳で叩いた。  その写真は知らない人が見れば、着物の少女を写した、ごく普通の写真にしか見えないであろう。  だが、真実の写真にはノリ子が写っていなければならないのだ。 「カスミさ……ん、確か、動画……ビデオも撮ってましたよね……?」 「そうだよ……。だけど、アタシたちだけで、見るのは危険だ……」  テーブルに突っ伏したカスミは恐ろしさで身体の震えが止まらなかった。  ノリ子は赤い着物の少女の写真を手に取り、手袋越しにその少女を撫でた。 「……小春なの?」  写真は返事をしなかった。
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