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砂煙舞う荒野。
そこに全身トゲトゲ状で、やたら鮮やかな緑色のサボテン達がいた。
『サボテンダーズ』
長男サボテンのウルゴはテンガロンハットを目深に被り、椅子に腰かけてギターを弾く。無邪気な三男サボテンのデイジは軽快にボンゴを叩く。
前でリズミカルに踊っているのは次男サボテンのアルマンだ。腕をしなやかに動かし、全身をくねらせ、陽気な音楽に合わせて踊る。どこかコミカルな動きもまじえて、聴衆を沸かせる芸達者。
道行く人も足を止め、居並ぶ聴衆の中に混じっていく。囃し立てる声や、どこか調子外れな手拍子。でも皆笑顔だ。兄弟達の周りにはいつも楽しさが溢れているのだ――。
「ピアノ、一旦止めてください」
険のある声が聞こえ、一瞬で現実に引き戻される。
しんとした体育館内。午前中なのにどこか薄暗く、ひんやりとした空気が辺りに漂う。先程まで感情豊かに指揮を取っていた壇上の佐竹先生は、腰に手を当てて不愉快そうに辺りを見渡していた。
「皆さん。今日は何月何日ですか?」
答える生徒はいない。彼女はそれを予期していたかのように続けた。
「二月二十日です。もうあなた達の中学校生活も残り僅か。勿論高校受験を控えている方がいらっしゃるのは知っています。ですがあまりにもお粗末すぎやしませんか? まだ男子は良いです。女子」
彼女の顔がくるりとこちら側を向く。
「そんな眠そうな声を聞かされる身にもなってください。そもそもこの学年は合唱コンクールを見ていても、どこか毎年の代に比べて覇気がありませんでしたが……。卒業式に向けた合唱練習なんて今日を含めても数回しかないのですよ? それにあなた方がこうして集まって一つの事に取り組む機会ももうほとんどないんです。最後くらい頑張ったらどうですか?」
佐竹の甲高いソプラノが講堂内に響く。キンキンと耳に届く声に、なんだか具合が悪くなる――。
「……うざっ」
吐き捨てるような声。それは明瞭に耳に届いた。
どこからか聞こえたその呟きは、運の悪い事に、佐竹が言葉を切って静かになったタイミングに放たれた。彼女はキッとこちら側を向いた。
「誰ですか? 『うざい』と聞こえましたが」
水を打ったような静寂。当然名乗り出る者はいない。皆誰だよと言わんばかりに、ちらちらと周りを見渡す。
「男子、それとアルトパート。座りなさい」
指示された生徒達はその場に座った。佐竹はつかつかと壇上から降りて来て、ソプラノパートの生徒の前に立つ。
「私に文句があるのなら正面から言いなさい。こそこそ陰口など……卑怯者のやる事です! さあ! 今私に暴言を吐いた生徒は名乗り出なさい! 今すぐに!」
彼女はキンキンと声を張り上げる。度のありそうな眼鏡の奥の、やや飛び出た目はギョロギョロと忙しなく動き回る。
「名乗り出るまで終わりませんよ? さあ早く。お友達でも良いです。この人がやりましたと、正直に告白なさい」
犯人捜し。いくらなんでもおかしい。佐竹はいまや犯人を見つけ出す事しか頭にないように見えた。後ろ手に組んで、生徒達の間をゆっくりと練り歩く。生徒達は戦々恐々。自分もその只中にいる。
――正直、早く名乗り出てよと思う。佐竹先生なら本当に誰かが名乗り出るまでやめないんじゃないかと思うから。
ふらりと眩暈を覚えた。この寒さの中ずっと立たされている。サボテンダーズの妄想でなんとか凌いでいたが、それももう限界だ。本当に体調が悪くなってきている。頭痛もするし、吐き気も出てきた。
「卒業前に清算しましょう。有耶無耶にしないで」
唾液が出始める。本当に吐きそう。でもこんなところで吐いたらヤバい。手掌にじわりと冷や汗が噴き出す。
「あの」
手を上げた。
「すみません」
――具合が悪いので保健室に行かせてください。
言いかけた言葉は、言葉にはならなかった。いつの間にか目の前にいた佐竹が、真っ直ぐとこちらを睨み付けていたから思わず口をつぐんでしまった。
「そう、貴方なのね。立花美奈子さん」
「え?」
気づけば周囲の皆がこちらをじっと見ていた。立っている子も、座っている男子も、アルトの子も。
「壇上からは色んなものが見えるんです。あなたがやる気無さそうに歌っていたのもよく見えていましたよ」
――違う、私じゃない。
「自分のやる気の無さを棚に上げて陰口だなんて……。やる気のある生徒さんがいるのにどうも思わないのですか? なぜそうやって人の足を引っ張ろうとするのです?」
だが口を挟む余地がないほどに、佐竹はまくし立てていく。馬のようによく動く口からは唾の飛沫が飛び散る。
「だらけた態度はすぐに波及するんです。貴方の犯した事はきっと周りの生徒にすぐに伝播していったでしょう。だらけた空気というのはそうやって出来上がるものなんです」
やがて誤解は佐竹の中でも、皆の中でも、厳然たる事実となっていく。
「貴方が悪いと思ったのなら、今ここで謝罪してください。私にではなく、他の皆さんに対してです」
いつしか裁判にかけられている。証人席に立たされ、周囲から好奇の視線を浴びせられながら、罪を糾弾されている。
――自分を見る目、目、目。
ごぼごぼと水音が聞こえた。それは自分の内側からだった。
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