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「なんか、こう……貴重な経験になったね」
「貴重というか……なんか、うん。貴重、だね」
「たまには芸術鑑賞というのも悪くないんじゃないですか?ムジツ先輩!」
「この経験を芸術鑑賞と言うのは無理だろ!っていうか来なきゃ良かったわ!全然話聞かされてないし!会長さんに文句言ってやる!」
「本人がいないところだと口が大きくなるんだから、ムジツさんは」
「お〜〜〜い!マッシー!」
「ん」
駅に向かって歩く三人の後ろから、宝谷が追いかけてきた。何事かと思えば、手には何かの紙切れを持っている。
「いつの間にか帰っちゃったから焦ったよ。ってか、なんかごめんね、今日。変なことに巻き込んじゃって」
「宝谷さんは悪くないよ。で、どうしたの?」
「うん。今日は色々助けてもらっちゃったからって、鳳センパイからこれ預かってきた。是非もらってくれだって」
「こ、これは……」
「次回の公演の招待チケット!関係者席で楽屋挨拶特典と劇場の喫茶店でコーヒーか紅茶いっぱい無料クーポン付き!めっちゃレアなんだからありがた〜くもらってよね!」
宝谷は満面の笑みだ。これが鳳ファンクラブのメンバーだったり、学園の大多数の生徒だったのなら、跳び上がって喜ぶようなものなのだろう。だが、今の牟児津にとっては、これはもはやチケットの形をした疫病神にしか見えなかった。たまらず牟児津は逃げ出した。
「も、もう舞台鑑賞なんてこりごりだァ〜〜〜!!」
「あっ!マ、マッシー!?なんで逃げんの!」
「すみません宝谷先輩。ムジツさんもう怖がっちゃってるみたいなので、そちらは丁重にお断りします。それでは」
「あ、せっかくだから私は──」
「ほら益子さんも。行こう」
「ああああああっ!!お宝チケットオオオッ!!」
ちょっとした巡り合わせの末に訪れた舞台鑑賞でさえ、牟児津は事件に巻き込まれてしまった。もはや自分はこういう運命なのか。そんなことはない、と信じたい。今日のことは忘れてしまおう。それこそ、覚めてしまえば全てなかったことになる、悪い夢のように。
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