第2話「犯人はこの中にいる」

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 「えーっと、鳳蕃花先輩。入学は幼等部で、以来ずっと学園生で、初等部の頃から演劇に打ち込んでます。ちなみに演劇部の現副部長とは幼馴染みだそうです。通称“学園(プリンス)(・デ・)王子様(イノセント)”と呼ばれていて、学園の内外を問わず多くのファンを抱えています。演技や歌の才能はもちろん、端正な顔立ちと透明感のある低音が特徴で男性もしくは男性的な役柄を得意としています。男装の麗人ってヤツですね。そのため学園の内外問わず女性人気が高いです」  「確かに、今日も女性のお客さんが多かったね」  「演劇部はもともと人気が高くて部員数も多い主要部活のひとつですが、鳳先輩が入部してからは年間収支が過去最大の黒字を更新し続けています。偏に鳳先輩の人気と、その実力を遺憾なく発揮させる演出や脚本の支えがあってこそでしょう」  「なんで微妙に上から目線だ」  「日頃の学園生活に関してだと……実は情報が少ないんですよね。人気者ですから、いつもファンや部員がガードについてて、聞き込みで情報収集してもファンの贔屓目がありますから、なかなか正確な情報ってのを見分けるのが難しくて」  「益子さんがそんなこと言うなんて珍しいね。有名人だしガードが固いのは分かるけど、普通そこまでするかな?」  「はい!そこなんですけど、実はある噂がありましてですねえ」  「なんだか誘導された気がするなあ」  瓜生田の疑問を待ち望んでいたかのように、益子は大きな声で応じた。  「2年前、鳳先輩が1年生の頃ですね。当時から大注目されていた鳳先輩ですが、とあるトラブルに巻き込まれてしまいました。これがまたなんとも重大なトラブルなんですが」  「きいてほしそうだからきくけど、とあるトラブルってなに」  「よくぞきいてくれました!な、な、なんと、鳳先輩の盗撮写真が学園内で売買されていたんですよ!」  「めんどくせ〜。でなに?盗撮写真?」  「授業を受けている姿や登下校中の姿、体育や昼休み、部活動や公演の舞台裏まで!様々な場面の鳳先輩を盗み撮りしたデータの売買記録が、学園の裏サイトから発見されたんです。単なるうわさかと思いきや風紀委員や教師までもが動き、盗撮犯とデータを買った生徒が特定されて厳しく罰せられたようです」  「ふぅん。人気者ってのも大変だね」  「それにしても、2年も前のことをよく調べたね」  「今日これを観に行くと言ったら、寺屋成部長その他先輩諸氏から口を揃えてこの話をされました!相当大きな衝撃だったようですよ。当時の学園新聞の記録も見ましたが、もうそれ一色で」  「インパクトはあるけど、口揃えて他人のデリケートな話を吹き込む新聞部の上級生が最悪だな」  あまり詳しいことまでは分からなかったが、とにかく鳳は学園中が羨む人気者ということが分かった。それと、おそらくは触れられたくない事件の話も事前に知ることができた。万が一にでも踏んでしまったら体が吹き飛んでしまいかねない地雷だ。その存在を知れたのは大きい。  鳳についてある程度の知識を得て、牟児津が自分の中で情報を整理したタイミングで、廊下につながる扉が開いた。その奥から、二人の女性が姿を現した。  「あら?」  ひとりは、線の細い儚げな印象を与える女性だった。ダークブラウンの髪を編み込んでまとめ、不思議そうな顔で長い指を自分の頬に這わせていた。つぶらな瞳と眉尻の下がった顔つきが、まるでアンティークドールのようだ。  もうひとりは、比較的気が強そうに見える。うなじで切りそろえた髪の下を刈り上げてツーブロックにしており、吊り上がり気味の目が牟児津の天敵に近い雰囲気をかもし出していた。  先に声を発したのはアンティークドールの方だった。  「こちらは関係者席ですよ。席をお間違えではありませんか?」  「あっ、い、いや私たち、あの」  「チケットならありますよ。私たち、藤井先輩からチケットを譲って頂いて来ました」  現れた二人は、この劇場の荘厳かつ絢爛な雰囲気と完璧に馴染んでいた。上品で、洗練されていて、美麗だった。相対する牟児津が、改めて自分が場違いな人間であることを自覚して萎縮してしまうくらいには。口がきけなくなった牟児津に代わり、瓜生田が説明した。  「ということは、生徒会長方の代理というのは皆様のことですか?」  「だ、代理?いやそんな話はひとつも……」  「はいはいはいそうです!生徒会長以下三役の代理で来ましたです!」  牟児津が余計なことを口走る前に、益子が大声で同意した。これは益子にとって、鳳に近付くまたとないチャンスである。みすみす逃すようなミスはしたくないのだ。そして当然のことながら、牟児津と瓜生田は正当にチケットを譲られてここに来ている。代理という話は聞いていないが、益子が言っていた関係者席の特典に関するだろうことは想像がついた。  「うぅん。どうして藤井さんは来てくださらないのかしら……いえ、ごめんなさい。チケットをお持ちだからこそこちらにお座りになっているのですものね。失礼致しました」  その女性は恭しく頭を下げた。なんだか分からないが、牟児津たちも合わせて頭を下げる。上げたままなのはツーブロックの女性だけだ。  「私は演劇部副部長の樹月(いつき) 日向(ひなた)です。こちらは学年長の加賀美(かがみ)です」  「加賀美(かがみ) 星那(せいな)です」  「は、はあ……ご丁寧にどうも」  「お名前を頂戴します。生徒会長の代理の方から」  「会長の代理はこっちの人です」  「へぁッ!?」  牟児津は瓜生田からのキラーパスを完全に取りこぼし、宇宙ヒーローのような声を出した。慌てふためいて瓜生田を見るも、樹月と加賀美から注がれる視線のプレッシャーに耐えきれず、大人しく流れに身を任せることにした。  「あっ、む、牟児津真白です」  「瓜生田李下、1年Aクラスで図書委員です」  「1年Bクラスの益子実耶です!新聞部でーす!」  「あっ、私は2年Dクラス……す」  「牟児津さん。瓜生田さん。益子さんですね。承知しました」  身を任せた結果、ひどく不格好な自己紹介になってしまった。樹月も加賀美も、それに関しては全くのノーリアクションである。却って辛い。  樹月は再び恭しく頭を下げた後、じっと牟児津の顔を見つめ続けた。  「な、なにか……?」  「牟児津さん。失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか?お名前を伺ったことがあるように思いますが」  「樹月副部長。お話は楽屋で。部長がお待ちですので、参りましょう」  「ああ、そうですね。ありがとうございます加賀美さん。それでは皆さん、鳳の元までご案内致します。こちらへどうぞ」  加賀美に促されて、樹月は長い指でゆるりと廊下の奥を示した。牟児津たちは荷物を持って立ち上がり、樹月と加賀美に案内されて廊下に出た。まだ多くの客が1階のロビーにおり、グッズを売っている売店は大混雑している様子だった。牟児津たちはその人波を見下ろしながら、壁と同化した扉を開いて関係者専用のエレベーターホールに出た。そのまま一気に地下1階まで降りていく。  「ああ、もしかして」  エレベーターが降下している間、樹月が不意に口を開いた。  「牟児津さんってもしかして、『黒板アート消失事件』の?」  「え゛っ」  「あとは、『図書館蔵書持ち去り事件』とか、この前の『部室のカギ争奪騒動事件』のときは田中副会長さんを論破して部室使用の権利をもぎ取ったとか」  「尾ひれどころじゃないうわさが広がってる!違いますよ!あっ、えっとでも、違わないかも知れないですけど、論破はしてないです!部室ももらってないですし!」  「やっぱり、学園新聞で見たあの牟児津さんね。そういえば、益子さんは新聞部でしたね」  「はい!毎度ご購読ありがとうございまーす!私はムジツ先輩の番記者をしてて、いまおっしゃった後ろ二つの事件の記事は私が書いたんですよ!論破したとはさすがに書けませんでしたけど」  「あんなカストリ新聞、読まない方がいいですよ」  「書きぶりが面白いからつい読んじゃうのよ。私、脚本を担当してるから、ああいう事件からインスピレーションを得たりすることもあるのね。だから事実かどうかはあんまり重要じゃないの」  「あれ?もしかしていま私の記事ディスられてます?」  まさかこんなハイソなオーラ漂う上級生が、益子の三文記事を読んで自分を知っているなど、牟児津は思いもしなかった。なぜか実態とかけ離れた脚色がされていたが、樹月に顔と名前を知られていたことが、牟児津にはなんだかこそばゆく感じられた。目立つことは嫌いだが、人に知られることはそんなに悪い気はしない。  エレベーターが停止して扉が開く。華美な装飾にあふれた地上階と違い、地下階は無機質な金属の壁と天井に囲まれた味気ない空間だった。劇の開演前に牟児津がトイレを求めて駆け込んだ廊下と同じだ。それどころか、正面にある祝い花で彩られた扉を見るに、同じ場所のようだ。  「演者用のスペースはずいぶん殺風景ですね。祝い花が逆に寒々しく見えます」  「演者はあくまでホスト側。地上階の装飾はゲスト用のものだから、ここにはいらないのよ」  地上階と違い、一歩進むごとに足音が廊下に響く。上品な所作の樹月と加賀美でさえも、小さい足音を響かせていた。  部屋の入口の前には大きな祝い花や鉢に入った花束が所狭しと並び、その辺りだけほんのりと甘い花の香りが漂っていた。入口の前に花があるというより、花の中に部屋の入口が隠されているようにさえ見えた。  「牟児津さん。そちらの花束をお持ちください」  「へ?な、なんで……?」  「そちらは生徒会長からのお祝いのお花です。公演の際には、生徒会長から部長に花束を手渡していただく慣習です。本日は代理の牟児津さんからお渡しください」  「はあ……そすか」  言われるがまま、牟児津は生徒会長名義で贈られた花束を抱えた。藤井の白い肌を思わせる、慎ましくも美しい花だった。抱えて初めて分かったが、見た目よりもずっしりと重い。こんな重たいものを渡されても困るだろうと思うのは、花束を贈った本人ではないからだろうか。  樹月は花の中に分け入って、扉を軽く叩く。両開きの扉には、『伊之泉杜学園演劇部 幹部生御一同様』という札がかけてあった。  「どうぞ」  扉の向こうから聞こえたのは、劇場内に響き渡っていたあの声だった。樹月はその声を聴いてから扉を開いた。
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