繋がる想い。離れぬ心

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繋がる想い。離れぬ心

ここはとある研究室。 少し薄暗い部屋で、一人、ホワイトボードにびっしり書かれた文字とにらめっこをしている人物が居た。 「これも違うか」 あーもうと言いながら、英語で書かれた文字を全て消して行く。 すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。 「今日も遅くまで仕事かい? 」 ドアと同じくらい背が高い屈強な男性がそう語り掛けて来た。 「やあ、ケヴィン。勿論さ。俺は仕事が大好きだからね」 お互い流暢な英語で会話を楽しむ。 このタイと呼ばれる男こそ、山岸泰雅、本人である。 彼は今、米国の植物園の研究室で働いている。 渡米してからもうすぐ5年が経つ。 ここで彼は新種の花の開発に命を燃やしていた。 「本当、自分は真似できないよ」 笑いながらケヴィンは持っていたハイネケンのビール瓶をラッパ飲みする。 仕事が終わった後のフリータイムなので、何でもありらしい。 「相変わらず豪快だね。清々しいよ」 「僕はのんびり仕事をしたい派だからね。勿論、結果は求めるよ?」 「それが一番効率的で良いと思う」 「それよりも。タイ、これから一杯どう?」 ケヴィンは、そう言って泰雅の肩を強めに叩く。 「そこまで言われちゃ断れないか。よしっ、今日は付き合うよ」 「そう言うところ、タイの素敵な所だよ」 「まぁね。俺の知り合いにもお酒が好きな奴が居るんで」 「へぇー。今度そのお友達、紹介してよ」 「機会があれば、良いよ」 そう言って、彼は手早くデスクの上を整理し始めた。 「俺、片付けしてから向かうからさ。場所、メールしておいてくれる?」 「OK。それじゃあ、また後で」 ケヴィンはビールを飲み干し、颯爽と部屋を後にして行った。 泰雅は大きく息を吐き、フラフラと立ち上がって、研究室の窓を開けた。 少し肌寒い風が入り込んでくる。 彼はポケットから煙草を取り出し、ZIPPOのライターで火を付ける。 仕事の疲れが少し和らぐ気がした。 ふと、ぼんやりと視線を夜空へ向けると、美しい月が瞬いていた。 月は同じはずなのに、今、見つめている月は日本に居た時とは違うものに見えた。 「零。元気にしてるかな」 泰雅はボソッとそう呟く。 そして、彼は零に米国へ行く事を告げたあの日を何故か思い出す。 花屋を開店して約半年後。 あの大きな部屋で、二人揃って夕飯を食べている時のこと。 「零。あのさ、少し話があるんだけど、良い?」 「んっ?」 「俺、花の研究をやりたいと思ってるんだ」 「研究?」 「そう。誰も見た事のない、最高に美しい花を開発したいんだ」 「へぇー。凄く、素敵だなって思うよ。泰雅らしいなって」 零はニコッと笑ってそう答えた。 だが、その笑顔が泰雅の心を締め付ける。 「だけどさ、ちょっと問題があって…」 そう言って、泰雅はスッとテーブルを滑らせるように、一枚の名刺を差し出す。 それは、全て英語で書かれていた。 「誘われたのは、アメリカの研究機関なんだ」 零は動きを止め、差し出された名刺の文字をじっと見つめる。 そして、少し表情を曇らせながらも、スッと息を吸って言葉を紡ぐ。 「泰雅が決めたことなら、僕はその思いを尊重したい」 「零…」 「だって、最後は此処に帰って来るって信じているし。そうだろ?」 その言葉を聞いた泰雅はガタンと椅子から立ち上がり、零を背中から抱き締めた。 「ちょっと、泰雅?」 「零の言葉を聞いて、凄く安心した。絶対に俺、成し遂げるから」 「ああ。お前なら出来るよ」 零はそう言いながら、泰雅の頬を優しく撫でる。 「ホント、俺。零と一緒に居られて幸せだよ」 泰雅の言葉に、零も 僕も とだけ静かに呟く。 いつまでも二人の手は繋がったままだった。 煙草の灰が、窓の縁に置いてある灰皿に落ちた。 「零…。早く俺は、お前の為に」 泰雅は煙草を灰皿に置くと、窓を閉め、研究室を見つめる。 ああ、そうだ。 自分は成すべき事があるんだ。 一秒でも早く、結果を残し、彼の胸に飛び込みたくなった。 すぐに彼はスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。 【タイ? どうかした?】 「ごめん、ケヴィン。今、アイデアが思い付いたんだ。また、誘って貰えるかな」 静かにそう言って電話を切る。 泰雅は眼鏡を掛け直し、もう一度自分のデスクにあるPCと向き合った。 「待ってて、零。俺は必ず、あの店に相応しい、最高の作品を生み出して見せるから」
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