キミのコエはまるで向日葵のよう

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キミのコエはまるで向日葵のよう

零が再びスマホの画面を見たのは、仕事を終え、お店のシャッターを閉めた後の事だった。 泰雅と言う名で着信が立て続けに10件近く入っていた。 只ならぬ緊急事態を悟ったのであろうか。 ショートメールも入っていた。 【電話に出られなくてごめん。何かあった!? 滅茶苦茶心配だよ】 着歴とそのメールを見ただけで、零は笑みを浮かべていた。 (ああ。泰雅はちゃんと僕の事、忘れてなかった) それだけで嬉しいと思えた。 零はすぐさま、彼に向けて通話のボタンを押す。 国際電話特有の通話音が聞こえ、すぐにブツっという機械音が耳に響く。 「もしも…」 【おわっ! やっーと繋がったよ。おーい、零、大丈夫か! 生きてるか!】 久し振りの第一声は嚙み合わない会話から始まってしまった。 「泰雅…お前…」 【全く、心配したよ。全然返信もないし、滅茶苦茶心臓に悪いわ!】 「悪かったよ。今日はお客さんが引っ切り無しだったから」 【そ、そうか。お店、ちゃんと繁盛しているみたいで良かったよ】 「…うん」 少しだけ二人とも沈黙した。 泰雅の声を聴いただけで、零は身体中の細胞がフワリとした繭に包まれる感覚に陥ってしまい、顔が赤らんでしまう。 【それで。零から電話してくるなんて、何かあったんでしょ?】 泰雅はすぐに核心を突いて来た。 零の弱点を知り尽くしている。 零は自分の心臓の鼓動が早まるのを感じた。 同時に変な汗も滴る。 【声を聴く限り元気そうだし。あれ、もしかして、寂しくなった?】 少し嫌味っぽく泰雅はそう言ってのけた。 空港で決めたあの勝負は、完全に自分の負けだ。 だが、負けたからと言って、何か罰ゲームがある訳ではない。 あれは寂しさを紛らわし、悟られないようにする為の照れ隠し。 それを二人は律儀に約5年近く、その約束を守っていたのだ。 今思えば、あんな事、言わなければ良かった。 泰雅の馬鹿真面目な性格を鑑みても、自分の負けは決まっていたのも同然だと言うのに。 そんな事を頭の中で反芻しながら、零はようやく言葉を発する。 「うん。凄く、寂しくなった。だから電話した」 まさかの回答に電話の向こうの泰雅は咳き込んでいた。 【えっ…。ええっ!?】 「五月蠅い。何か悪いか?」 【い、いや…別に…。零がそんな事、言うなんて思ってもなかったから】 泰雅は少し間を作る。 その言葉が嬉しかったのか、零の先程の台詞を噛み締めているように思えた。 【俺もさ、凄く寂しかった。だけど、勝負には負けたくなかったし、ちゃんと結果を残すまでは零に顔向け出来ないって思ってた。ごめん。もっと早く連絡すれば良かった】 泰雅の言葉に零は心が躍る程、嬉しさを感じたが、それと同時に、何故か再び沸々と湧き上がる何かがある事に気が付く。 「それより! ヒトの事、散々放置しておいて、店を一人で回すのがどれだけ大変かお前に分かるか!?」 【ちょ、いきなり何!】 堰を切ったかのように、今まで話したい事が零の口から溢れ出る。 泰雅は慌てふためく。 「仕入も在庫管理も税務申告も全部一人でやるんだぞ? あり得ないくらい忙しいんだぞ!」 【ううっ…。何も言えねぇ】 泰雅は久し振りに零に論理的に攻められている。 「だけどさ。この店は僕一人で切り盛りしたって何の意味もないんだよ。泰雅と二人で店をやる事に意味があるんだ。だから僕は、この城を守り抜くって決めたんだ。お前がちゃんと此処に帰って来る時までさ」 【零…】 「だからさ。早く帰って来いよ。もう、お前の顔、忘れそうだよ…」 零はいつの間にかスマホを持つ手が震えている事に気が付いた。 それに合わせて、少し声も震えている。 【わかったよ。本当は来月辺りにサプライズの連絡をしようと思って居たんだけど。まあ、良いか】 「えっ?」 【今年の秋、日本に帰るよ。こっちでやるべき事、全部終わらせてさ】 「ほ、本当?」 今年の秋となると、あと三か月後だ。 微妙に長い気がするが、それは仕方ないと思う事にする。 それ以前に 泰雅が帰って来る と思うだけで、全てが明るく拓けた感覚を零は感じる事が出来た。 【研究は続けるけど、日本でも出来るように機材の準備を今、進めているんだ】 「そ、そうなんだね」 【あのさ…零】 「んっ?」 【俺もさ。早く零に会いたい】 「泰雅…」 それから二人は電話越しにだんだんと可笑しくなって来たのか、笑い合ってしまっていた。 「僕達、なんでこんなに距離を取っていたんだろうね」 【ホント。あの約束のせいで、変な縛りプレイになってたな】 「あー。今日は、勇気を出して泰雅に電話して良かった。泰雅の声聞いて、元気になれた」 【俺も、零が頑張ってくれてる事がわかって、凄く感謝してる。ありがとな】 「うん。お前が帰って来るまで、ちゃんと店、守っておくから。最後まで研究、頑張れよ」 【ああ。やり切って来るよ】 それから二人は名残惜しそうに電話を切った。 「泰雅、元気そうで良かった」 異国の地で研究に勤しむ彼の身を案じながら、零はそっと天を仰ぐのだった。 その日の夜、二人は互いに大切なヒトを想いながら、自分の部屋で一人、性を吐き出した。 舞い散る花々のように、密やかに激しく乱れ狂って。
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