第4話「忘れてないでしょう?」

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 「ど、どうしたの牟児津さん……?なんて?」  「すみません。大したことじゃないんですけど、なんか気になって。なんで出町さんは、この楽屋から出られないことを“閉じこもってる”って言ったのかなって」  「そんなこと、言ったかな?」  「はい。言ってました。私たちの中に盗撮犯はいないって結論になったとき、盗撮犯まで一緒に閉じこもってたら、って」  それを聞いていた周囲の全員が呆気にとられた。出町が本当にそんなことを言ったのかなど、誰も覚えていなかった。しかし牟児津の言葉には、なぜだか強い説得力があった。牟児津がそう言うのなら、おそらくそうなのだろう。そう感じさせる力強さがあった。確信めいていると言ってもいい。  「あ〜、言葉の綾というか、言い間違いかな?閉じ込められてるって言いたかったんだよ、きっと」  「そうですか……。じゃあ、“入口”は?」  「は?」  「他のみんなは、あの扉のことを“出口”と言ってました。でも出町さんだけは“入口”って言ってましたよ。今の私たちにとって、あの扉は出て行くための扉のはずです。なんで出町さんは、入るための扉だと思ったんですか?」  「い、いやいや……それこそ言葉の綾でしょ!扉はあそこにしかないんだから、出口でも入口でもあるってことでしょ!」  「同じものではありますけど……なんかこう、捉え方の違いというか、感覚の違いみたいなものを感じるんですよね」  「はあ?」  出町はたまらず、目で周りに助けを求める。牟児津の意味不明な質問攻めを不気味に感じていた。しかし瓜生田と益子は止めに入らない。牟児津が少しずつ推理モードになっていると気付いているからだ。手掛かりが少ない中で、ようやく牟児津がこの状態になったのだ。ここで止めてしまうわけにはいかない。  「“閉じ込められてる”人と、“閉じこもってる”人。“出口を塞がれてる”人と、“入口を塞いでいる”人。なんかこれ、“勝手に鍵をかけられてる”人と、“自分で鍵をかけてる”人の違いじゃないですか?」  「な、何を言ってるのあなたさっきから……!?意味が分かんないって……!」  「部屋をみんなで捜索したときもずっと扉の近くにいたみたいですし、私が鍵に触ろうとしたら止めてましたよね。最初に鍵を見つけたときにも、一番に鍵を調べてました。誰よりも錠前に触ってるんです、出町さんは」  「そっ……そんなのたまたまでしょ!」  「それなら、そこをどいてくれませんか?」  「……!」  簡単なことだ。そこから一歩横に移動すればいい。そして、牟児津に好きなだけ触らせてやればいい。背後に隠した錠前を。そうすれば出町への疑いは晴れる。やたらと錠前に触っていたことは、ただの偶然、牟児津の気のせいだと切って捨てることができる。  しかし、出町はそうしなかった。そこに根が生えたように、一歩たりとも動かない。  「ファン先輩……?どう、されたのですか……?」  「どうして錠前に触りたいの?」  「え」  「確かに、私はみんなより錠前を気にしていたかも知れないわね。偶然とはいえ、不自然に見えたかも知れないわ。だけど、だからと言っていま牟児津さんが錠前を触る理由はなに?あなたが鍵をかけた犯人で、また何か細工をしないとも限らないでしょ?」  「私が鍵をかけた犯人じゃないことは、最初に説明しましたよ。もう一度言いましょうか?」  「……っ!」  「出町さん、私が代わりに言いましょうか?そこをどかない──いや、他人に錠前を触らせたくない理由」  「な、な、なに、を……!」  冷静な牟児津の言葉が、今の出町には恐ろしく感じられた。得体の知れないものを相手にしているような、心の内の全てを見透かされているような居心地の悪さ。牟児津の口が次にどんな言葉を発するか。それが分かるからこそ、出町は体が震えた。  「そこに鍵があるんでしょう。この部屋から出るための」  「はっ!?」  「え!?か、鍵が……!?」  牟児津の言葉を聞き、全員が立ち上がる。もはや手掛かりさえ失い、半ば絶望していたところに降ってきた牟児津の言葉。根拠も信憑性も抜きに、誰もがそれに縋り付きたくなってしまう。  「ずっと考えてたんです。11人の人が詰め込まれるには少し狭いこの楽屋の、どこに鍵を隠せばバレないか。自分で持ってたって荷物や部屋の中に隠したって、これだけの人数がいたらいつかはバレます。それで思い付いたんです。誰も探さない場所に隠せばいいんだって」  「だ、誰も探さない場所……?」  「錠前です。私たちをこの部屋に閉じ込めてる錠前に、まさか鍵がセットでぶら下げてあるなんて、そんなこと普通考えないじゃないですか」  「い、いやしかし……どこからどう見てもその錠前に鍵はささっていないようだけど……?」  「表じゃなくて、裏側ですよ。この錠前、装飾が少ないから裏面が真っ平らでしょ。しかも演劇部のイメージカラーで塗り潰されてる。物販で売ってる同じ色のマステで上から貼り付ければ、見た目ではまず気付きません。でもそれだと、裏面を触られたらすぐにバレる。だからその錠前を誰にも触らせたくなかったんです」  「……!」  まるで、実際にその細工をしているところを目の当たりにしたかのような、自信たっぷりな説明だった。それらは全て、この部屋の中で、全員が目にし、聞いたものだけで説明されていた。  錠前の色。出町の荷物にあったスミレ色のマスキングテープ。些細な言葉の違い。鍵に触れた頻度。それらひとつひとつに大した意味はない。ほんの些細な違和感を出発点とする、牟児津の必死の仮説と瞬間的な推理力によって、初めて隠された意味を発揮する。  畳みかけるような牟児津の追及を前に、出町は反論さえできなかった。牟児津の推理は、ただの言いがかり程度の違和感から一つの論理へと進化していく。一方で出町が反論するために持っている言葉は、それこそ説得力にかけるものばかりだった。  「そ、そんなの……全部牟児津さんの妄想じゃない!根拠がない!私が鍵をかけたっていう根拠が!」  「ファン先輩?ウ、ウソですよね……?だって、こんなこと……!」  「私が扉に鍵をかけたところを見たの!?私がテープで鍵を隠したところを見たの!?この鍵が私のだって、どうしてあなたに言い切れるのよ!そんな証拠がどこにあるっていうのよ!」  出町は激昂する。それが、濡れ衣を着せられた者の必死の言葉なのか、あるいは真実を見抜かれた犯人の悪足掻きなのか、周りで見ている瓜生田たちにはまだ判断が付かない。牟児津でさえ、確信は得ているものの、確証はまだない。しかしそれがどこにあるのかは知っていた。  「証拠は……私は持っていません」  「っ!?ム、ムジツさん!それではただの──!」  「そ、そうよ!証拠がないんじゃ全部ただの言いがかりじゃない……!」  「証拠を持ってるのはあなた自身です。出町さん」  「…………へえ?」  牟児津が、真っ直ぐ指をさす。  「今日、劇場の売店でもらったレシートを見せてください。そこに書いてあるんじゃないですか?鍵と錠前のセット、2つ分って」  出町は完全に硬直した。まるで魔法にかけられたようだった。反論も、弁解も、言い逃れもできない。ただ、不意打ちのような形で全てを暴かれたことに、愕然としていた。何がきっかけなのか、何を間違えたのか、何がいけなかったのか。一切分からないまま、自分の全てを見透かされたような感覚。  数分にも感じたほんの数秒の後、出町はそこに崩れ落ちた。これを見るのは、今日三度目だ。
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