水底の幸福

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硬い朝日が畳に白く差し込んでいる。 髪を解いたすみはふう、とため息をついた。 静寂。 重い眠気が這い寄って来る。 空の青が眩しく、時折聞こえてくる喧騒が心地よい。 海面を漂う海月もこんな気持ちだろうか。 波の音と、かもめの鳴き声を聞きながら。 あの人も今は遠い海の上にいる。 次はいつ帰ってくるのやら。 布団に寝転び瞼を閉じれば、柔らかく寂しさが襲ってきて、胸が空洞になった。 ここは六道通り。 表の街と、存在を公にできない店が並ぶ地下街の間にある町だ。 誰が作ったのか、六道通りにはこんな歌がある。 此岸に戻るは回れ右、彼岸へ逝くはゆっくりお歩き六道通り。 ここは健全な昼の世界と姦しい夜の世界をつなぐ冥道である。 すみは篝屋という小さな旅館で仲居をしている。 元は軍人一家の令嬢だったが、とある事件がきっかけで両親を亡くし、違法な女衒に地下街へ売られた。 そこを助けてくれたのが、今はどこぞの海の上にいるはずの、黒木冬馬という男である。 彼の計らいにより篝屋で住み込みの身となり、早4年。 夜は遅く、朝は早いが、親切な料理長と女将夫婦のお陰もあり、なんとかやっている。
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