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3 屋敷
屋敷の中には、母家の他に軽トラが駐車された作業小屋と、白壁の土蔵が建っていた。
母屋の玄関の格子戸は施錠されていた。
「まったく面倒だわ」
老女は横に置いてある鉢植えに手を入れて鍵を取り出し、格子度の真ん中の鍵穴に差し込んだ。
目の前で、隠してある鍵を取り出す老女を、正樹は苦笑するしかなかった。家には大金があるというのに、鍵を植木鉢の下に隠し、しかも初対面の正樹の前で取り出した。
「昔は、鍵なんか掛けなかったのに、最近は物騒になってね」
そう言いながら老女は格子戸を開けて玄関に入った。正樹も老女に続いて入る。
古い家屋特有の匂いがした。
玄関は正樹のアパートの部屋より広い。調度品はどれも重厚な趣があった。
「バッグはどこですか。日が暮れる前に駅まで戻りたいんですよ」
「あら、ここじゃなかったのね。何処においたかしら……」
ちょっと勘違いしたとでもいうように老女はいった。
「四十分もかけてここまで来たんですよ。無いじゃすまないんです。わかっているんですか」
正樹の抑えていた不満が口を衝いて出てしまった。
不機嫌な正樹の言葉を無視するように、
「別の部屋を探してきましょう」
老女は奥の暗がりに消えた。
玄関に置きわすれたというバッグなど初めから無く、現金も用意されていなかったのではないか。正樹は、惚けた老女の言うことを真に受けて四十分も歩いてきた自分が愚かしく思えた。
失笑する山本の顔が頭をよぎる。
山本は年下だが頭がよく、詐欺を実質仕切っていた。他の若い子がいる前でも、正樹を馬鹿にする言動は耐え難いものがあった。これ以上の失態は避けたい。もし現金がないのなら、その代わりになるものを、力ずくで持ち帰ってやろうと正樹は思った。
再び玄関に現れた老女は、
「現金をお渡ししますから、中で待っていてください」
と言った。
「探していたバッグはあったんですか?」
正樹の問いには答えずに老女は、
「こちらへ……」
家に上がるように正樹を差し招いた。
現金さえ手に入ればよかった。細かいことはどうでもいい、そう考え、正樹は靴を脱ぎ老女の後に続いた。
「広いお宅ですね。ひとりで住んでるんですか?」
前を歩く老女に尋ねた。
「今は孫とふたり、息子から聞いてないのかい?」
老女の射すくめるような目が正樹に向いた。
「こ、個人的なことは、話さないので」
「そうかい……」
老女は正樹から視線を外して再び歩き出した。
息子の同僚を名乗ったことが、嘘だとバレたと一瞬不安になったが、老女がそれ以上のことを訊いてこないことに正樹は胸を撫で下ろした。
長い廊下の先に座敷があった。
「いま、お持ちしますから、ここで待っていてくださいな」
座卓の前に正樹を座るように促すと、老女は部屋から出ていった。
お香の匂いがした。
十畳ほどの和室に、正樹はひとり残され落ち着かなかった。
床の間には高価な掛け軸。紫檀の座卓。文机の上には男性の写真があり、花が添えられていた。写真をよく見ようと手を伸ばしたとき、隣の部屋でガタリと音がした。
襖を開けて部屋を覗いたが、誰もいなかった。しかし何かに見張られているような。居心地の悪さは消えなかった。
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