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5.粘土
夕飯を食べ終えた耕平は、家の外の工房へ行ってしまった。依頼で受けた銅像制作が佳境を迎えているのだと言う。
静けさには慣れている。だけど、会話相手が居ないというのはやっぱり寂しい。胸中の荒波を抑えるには、家事を進めるか、読書で紛らわせるしかなかった。
食器を洗い終えた私は、冷水で悴んだ手をタオルで包み、溜息をつく。
この複雑な想いを「単語」にして表すには、どうしたらいいんだろう。
いつものように手話に変換して、果たして伝わるのだろうか。
私は器用じゃない。
普段と同じ方法で想いを伝えることは、恐らくできない。
そもそも何て伝えればいい? 夫婦なのに今更「愛してる」は逆に薄っぺらい。感謝の言葉はいつも伝えてる。中途半端な言葉を並べても、全て冬霧の中に溶けてしまうだろう。
くしゃっ、とタオルを握りしめて、視線を落とした。居間の机には、耕平くんが読み終えて畳まれてある新聞紙。飲みかけの湯吞。そして、机の足元に一つの段ボール。
……段ボール。
ハッとして、少し速足で歩み寄る。
一昨日家に届いた、未開封の荷物。ハサミで封を切ると案の定、包装紙に包まれた茶色の粘土が中にいくつか入っていた。
──私も彫刻、やってみたいな。
たしか一カ月前のこと。何も深い意味を込めずに、私は耕平にそう伝えた。昔から彫刻自体に興味があったし、耕平が自分の作品に想いを分け与える様が、何処か羨ましくも思ったから。
少し戸惑いながらも、彼はスマホを素早く操作して、やがて満足そうに顔を上げた。
『初めて彫刻するのなら、この粘土を使った方がいいだろう。少し柔らかすぎるから焼いた時に形が崩れるだろうけど、造形はしやすいと思う』
相変わらず優しい耕平の笑顔。
それを思い出した瞬間、胸中に立ち込めた霧が徐々に晴れていった。
そっか、一番解りやすい方法があった。
何よりも明確で、単純で、だけど私達にしか出来ない想いの伝え方が。
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