野性の体現者

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野性の体現者

ここはとある小さな美術館。 美術に造詣の深い人々が訪れ、静かに絵画を愛でるように額に収められた写真を見つめている。 希代のアーティスト「ゼロ」のフォトギャラリー。 一切顔出しをせず、ゲリラ的に個展を開く謎多き人物で、花と男性のコントラストを収めた作品が話題を呼び人気を博している。 刺激的で斬新な構図。 性を剝き出しにした生々しい躍動感がありつつも、美しい花々が優しく心を溶かすような気持ちにさせる。 まさに大人の教則。 特に女性からの人気が高く、ファンも多い。 今回は新作が初お披露目とあり、噂を聞きつけた人々で賑わっていた。 花に彩られた裸体を晒す男達の抱く、果てた後のカタルシスが数多の人を惹きつけてやまない。 その頃、別の場所では。 【今回も大盛況だよ。流石、新崎だな】 零は電話で誰かと話している。とても親しげだ。 「僕はただ、美しいモノが好きなだけ。それを表現しているだけに過ぎない」 【ホント。勿体ないよな】 「何が?」 【顔出しだよ。お前も美形なんだから、より女性ファンが増えると思うけどな】 「作者はしゃしゃり出る必要はないよ。あくまでもメインは作品なんだから。もし、顔出しなんて事になったら、もう君とは話は出来ない。それだけは絶対に忘れるなよ?」 【わ、わかってるよ】 「それじゃあ、あとのプランニングはいつものように任せたから」 【はいはい。上手くやりますよ。(ゼロ)さん】 そう言って電話は切れた。 「相変わらず飄々としているけど、きっちり仕事はする奴だよな」 零はそう言いながら、自宅の少し広いベランダに出てると、すぐに煙草を吹かした。 仕事中は一切煙草を吸わない。 匂いが花達に付くのが嫌だから。 彼は青空を眺めながら、次なる作品の構想を練る。 煙草の煙が風に乗って消えて行く。 それが何処となく儚げに見えた。 零の部屋は経営する花屋の二階にある。 人通りの多い商店街なので、本来家賃も高いはずなのだが、先程の電話の相手、旧知の友である日野の人脈の力を借り、破格の値段でこの場所を手に入れる事が出来た。 お陰で零は、アーティスト活動と仕事の両立を図れているのだ。 「さてと。仕事に戻りますか」 束の間の休息を取り、リフレッシュした零は颯爽と一回のお店へと向かうのだった。 その日はそれなりの客入りで、のんびりとした時間の中、閉店時間を迎えようとしている。 すると、自動ドアが開き、お客がやって来たのだ。 こんな時間に誰だろうと思いつつ、零は元気よくいらっしゃいませと声を発した。 「これは、お客様。先日はありがとうございました」 お客は、以前彼女へのプレゼント用の花を購入したあのサラリーマンだったのだ。 「こ、こちらこそ…」 零の言葉に、何故か男性の顔は浮かない。 「どうかされましたか?」 「いえ。お陰で彼女は喜んでくれて、無事お付き合いも出来る事になりました」 「そうですか。それは良かったです」 言葉を聞く限り、とても喜ばしい事なのだが、男性の声が反比例して覇気がない。 それとは異なり、何故か彼の上着の胸ポケットに刺さっている紫色の花は生き生きとしていた。 「何かありましたか?」 「…なんか。ここに呼ばれた気がして」 「えっ?」 「自分でも分からないんですけど」 彼の言葉に、零は静かに笑みを見せた。 「とりあえず、お茶でも吞みながら、お話しませんか?」 「えっ、でも…」 「大丈夫ですよ。もう閉店時間ですから」 零がそう言うと、お店のシャッターがゆっくりと閉まり始めたのだった。 即席のテーブルを用意し、お店のど真ん中で、二人はハーブティを嗜んでいる。 「美味しいですね、このお茶」 男性は安堵の様子で声を発した。 「ハハハ。少しは落ち着きました?」 「お陰様で」 「それで、どうして僕のお店にまた来ようと?」 零は突然核心を突く言葉を放つ。思わぬ事に、男性は息を呑んだ。 「今は凄く充実しているんですけど、何か物足りなくて」 「変化を求めていると?」 「そうなります、かね」 「なら。それを解放すれば良いんじゃないですか?」 「解放…」 その言葉を口にした途端、男性は突然動きを止めた。 身体の奥底から熱い何かが込み上げてくる感覚に陥ったのだ。 「な、何だろう。急に身体が変になって…」 「それは貴方がずっと我慢していた欲望ですよ」 「欲、望?」 不安そうな顔をする男性の頭に零は静かに手を置いた。 「僕の目に狂いはない。貴方はとても良い作品になる」 透き通るような零の瞳と、彼の包み込むような優しい声を聴いた瞬間、男性の顔から不安が消え、そのまま零にもたれ掛かってしまった。 「さてと」 そのまま零は彼の胸ポケットにある紫色の花に手を伸ばす。 「本当に()()はいつも美しいね」 そう呟き、彼は馨しいその花の香りを楽しむのだった。
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