第八話

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第八話

   ノリ子とカスミはオカルト研究部部室から駆けこむようにカムイの元へと訪ねた。  カムイは部屋から出てきて玄関で、写真が入っている封筒を受け取った瞬間、言った。 「これは完全に『小春』だ。魂があのときと似ている……いや、同じものだ」 「封筒に入ったままっていうか写真を見ずに!?」  さすがのカスミもカムイの即答の透視に驚いた。 「封筒なんて開けなくてもこれほど「念」が溢れ出してれば見なくてもわかるし、写真に何が……「誰が」写っているかもわかる」  答え合わせをするかのようにカムイは封筒を開けると「ほらな」と手品の種明かしを見せるかのように、ノリ子とカスミに小春が写っている写真を見せた。  カスミは呆気に取られ、ノリ子はその写真から顔を背けた。 「ここまで自分をアピールするとは、よっぽど見て欲しかったんだな……自分を」  ノリ子がしたようにカムイは写真の小春を顔を何度も撫でた。 「カムイ……ビデオも撮ってあるんだけど……」 「それを見せてもらおうか?」  そう言ったカムイの目は視界に入るモノを切り裂いてしまうように鋭く、全てを見通そうとする意志が宿っていた。  その目を見たとき、ノリ子は自分でも正体がわからない恐怖をカムイに感じた。 「じゃあ、アタシの部屋へ来て」  カスミの部屋は黒い壁で覆われていた。 「相変わらず怖い部屋だな」  一見、黒い壁に見えるが、大量のホラー関連の本やビデオが棚に仕舞われているせいだった。  ホラー、オカルトを扱った作品は背表紙が黒いモノが何故か多いため、このような棚になってしまった。  さらに、カーテンも黒く、部屋の隅には人体模型と骸骨の模型が飾ってあった。 「カスミさん……なんで、こんなモノが?」 「死体の損傷部分の位置を確認するため」 ビデオを見る準備をしながらカスミは当たり前のことを聞かれたときのように答えた。 「は、はぁ……」  ノリ子はなるべく人体模型と骸骨を視界に入れないようにカスミの部屋を観察した。 (以前来たときも驚いたけど、モノ増えてるな……) 「……ソドムの市もあるのか……」  棚に納まっていた一本のビデオを取り出すとカムイはパッケージを表、裏と交互に見た。 「見たければ貸すよ」 「遠慮する」 「どんな映画なんですか?」 「ああ。それはね……」 「カスミ、いいからビデオの用意をしてくれ。ノリ子、えーとっ……まあ、後で映画の内容は話す。それで見たくなれば見ればいい……」 「へ、へぇー……」 (カムイさんの反応からして、なんかとんでもない映画なんだな……) 「よし、ビデオの準備できたよ」 「ずいぶんと時間がかかったんじゃないか?」 「買ったばかりで、慣れてなくてね」  テレビとビデオを繋ぐケーブルが運命を結ぶ黒い蛇のようにうねっていた。 「じゃあ、映すよ」  三人がよく見る踏み切りがテレビ画面に映し出された。 「一昨日のことなのにビデオで見るとずいぶん昔みたいに感じるね」  写真と同じように視点を切り替えて撮られていた。  そして、小春が写されていた写真と同じ視点に切り替わった。  何も映っていないと思われた数秒後に異変が起きた。 「……ん?」  カスミが気付き、目を凝らして画面を凝視した。 「黒い……何、これ?」  何もないアスファルトに黒い影が浮かび上がっていた。  ノリ子とカムイはその影に覚えがあった。 「これって……あのときと同じ……」  ノリ子は怖さからカムイの着物の袖を無意識に握っていた。  黒い影から生えてくるように赤い色が浮かび上がってきた。  三人はその正体がわかっていた。  小春だ。  そこから小春が浮かび上がってくるのを予想した。  だが、それは予想を裏切るかのように、ある部分で止まった。  首だ。  首の部分まで浮かび上がるとピタリと止まったのだ。 「頭がない……」  頭部がない着物を着た少女が画面の中に現れたのだ。 「な、なんで首がないの……?」  カスミもノリ子もすがるようにカムイを見た。  カムイはふたりの反応に気が付かないほどに画面に集中していた。 「キミは小春なのか?」  画面に向かった首の無い少女に言葉をかけた。  カムイの声に呼ばれたかのように、少女はビデオの方に向かって歩き出した。  頭部が無いせいなのか足取りが不安定だった。 「こ、こっちへ来る……!」  カスミとノリ子はカムイの側にピタリとくっついた。  頭部の無い少女はビデオカメラから1メートルほど離れた箇所から指をこちらへ向けると宙に何かを描くように動かした。 「あれは何してるの……?」  カスミは呟いた。  指の動きが止まると少女の身体は薄くなっていき静かに消えてしまった。  映像はそこまでだった。 「カスミ、もう一度、あの指の動きの部分を映し出してくれ」 「…………」  カスミは声も出さずに、再生した。 「スローモーションに出来るか」 「で、できる……」  カスミはスローモーションでスタートし始めると指の動きに合わせてメモにボールペンを走らせた。  指の動きは宙に文字を描いていたのだ。  そして、それは人の名前だった。  その名前は……。 「の、り、こ……」  カスミはゆっくりと声に出した。 「あ、あ、あ…………」  ノリ子もカスミも絶句した。 「カムイ!? これはどういうことなの! 成仏させたんじゃなかったの!?」 「やられた……」 「やられたって……?」 「ボクが成仏させたのはダミーだった。本体はまだ、いるんだ」 「どこにいるっていうの!?」 「…………」  カムイは黙ってしまった。 「アンタの霊能力でもわからないの?」 「ノリ子、小春とは一体どういう少女だったんだ? それにあのとき歌っていた歌はなんだ?」 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい……」  ノリ子はいつの間にか座り込み、首をもたげて歌を歌った。 「その歌は……」 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い……」 「ノリ子ちゃん、どうしたの?」  カスミの問いにノリ子は答えず歌を歌い続けた。 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い……」 表情を変えず、一定の間隔で歌い続けた。  カムイとカスミはその様子をただ見続けた。 「()ぶなってなんなの?」 「黄ぶなは栃木県の伝説だ」 「伝説……?」 「天然痘という感染症が流行ったとき、偶然釣れた黄色いフナを食べたら病が治ったという伝説だ」  ふたりはノリ子の歌の歌詞を書き出し、黄ぶなの伝説と照らしわせた。 「悪い病は黄ぶなで治せ……」  それは黄ぶな伝説そのものを歌った歌だった。 「カムイ、ノリ子ちゃんどうなっちゃうの……?」  カスミの言葉を聞いての行動なのか、カムイは袖の袂からじゃらりと音を鳴らしながら数珠を取り出し、ノリ子の額に右手でゆっくりと数珠を撫でるに当てた。 「黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い……黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃ……る……に……」  歌が徐々に途切れて行った。 「止まった……?」 「いや……」  歌を止められたノリ子はカムイの腕を掴み、自分に当てられている数珠を離そうとした。 「ぐッ……!」  カムイは額から数珠を離さないように左手で右腕を抑えた。 「黄ぶなや…… 黄ぶ……な 祟り鎮め……よ 長……患いの 良い子はおんもで遊びた……い ……は……で治せ 良い……が……に 黄ぶな……楽にな……る」  額から数珠がわずかに離れるたびに歌が歌われる。  ノリ子から出されているとは思えない力でカムイの右腕は捕まれ続けているせいで、腕が紫色に鬱血(うっけつ)していた。 「……待てば良い ……行けば良い……黄ぶなや ……祟り鎮めよ ……んもで遊びたい 悪い病は……で治せ ……様がおっしゃ……る……に……がぁッ!」  カスミはノリ子の口を後ろからタオルで塞いだ。 「ノリ子ちゃん、ごめん!」 「……!……!」  猿轡(さるぐつわ)のように口をタオルで縛りつけるとカスミはノリ子を羽交い絞めにし、なんとか押さえつけようとした。  歌を無理やり封じられ、カムイを掴んでいた力がわずかに抜けた。  カムイは腕を引き離すとノリ子の心臓部に数珠を当てた。 「今はおやすみ……ノリ子……」  その言葉でノリ子から完全に力が抜け落ちると眠りに落ちた。 「寝た……?」 「眠った。半日は起きないはずだ」 「はぁー……」  カスミは大きくため息をついた。  カムイも疲れからドサッと腰を降ろした。 「カムイ、腕大丈夫?」 「大丈夫だ。折れてはいないからな。それより、ノリ子のタオルを外してやってくれ」 「あ。そ、そうだね……」  恐る恐るタオルを外すと、ノリ子の静かな寝息が聴こえてきた。 「良かった……」 「カスミ、ビデオを貸してくれないか?」 「良いけど、どうするの? お祓い?」 「それもあるが、リンエンにもこの映像を見てもらいたくてな」 「そう……だね」 「あ、リンエンもボクも機械苦手だったな。カスミ、そのときは頼む」  両手を合わせて、頭を小さく下げているが声に心がこもっていないように聴こえる言い方だが、これがカムイという人間だ。 「あー……わかった。うん。そうだよね……」  こうなることをカスミはわかっていたが、自分ももう一度あの映像を見ると思うと鳥肌が立った。 「カスミはオカルト大好きでこんな部屋に住んでいるのに怖がりなんだな」 「遭遇したいと思っても、心の隅ではやっぱり怖いモノは怖い気持ちはあるからね」 「ボクもホラー映画怖いからわかるよ」 「本物を見ている人間がフィクションを怖いなんて不思議ね」 「自分でも思うよ。正直、今すぐにでもこの部屋から出たいくらいだ」 「なら、さっさと出ていけ」 「ノリ子はどうする?」 「とりあえず、起きるまでアタシの部屋で寝かせておくよ」 「ありがとう。リンエンはボクが呼んでくるから」 「わかった。でも、最近、忙しいみたいなんでよね」 「無理やりにでも時間を作らせて引きずってでも連れてくる」 「そこまで、やられそうになったらアイツも来るでしょ」  ビデオは安全のためにお(ふだ)が貼られ、カムイの部屋へと持っていかれた。 「カムイはもうダメなのではないですか?」  湯気が立ち上り、見ているもので熱いと思われる茶を湯呑ですすりながらリンエンはテストの結果が悪かった生徒でも見るかのように深刻な表情をして言った。 「リンエン、その言葉はひどいんじゃないか? 名誉棄損に値するぞ」  リンエンの家の客間でカムイとリンエンはふたりでは大きすぎるほどの座卓を間に向き合っていた。 「二回連続で失敗しているんです。もう引退した方が良いわね」 「それは……」 「今回はカスミも危険にさらされたんですよ。さすがの私も怒りで腸が煮え切ります」  リンエンの切れ長の目がカムイの心に刃を向けた。 「(あずま)家はかつて神代家の巫女に救われた。そこから、我が(あずま)家の歴史が始まったと言っても過言ではない」 (また始まってしまったか……)  足を崩し、冷ましていたお茶をすすり、カムイはある態勢に入った。  リンエンの癖で怒り出すと自分の家の歴史を語り出す。 その話はとても長い。  怒らせないように気を付けていたが今回はカムイの責任が全面にあるので、おとなしく話を聞きに入る。 「神代家が偶然にも東家に来てくれたから今がある。ただの巫女ではなく『歩き巫女』であったおかげで、私の家系は途絶えることなく、私も今ここにいて、祈祷師を受け継いでいる」 『歩き巫女』 神社に所属せず、全国を旅し、祈祷などを行っていた巫女のことである。 別名『口寄せミコ』とも言い、神や死者の言葉を仲介する。 歩き巫女は『くノ一』であったり『旅芸人』だったり『遊女』であったりと様々。 カムイの家系はくノ一……ということになっているが、実際のところはわからない。 全部口頭、つまり『口伝(くでん)』で繋いできたのだ。 実はリンエンの(あずま)家の言い伝えも口伝であるため、どこまで事実かわからないものであるが、リンエンはそれを常に真実として胸に刻み誇りに思っていた。 その思いが強すぎるが故に、カムイの今回の失態が許せなかったのだ。 「神代家歴代で最高の霊能力を持っていると言われる貴女が何故、こんな失態をするの……」 「確かに最高で最強と子どもの頃から言われてきた。でもボクは巫女である前に人間なんだ。失敗だって……」 「人間だから失敗が許されると思っているの?」 「……リンエンもあのビデオを見ればわかる。そして、これを最初に見せておくべきだった」  カムイは封筒をリンエンの前に置いた。 「これは? 賄賂というわけではない?」 「こんな広い客間持った家に貧乏大学生が金を渡すわけないだろ」 「冗談よ」  リンエンが封筒を開けると写真が入っていた。 「以前の踏み切り?」 「写真を一枚一枚見ていってくれ」 「正直、もうこの時点で強いチカラを感じる」  一枚一枚見ていくリンエンに顔が強張っていく。 「なるほど……」  例の小春と思われる少女が写っている写真にリンエンは辿り着いた。 「カムイ、悪かったわ。今回は貴女に非はない」 「はは。わかってくれたなら、ボクも名誉棄損を取り消すよ」 「なんて強い思いなの……この子はなぜこんな強い思いを持っているの?」 「……リンエン? 黄ぶなというものを知っているか?」 「黄ぶな? 確か、栃木県の伝説だったはず」 「小春はリンエンが来てくれた、あの夜に黄ぶなの歌を歌っていたんだ」 「それで?」 「ノリ子はビデオを見終えたとき、小春が歌っていた歌を歌い出したんだ」 「取り憑かれたの?」 「いや、あれは取り憑かれたというより、記憶……からのモノだろう」 「深く眠っていた記憶が一時的に呼び覚まされたというわけね」 「ノリ子は子どもの頃に、病気で何度も大学病院に行っていたらしい」 「病気……黄ぶなは病気を治す伝説……」 『黄ぶな』  江戸時代、下野の国、宇都宮に黄色いフナを食べさせたところ、病が治ったという伝説がある。人々は黄ブナを神仏のご加護と感謝し、正月には玩具を作って祀り、無病息災を願ったという。 「同じ歌を歌っていたということは小春もノリ子も同じ病だった可能性がある」 「住んでいた地域が同じなら同じ歌っていても不思議ではないのではないんじゃないの?」 「そもそも黄ぶなの歌なんて存在しないんだ」 「なんですって?」 「ボクの部屋にある本は都道府県の伝承を集めたモノがあるんだが、黄ぶな伝説は載っていたが黄ぶなの歌についての記述はなかった」 「小春とノリ子さんは何の病で病院に通っていたの……」 「ノリ子自身もそれは覚えていないらしい。だけど、必ずそこにヒントはある」 「記憶を引き出すの?」 「場合によってはそれも考えている」 「……あまりやらせたくはないけど……。とにかく、すぐにでもビデオが見たいな」 「ああ。キミの意見が聞きたいよ。リンエン」
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