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夜の風と草木深し
けれども広道は、今回の休暇の理由に病院からそんなことを言い渡された記憶があるのを僅かに思い出した。広道が大学病院から追い出されるのは、体調不良か休暇を取らなさすぎかが原因なのだ。そしてその夜、広道を探し回る伊予の声が医院に響き渡った。
「広道兄さん、こんなところで何をしてるんですか!」
「凛が採取した野草を植えておかねばと思ってな」
広道は医院の敷地ではあるものの、少し離れた所にある薬草園で凛が本日採取した野草類を植え替えていた。凛は珍しい草木を見つければ、採取して増やそうとする性質がある。今日もそれで随分と予定にない徘徊をしたものだ。凛は凛として毎日食事番として忙しく立ち回っているものだから、そのような機会を自由に許す広道の帰還を待ちわびて、ここぞとばかりに野草を探し回るのだ。
「そんなに適当に植えたらわからなくなるでしょう?」
「凛の畑はどうせこの散らかったあたりだろう?」
「そこは畦です。凛さんの畑はあちら側」
伊予がカンテラを持ち上げて照らした先は、茫々と草木が生い茂り、一部は密林のようになっていだ。
「これだけだ」
広道は野草の入った籠を持ち上げる。伊予にはここで広道を無理に部屋に戻したところで、夜中に広道が再び抜け出してまた植えるだろうことも見えていた。仕方なく伊予もかがんだ。
「伊予?」
「早く終わらせましょう。二人でやったほうが早いもの」
「すまないな」
「兄さんに感謝されるのは気持ち悪いです」
そうして遠くから新しいランプを下げた3人目の影が現れる。広道の眉間に再び皺が刻まれた。
「凛、俺が植えるから寝ていろ」
「兄さんも寝て下さい」
伊予も広道を怒鳴るが、どこ吹く風だ。
「広道先生、その草はその植え方じゃ駄目なのです」
三者三様に溜息を付き、凛も広道も植え終わったら寝ると伊予に誓い、凛の指示に従い、そのやけに生命力の溢れる野草を植える作業を黙々と再開した。
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