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「どうした、凛」
「いえ、広道様、立ちくらみでしょうか」
「今日は随分歩いたからな」
広道はそれとなく凛の首筋に手を当て、やや熱を持っているのを感じた。そのためか、凛の呼吸が僅かに早くなっているのに気が付いた。広道は医者であるが、その専門は外科である。内科を専門とする兄の実道であればわかるだろうと思い、広道はさわさわと揺れる野草の籠ごと凛を抱え上げ、神社前に待たせていた馬車で帰路を急いだ。段々と暮れゆく日が、広道にはやけに不穏に思えたのだ。とはいえ急がせた馬車は30分ほどで久我山医院にたどり着く。
「ふむ。まあ風邪の初期症状だ。幸い今日の夕飯は既に用意してくれている。あとはゆっくり休めば良い」
「ありがとうございます、実道先生」
「それよりお前だ広道。顔が赤いぞ。測ってみろ」
御一新後にドイツから輸入された貴重な水銀式体温計が気軽に宙を舞い、広道の体温を38度4分と計測した。凛の熱より1度は高い。
「お前こそ休んではどうだ。そもそもお前のことだ。大学病院から休めと追い出されたのだろう? 案外お前の風邪が凛に移ったのかもな」
「む。大分復調したぞ」
「ぶりかえしたんだろう。伊予をつけよう」
「勘弁してくれ」
広道はわかりやすく顔をしかめた。伊予とは実道と広道の妹で、この久我山医院で看護婦をしている。患者の健康管理には極めて厳しいのだ。つまり広道が院内を彷徨い歩いて不用意に風邪引きを増やさないようにとのお目付け役である。
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