彩りの表現者 ~2~

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彩りの表現者 ~2~

【新崎さん。先日は撮影お疲れ様でした。お願いがあると言う事でしたので、こちらのメールアドレスにご連絡を差し上げました】 普段、零が仕事で使っているPCのメールボックスに、克伊からメールが届いていた。 とても真面目な文章だった。彼の性格と育ちの良さが現れている。 仕事終わりに気が付いた零は、急いで返信をする。 【ご連絡ありがとうございます。お伝え出来なかったお願いと言うのは、実は…】 二人はそれぞれの隙間時間に、メールで零のお願いに関するやり取りを進めた。 数日にわたり文章のラリーを続けて行くうち、零は表現者としての自分の事を 克伊に伝える事にした。 【それにしても、新崎さんがあの有名な ゼロ だったなんて知らなかったです】 【他言無用でお願いしますね。それではよろしくお願い致します】 そのようなメールを打った直後、家弓から一本の電話が入る。 「なんとなく、連絡が来る頃かなと思ってましたよ」 零は少し嫌味っぽくそう言いながら、電話に出る。 【お前は相変わらずだな。もっと、年長者を敬ったらどうだ?】 「ちゃんと敬ってますよ。こうしてすぐに電話に出ますし」 【ハハハ。確かに。俺の娘よりも反応が早いよ。って、余計な事言わせるな!】 家弓の一人ノリツッコミに、思わず零は笑ってしまった。 「それで、撮影会の日程の件、ですよね?」 【ああ。明後日、金曜日の夜にお願いしたい。そこしか、あの二人のスケジュールを押さえられなかった】 「わかりました。空けておきます」 【撮影用の花は、その日の午後に届ける。また世話になるが、よろしく頼むよ】 「はい。では、お待ちしてますね」 電話を切ってすぐ、零は目を閉じる。 「今週は色々と忙しくなりそうだな」 そんな事を思いながら、零は再び仕事へ戻るのだった。 (店はすでに閉めていたが、予約分の花籠作成の為、一人寂しく残業…) それからあっと言う間に時は流れ、第二回撮影会の時を迎えていた。 「新崎さん、本日もよろしくお願い致します」 深く一礼し、薫はハキハキとした声でそう言った。 「こちらこそ。前回と同じくらいの時間で終えられるよう頑張りましょう」 軽く挨拶を交わしながらも、零は彼女の近くで撮影の準備をしている克伊の姿を目で追っていた。 薫も準備に取り掛かるタイミングで、零は彼に声を掛けた。 「克伊さん。色々と無理言ってすみません」 「いえいえ。自分も有名な作品の一部に参加出来ると思えるとワクワクしますよ」 「では、撮影会が終わったら、少しお時間頂きますね」 「わかりました」 克伊が見せる笑顔は、まるで花のように明るく、人を惹きつける力があった。 俳優として大成する事で、沢山の人を勇気づける事が出来る。 そんなパワーを秘めていると零は思った。 第二回目の撮影は、家弓の用意した衣装と相まって、とても大人びた印象を与える内容になった。シックな装いに、落ち着いたカラーの花々が色を添えて行くと、今までにない印象を与える。 「家弓さん。今回は随分攻めてますね。本当に、コレ。会社のカタログになるんですか?」 「攻めなければつまらない。全く違う切り口で提案をするのが、今回のポイントなんだ」 「責任重大ですね」 「だからこそ、今回はあの二人とお前に任せているんだ。最高の被写体と最高のカメラマンが揃えば、絶対に化学反応が起きるとね」 家弓の言葉に、零は静かに笑みを見せた。 アーティストの血が否応なしに騒ぐ。 そんな零の気迫を受け、被写体の二人も、普段とは違う妖艶な表情を見せ始める。ただ、主役はあくまでもなので、彼らが映える様に細心の注意を払いながら。 零がシャッターを切る度に、家弓の前に置かれた大きなモニターにすぐ画像が表示される。 枚数を重ねる度に、家弓の頷きがゆっくりと深くなっていった。 それからきっちり二時間後。 家弓の大きなOKの声が部屋に響き、無事撮影会は終了を迎えた。 皆、笑顔を見せながら拍手で健闘を称え合った。 「いやー。素晴らしい。お陰様で、取引先や会社の皆もびっくりするようなカタログが出来るよ」 「私のアー写に使わせて貰おうかな。今のよりこっちの方が楽しそうに見えるし」 「僕は構いませんけど。特に版権とかないので」 「本当ですか? わー、嬉しい!」 薫は少し飛び跳ねながら喜んでみせた。 「今まで一番、集中出来た撮影でした。凄く勉強になりました」 克伊はキリッとした表情を見せながら、零と家弓に深々と一礼をした。 「ホント。克伊は真面目だな。だけど、その性格は色んな人にモテるから安心しろよ?」 「家弓さん。安心って、何にです?」 途端に克伊が冷静な口調になったので、思わず他の皆は笑ってしまった。 薫は明日遠方のロケに行くとの事で、慌ただしく片づけをし始めた。 この後、最終の新幹線で広島まで移動らしい。 「克伊はこの後どうする?」 家弓は薫を送って行くついでに乗せて行くぞと、彼に声を掛ける。 「自分は、今日は大丈夫です。まだ21時ですし、電車で帰ります」 「そうか。それじゃあ、今日はありがとな!」 そう言い残し、嵐のように家弓と薫は帰って行った。 まるで示し合わせたように、真っ白の部屋には零と克伊の二人だけとなっていた。 「なんだか。僕達のスケジュールを知ってるような動きでしたね」 零の言葉に、克伊は大きく頷いた。 「ホント。びっくりしました。メールとか盗み見られていたのかなって心配になりましたよ」 「確かに。でも、家弓さんなら、心眼とかで見抜かれそう」 「あー。わかります」 二人は、何事にも全力、且つ、剛腕の家弓の話題で束の間、盛り上がった。 そして、一瞬、静寂が訪れる。 二人の視線がぶつかる。 「それじゃあ、新崎さん。あまり時間もありませんが」 「そうですね。ここからは、お互い、表現者として」 「はい。新崎さん、色々と準備があると思いますので、その間に、着替えておきますね」 「わかりました。短期集中で一気に行きましょう」 零はそう言って、この日の為に用意しておいた、花を取りに部屋をあとにする。 零の気迫は今まで見せた事のない程、高まっていた。 そしてこの後、二人の希代の表現者のぶつかり合いが互いを新たなステージへと押し上げる事になるとは思ってもいなかった。
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