眠りの風と白い医院

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眠りの風と白い医院

 その夜のこと。  疲労で僅かに顔色を悪くした広道と伊予がそれでも毅然と食堂に現れれば、実道が夕食を取っていた。久我山医院の夜は、夜間の見回りやらなにやら其々に予定が組まれている。久我山家では朝はなるべく揃って取ることにしているが、夜は別々だ。広道は食堂内を見回した。 「二人とも、お疲れ様。力になれなくてすまないね」 「問題ない。実道も伊予がいないと大変だろう」 「全くね。けれども君たち二人の大変さには及ばないだろう」  なんだかんだと久我山家一家は仲が良い。  実道は先代をもこき使い、伊予と数人の看護婦がいない穴を埋めたのだ。 「ところで凛はどうした」  いつもであれば、久我山家の食卓は、いつ人が現れてもいいよう凛が待機し、給仕をしている。 「ああ。凛は急に入院患者が増えたからね。食事の用意で手一杯だ。今はようやく一息ついて、薬草園を見に行っている」 「そうか。では見に行ってみよう」  どうせ凛が食べるのは最後だ。広道はそれであれば一緒に食べればよいと考えた。伊予と実道はいつも、それを眉間のシワを減らして凛に直接言えばよいと思ってはいるのだが、いくら言っても誰にも伝わらぬので最近は放置している。  その夜は洋々と晴れ、ぽかりと月が出ていた。ランプもいらぬほどだと思いながら広道はその道を進み、そして薬草園の前に棒立ちになっている人影を見つけた。 「凛、どうした。そんなところで」 「広道様、一体何があったのでしょう」 「何が?」  広道は目を(すが)めたが、その差異はわからなかった。広道は実道と異なり漢方などはまるでわからないし、凛と異なり食用草についても知りはしない。そういえば、昨日見たのより心なしか大きく育っているような気はしなくはない。けれどもそれとて変わりないと言われれば大人しく納得する程度のものだ。 「すまないが、俺には植物はわからん」 「いえ、これは多分私にしかわからないでしょう」 「うん? 妙な匂いでもするのか?」  凛は目が見えない。だからその鼻と耳で全てを把握する。どこに何があるのかさえ。  そしてその困惑は、広道でもその声から聞き取れた。 「匂いが普段の倍は漂っております。ざわざわととても騒がしい」 「害虫か、或いは草木の病でも発生しているのか?」 「いえ、寧ろ逆です。全てが強度の循環をなしております」 「それは良いことではないのか?」 「いえ、過ぎれば全ては毒となる。薬と同じです。一体どうすればいいのでしょう。元に戻って欲しいのに」  その瞬間、広道は奇妙な声を聞いた気がした。それが何だかわからず戸惑っていると、途端に隣で凛が倒れた。 「おい、凛? 凛、どうした……糞」  広道は急いで凛を抱え上げ、医院に駆け戻る。
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