第4話「忘れてないでしょう?」

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 牟児津たちは、劇場の前にいた運送業者について話した。そこで見かけた、特徴的な声と髪型をした、年の近い女性の運び手について。牟児津がその詳細を語るにつれ、出町はどんどん目を丸くしていき、最後には顔を真っ赤にして、へなへなとその場で尻餅をついた。  「だ、大丈夫ですか……?」  「……ま、間違い、ない……!それ、野須だ……!」  「ああ、やっぱり」  「話だけで分かるんですか?」  「分かるわ。出町さんと野須さんは、もともとファンクラブの同期だもの」  「顔見知りだったの!?」  「じゃあ……私の、心配は……?この、鍵……私の、取り越し苦労だった……ってこと?」  「そう、なりますね」  花束の中から現れたカメラは、持ち主が離れすぎてどこにも接続されていない、ただの置物と化していた。出町が鳳たちを守るため扉にかけた錠前は、既に失せている危険に怯えた出町の独り相撲だった。そしてその事実を知っていた牟児津たちは、最後の最後まで、その事実に気付くことができなかった。  なんとも間抜けな結末だった。この数時間、楽屋の中で繰り広げられた疑心暗鬼と推理劇は、全て空回りに終わった。それは、相手を想う少女の気持ちが暴走して見せた虚ろな夢のような、そんな終幕(オチ)だった。  「……益子ちゃん。これ、記事になる?」  「う〜〜〜ん……どうでしょう。さすがにここで諸悪の根源たる野須さんがどっか行っちゃったっていうのは……でもそれがないと意味分からないですし……捏造(つく)っちゃおっかな」  「やめといた方がいいよ。今の3年生が知ってるってことは、田中先輩や藤井先輩も知ってるんだから。学園新聞が廃刊になっちゃうよ」  「ですよねえ……」  さすがの益子も、こんな竜頭蛇尾な話は記事にすることはできないと判断し、そっとメモ帳を閉じた。箝口令が敷かれるほどのセンシティブな事件で、捏造やいい加減なゴシップ記事を書くようなリスクを冒して、得られるものは少ない。何より部長の寺屋成が許さないだろう。  うなだれる出町に、誰もなんと声をかけたものか困り果てていた。慰めたい気持ちもなくはないが、出町は長時間に亘る軟禁事件の犯人でもある。被害者が犯人を慰めるというのも妙な話だ。  が、そんな細かい理屈など蹴っ飛ばして、目の前にうなだれる少女あれば行って慰めてやる、を地で行く王子様が、ここにはいた。  「何を悲しむことがあるんだい!出町クン!」  「へっ……?」  まるで踊るように、楽しげな音楽に乗せてステップを踏むように、軽やかな旋律に合わせて舞うように、鳳は出町の前に飛び出して、跪いた。  「驚いたよ。まさか君が、こんなにも僕のことを考えていてくれただなんて」  「あ、あの……鳳さん……!私、とんでもないこと……!」  「ああ、とんでもない。とんでもないね。君の心、僕の魅力に惑うその心は、とんでもなく美しい!」  「あ?」  言っていることの意味が分からなさすぎて、関係ない牟児津の口から声が漏れた。  「君は僕たちを閉じ込めたんじゃない。外にいるみどりクンの脅威から僕たちを守ってくれていたんだ。たとえ事実として、みどりクンの姿がそこになかったとしても、悪意から誰かを守ろうという心……それはつまり愛!その美しさにはひとすくいの濁りもない!そうだろう?」  「ひゃっ……はひっ……!?」  「君の大いなる愛の前では、みどりクンがここにいたかどうかなんてちっぽけな問題だ。それに、君は最後の最後まで、みどりクンがいることを自分からは打ち明けなかった。それは、あの事件を思い出して、僕が恐怖におののくことがないようにするためだろう。それもまた、僕への愛!君の気持ち、しかと受け止めたよ」  「お、鳳さん……!」  四つん這いになって地に伏せる出町。その正面で片膝を突き、キザな言葉を振りまきながらその顎を持ち上げる鳳。至近距離で、真正面から鳳に直視された出町は、それまでの複雑な感情などすっ飛んだかのように、桃色のオーラを放つほどメロメロになっていた。  「なにを見せられてんだ私たちは」  「帰る?」  「帰りましょうか……」  ファンクラブは出町を魅了する鳳の姿に夢中になっていた。鳳以外の演劇部員たちは、数時間遅れでようやく舞台の片付けや部員とのミーティングを開始し、慌ただしく動き始めていた。牟児津たちはすっかり放ったらかしになり、事件が円満に解決したという達成感も微妙にないまま、劇場を後にした。
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