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物ノ怪は、音という音を世界から消してしまった。彼らを祓うことができるのは楽師だけなのに、楽師は己の武器とも言える音を失ったのだ。
マホロとユタは麓の屋敷にもどり、なにをするでもなく過ごしていた。屋敷には何人も楽師がいるが、どの部屋もまるで空き家のようにひっそりとしていた。さすがのばば様も修練だなんだと口うるさいことは言わず、部屋に閉じこもっている。
そんな屋敷を訪れる者があった。
白い僧服に身を包んだまじない師が、まじない札を授けて去っていく。力を失った楽師に代わり、今では彼らが物ノ怪祓いの真似事をしていた。だが所詮、真似事。まじない師に物ノ怪は消せないし、札があっても身を守るには心もとない。
音さえあれば、物ノ怪なんて怖くないのに。
人の営みの音も、自然の音も、すべてを奪われてしまった。
柱にもたれて座るユタの横で、マホロが琴をつま弾く。音は鳴らない。ひとつひとつ弦を弾くだけだったマホロは、やがて激しく指を暴れさせるようになる。旋律なんて成していないだろう。ユタはマホロの手首を掴んだ。マホロはユタを睨み、手を振り払う。
「――、――――!」
なにかを叫んで、また乱暴に琴を扱う。
それでも、世界は静けさに満ちている。
ユタは息を吸い込み、口を開く。声が出ない。唄っているはずなのに。どれだけふりしぼっても、声は出ない。
血が飛んだ。琴の弦が切れたのだ。マホロの細い指に赤い血がつたった。マホロの瞳に涙がにじんだ。立ち上がり、屋敷を飛び出していく。
修練を面倒がってはいるが、マホロは楽師として誇りをもっていた。なにより、音楽が好きだった。マホロだけじゃない。楽師はみんなそうだ。音を奏でることが好きでたまらない。
ユタは唇を噛んだ。
音のない世界は、地獄だ。
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