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彼女の話 1
「いってきまーす」
まだ少し眠い目を擦りながら、玄関のドアを開けた。
外に数歩出ると、風が容赦なく肌を刺すように吹きつけてくる。
予想以上の寒さに、身体の芯が勝手にぶるりと震えてしまう。私は思わずマフラーを口元まで引き上げた。
冬休みが終わり、久しぶりに着た制服は冬服と言えど防寒機能が低い。
スカートが短いことで余計に寒い気がするが、オシャレのためにはやむを得ない。
家を出て角を曲がると、5メートルほど先に見慣れた後ろ姿が見えた。両手をジャケットのポケットに突っ込み、肩をすくめて寒そうに歩いている。
そうだ、とあることを閃いた私は、早歩きでその後ろ姿にそっと忍び寄った。
真後ろまでたどり着いたが、ターゲットがこちらに気づく様子は無い。
イヤホンからシャカシャカと音漏れするほどの音量でお気に入りの音楽でも聴いているのだろう。
「おはよ!!」
馬鹿でかい声の挨拶と共に、背後からターゲットのポケットに両手をズボッと突っ込む。
「おわっ!!」
ターゲットが驚きの声を上げたが、私は構わずポケットを漁る。
目的のモノをポケットの奥で無事に発見。
「あったかぁい♡」
私は両手に掴んだカイロをそのまま自分のポケットへ。お引っ越し完了だ。
ターゲットこと、佐倉悠翔がイヤホンを耳から外しながら振り返る。
「おまえなぁ、それひったくりじゃね?」
「家出てからカイロ忘れたの思い出してさ。
そしたらカイロが歩いてるのが見えて。」
「え、俺人間だったよね?」
「毎日かかさずカイロ2個持ちってだいぶ寒がりだよねー」
「全然会話のキャッチボール成り立ってないんですけど!」
「はぁ〜♡それにしてもあったかい♡
今日寒すぎて、カイロないと死ぬ」
「カイロ奪われた俺の生命軽視してね?
あーもう指先からどんどん死んでるわ」
「はいはい、しょうがないから一個あげるね」
私はしぶしぶ右手のカイロを悠翔の左ポケットに戻す。
「元々俺のだろーが!理不尽!」
「ちがいますー!
悠翔のお母さんが買ったカイロですー!」
「小学生男子みたいなこと言うな!
中3にもなって…」
悠翔の小言を聞きながら、私たちは学校を目指して並んで歩く。文句は言うけど、結局カイロを私から取り返す気は無いらしい。
私と悠翔は生まれた時から家がお隣同士の幼馴染。幼稚園も小学校も中学校もずーっと一緒。
身体は中3になったのに、私たちはいつまでも小学生みたいなじゃれ合いばかりしている。
同級生からは、よく嫁と旦那ってからかわれたりして、本気で私たちが付き合っていると思っている人もいるらしい。
誰かに「付き合ってるの?」と聞かれたら、一応「ちがうよ」と否定はしているが…
いつか、「そうだよ」と笑って肯定できる関係になりたいと、私はずっとずっと願っている。
でも、臆病な私はいつも願うだけだ。
悠翔から恋愛系の話が出てこないのを良いことに、私はこの友達以上•恋人未満•家族同然のぬるま湯に浸かり過ぎてしまった。
一歩踏み出したいと思うのに、踏み出す勇気が出ないまま、時間だけが只々過ぎていく。
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