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その翌朝。広道は一応は大人しく、実道の診察を受けていた。
「広道。具合は本当にいいのか」
「ああ。ピンピンしているとも」
「それでも今日くらいは安静にして下さい。広道兄さんが医院内をうろつけば体調を崩す人が増えます」
「失敬な。この顔は地顔だ」
広道は額に皺を浮かべ、伊予を睨み付けた。正確にいえば睨みつけているように見えるだけで、本人にそのようなつもりは全くない。けれどもそれが暇にあかせて案内をうろつけば、その鬼のような表情を眺めれば、安静に入院している患者が体調を崩すのだ。
「体調がよいのならば、広道に仕事がある。先程神津病院から連絡が来た。昨夜、四風山の採石場が崩れたらしく、多数の怪我人が出たそうだ」
「何。ならば俺は戻らねばならん」
ガタリと広道が席を立つのを実道は制する。
「不要だそうだよ。神津病院ではすでに入院患者で溢れ、受け入れられない。それどころか薬も足りないらしい。それで君のいるうちに助かりそうもない患者を送りたいそうだ」
「なるほど。腕がなる」
「広道兄さん、そんな顔をするから患者さんから心臓が止まりそうだなんて言われるんですよ」
そこからはまさに戦場だった。久我山医院に広道がいるということで、助かりそうにない患者ばかりが回されてくる。広道は旧藩立病院、つまり現神津大学病院の外科部長だ。つまりこの神津で最も腕が立つ。そして久我山医院には伊予がいた。
伊予はこれでも18の時に西南戦争に官軍看護婦として従軍している。よほどの惨状にも耐性がある。そして兄妹のこと、病み上がりにもかかわらず、息のあった様子で瀕死の患者を次々と捌き、大半の見込みがないと思われた患者ですらも、一命を取り止めさせたのだ。
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