第4話「忘れてないでしょう?」

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 「あった!」  錠前の裏から、錠前と同じ色のテープで覆い隠された鍵が見つかった。それを挿し込んで回すと、錠前は呆気ないほど簡単に開いた。鍵がかかっていることに気付いてから数時間、普段の公演ならとっくに撤収している時間だ。中にいた牟児津たちには、それよりも遥かに長い時間に思えた。  いつでも外に出られる。その事実だけで、牟児津たちはとてつもない自由を感じた。そして、扉を開けようと牟児津が手を伸ばす。    「ちょ、ちょっと待って!!」  全員の前に出町が立ち塞がった。全てを明らかにされて放心していたが、鍵の開く音で我に返ったようだ。一度完全に打ちのめされたことで開き直ったのか、その目は力強く光っていた。  「な、なんですか!もうあなたは犯人だとバレたんですよ!これ以上、何があるというんですか!」  「お願い……!まだ、出ないで……!こんなんじゃ、全然足りない……!()()()は……これくらいじゃ諦めない……!」  「あいつ?」  「お願いよ鳳さん……!忘れてないでしょう?」  出町の目はまだ死んでいない。その目は、演劇部の3年生たちを見ていた。その視線だけで、3人は理解した。出町がなぜ、こんなことをしたのか。  「ま、まさか……いるのか!?この劇場に……()()()()()が!」  「……はい。私は、この目で見ました」  「うそ……!?そ、そんなわけないわ!だって……!あの子は劇場に入れないはずよ!」  「え?みどり?」  「みどりというのはもしかして……野須(のす) みどりですか?」  「!」  益子の口から飛び出した名前を聞いて、鳳たちは驚いた。牟児津たち2年生以下にとっては何のことか分からない。だが話の流れから察するに、それが2年前の事件に関わっていることは明らかだった。  「野須さんは……2年前、蕃花の盗撮写真を校内で売買していた人よ」  「えっ!?じゃ、じゃあ、盗撮犯……!?」  「その件で学園から重い処分が下されて、後に自主退学したと聞いているわ。今どこで何をしてるか分からないけれど……この劇場に来てるなんて……!」  「し、しかし……その、彼女はチケットを買えないはずだろう?それに、もし何らかの方法で手に入れても、彼女は……出入禁止になっているんだろう?」  「観客としてじゃありません……!あいつ、運送業者の格好をしてました。この劇場に大道具やお花を運んでる業者の中に、あいつがいるんです!」  「う、運送業者……そんなところから……!」  「……んん?」  3年生たちは一様に青い顔をしていた。牟児津たちに当時のことは分からないが、加賀美が持っていた盗撮写真や隠しカメラの存在に気付いたときの反応を見れば、野須という人間が、鳳にどれほどの恐怖を与えたかは窺い知れた。既に学園を去っている人間が、2年もの時を経て、また盗撮をしに来ている。鳳たちにしてみれば恐怖以外の何物でもない。  「たぶん、会長の花にカメラを仕掛けたのもあいつ……!もしかしたら他の花にも仕掛けてあるかも知れない!あいつが運送業者に紛れて荷物を運び出すまで、間違っても鳳さんたちに会わせたくないんです!今度は隠しカメラじゃ済まないかも知れない!すれ違い様にポケットに何か入れられるかも知れない!あの子、私や演劇部のこと逆恨みしてたから……もっと危険なことだってするかも知れない!私は……!そ、それが……怖くて……!もしも、万が一のことが、あったら……!」  扉の前で、出町は必死に叫ぶ。まだ今は出るべきではない。野須が運送業者に紛れているなら、運搬スケジュールに従ってしか行動できない。時間になれば野須は劇場を去り、少なくとも直接鳳たちと会う危険はなくなる。出町はそのために、鳳たちを野須から守るために、扉に鍵をかけたのだという。  乱暴なやり方だが、それが一番確実だった。ただ説得して部屋の中にいるだけでは、野須はあらゆる手段を使って入り込んで来る。扉に付属している鍵くらい開けてくるのだ。だから、出町は自分が新しく鍵をかけるしかなかった。  そうして楽屋の中は、また膠着状態に陥りかけた。物質的な鍵は一切取り外されたが、今は野須への恐怖という精神的な鍵が、固く扉を閉ざしていた。  「……ア、アタシ、様子を見てきます!」  「えっ……?」  名乗りを上げたのは加賀美だった。  「その野須って人の狙いは、鳳部長なんでしょ。そいつはアタシの顔なんて知らないだろうし……何より、この写真、突き返してやらないと」  「な、何言ってんの!危ないわよ!」  「かがみんが行くなら緋宙も行くよ!ひとりで行かせらんないもん!」  「あ、あなたたち……!」  「あのぅ」  今にも部屋を飛び出さん勢いの加賀美と宝谷に、牟児津が声をかけた。極めて遠慮がちかつ、申し訳なさそうに。気が逸っている二人は無言で振り向き、次の言葉を待った。そして、牟児津は目線を逸らして告げる。  「たぶんその人、今日はもういないですよ」  「………………んぇ?」
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