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「ねえ、ちょっとこれ見て」
同僚の一人に促され、多田くんや他の同僚とともにスマホの画面をのぞき込むと、そこには見覚えのある人物が写っていた。
私は思わず息を呑み、声を上げた。
「阿部さん! ……阿部さん?」
訝るのも無理はなかった。
なぜならそこにいるのは間違いなく阿部さんだったが、私の知っている阿部さんではなかったからだ。
国際ボランティアとして途上国に派遣され、子供たちに勉強を教えている阿部さんが、現地の子供たちに取り囲まれている。
かつての阿部さんは、いつも何かを悟ったように穏やかな笑みを湛えていた。
その半面、平らかで、何を考えているかわからない。
それが「ホトケの阿部さん」と呼ばれる所以ではあったけれど、どこか魂抜きをされたホトケのようなところがあった。
けれども画面の中にいる阿部さんは、少し日に焼け、周りの子供たちに負けないくらいキラキラした瞳で目尻にたくさんしわを寄せて笑っている。
魂が、確かにその目に宿っていた。
あの日以来、阿部さんの人生を変えてしまったことに対してずっと負い目を感じていた。
その阿部さんが今、こんな風に笑っていることに、私は心底ホッとした。
そしてそう感じていたのは私だけではなかったようだ。
「阿部さん……こんな風に笑う人だったんだね」
「何だか別人みたい」
もしかしたら、阿部さんはあの日よりずっと前から会社を辞めることを考えていたのではないか。
うっすら感じていたことが確信に変わる。そうでなければ、あの膨大な量の引き継ぎを、たったの数時間で完成させられるとは思えなかったからだ。
もし、あの日のことが阿部さんの背中を押したのだとしたら――。
そこで私は思考を止めるように首を振る。
「元気そうで、本当によかった……」
私の呟きに、多田くんも頷いた。
ホトケと呼ばれ、都合のいいように扱われる阿部さんの姿はもうそこにはなかった。
そして、この先彼が「ホトケ」と呼ばれることは二度とないだろうという気がした。
それはきっと、阿部さんにとって良きことなのだ。と、私は思った。
-了-
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