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気づくと、私の目から涙がポロポロこぼれていた。阿部さんの剣幕が怖かった。
それに何より、阿部さんの言うことが図星すぎたのだ。
やがて阿部さんの呼吸が治まっても、誰も何も言葉を発することができなかった。
阿部さんは天井を仰ぎ、ふーっと息を吐いた。その表情は、いつもの阿部さんに戻っていた。
「それでも、多田くんの言う通り、誤解されてもおかしくない状況だった。その依頼を引き受けたのは自分です。みんなを責めたけど、結局、断れずに仕事を引き受けたのは自分です。きちんと言うべきことを言わなかったのも自分です。……お騒がせして、大変申し訳ありませんでした。騒動の責任を取ります」
静かな、淡々とした口調だった。
それだけ言うと、阿部さんは深々と一礼をし、座敷を後にした。
今起きたことを理解するには圧倒的に時間が足りなかった。
けれども、今すぐに阿部さんを追いかけなくてはならない、ということだけは確かだった。
ヒールに足を突っ込み、転がるように居酒屋を出て、阿部さんの姿を探した。後から多田くんと松田課長も追いかけてきた。
けれども夜の街に行きかう人に飲まれ、結局阿部さんの姿を見つけることはできなかった。
後からわかったことだが、阿部さんはその後、まっすぐに会社に戻っていたそうだ。そして引継ぎの資料をまとめ、私物を整理し、退職願を提出していたと。
そしてそれから二度と、阿部さんが会社に姿を見せることはなかった。
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