6.当惑

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6.当惑

 中学の時。私は初めて耕平が彫刻家であることを知った。  そして、初めて耕平の作った銅像を目にした。  今まで、学業とは別で何かに取り組んでいることは勘付いていた。表情から疲労が見て取れたし、たまに手に妙な傷が刻まれていたりしたから。工作の類いかと勝手に推測していたものの、まさか銅像で、しかも家族代々受け継がれた由緒正しきものだとは流石に想像もつかない。  初めてその事実を耳にした時、私は半ば無茶ぶりで工房へと案内してもらった。単なる年相応な好奇心もあったけど、何より好機だと思ったのだ。この心を強く惹く彼の「想い」、その原点を知れるのではないか、と。  一般的な家屋を遥かに凌駕するほど、広く立派な和の豪邸。その敷地内にある工房には一族の長い歴史の中で作られた錚々たる石像達が並んでいた。良い意味で耕平のものと思しき作品はすぐに解った。若々しくも、一つの縛りに囚われない生き生きとしたオーラ。それがやはり薄黄色の靄として認識できた。  そんな中で一つ、明らかに他とは違うオーラを、この目で感じ取った。  耕平の作品の中から、ではない。工房内にある全ての作品。その中で明らかに強い想いが込められた傑作が、建物の隅でカバーに覆われながらも圧倒的な存在感を放っていた。  普段はどんなに夢中になっても、目の端で何かが動いたら判るぐらい視野は広い。だけどその時だけは一点に集中してしまって、まるで元からこの空間には私しか居ないのではないかと錯覚しながら、歩を進めた。  耕平の許可を取らず、無我夢中になって私は覆いを外してしまった。  運命的な出会い、だったと思う。 『高望み』──後にそう呼ばれた男の彫像は、埃が散らつく天窓の光に向かって剣身を掲げていた。分厚い胸板を堂々と晒した、勇ましくて力強い一作。  これだけなら、耕平のお父さんやお祖父さんが作った力作と比肩する程度で済んだと思う。でも、私は視てしまった。その銅像の中に内在する、本当の「想い」を。 『高望み』は……強がっていた。逞しい外見で、内側の弱みを塗り固めている。自分の想いを打ち明けられない苦しみを外に出さないよう、必死に堪えている。まるで、作者の感情がそのまま具現化したかのように。  ……そっか。  耕平って、こういう人なんだ。  あの炎のような「想い」の正体は、使命感だったんだ。家族から代々受け継がれた彫刻の技術を、自分の不手際で途絶えさせてはならない。そんな重圧感が彼の中にあったのだ。同い年の少年が背負っているとは思えない、大きく重い責任が。  その表れが外見だと言うのなら、じゃあ内面の「弱み」の正体は何なんだろう。  使命感から逃げ出したい想い、と考えれば妥当なんだけどそれだけじゃない。明らかにあの中には、もう一つ別の「想い」が籠っている。脆くてどこか儚いけど、優しくて、綿のような感触をしている。これはまるで──。  ……まるで、そんな。  ハッとして振り向くと、そこには顔を蒼白させた耕平の姿があった。勝手に『高望み』を見た罪悪感よりも、この紅潮して緩んだ表情を見られる羞恥心の方が打ち勝っていた。  でも、堪えられるはずもなかった。  年相応の、彼らしい不器用な愛情が伝わってしまったのだから、緩む頬が抑える方が難しい。それに、あの銅像の「想い」を理解してしまったあまり、耕平の見方が大きく変わってしまったように思えて、当惑していたのだ。 『この像、すごい……耕平くんが作ったんでしょう?』  照れ隠し代わりに、私は少しテンポの速い手話を彼に送った。 『彼が教えてくれたの。それに……あの像から溢れてくるオーラが耕平くんそのものだったから』
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